柔軟な働き方と組織のあり方
「物理出社と論理出社は等価。」リモートワークの実践ノウハウ
2016/6/9
リモートワークに象徴される「柔軟な働き方」は本当に生産性を高めるのか? その実現には何が必要なのか? 「チャットワーク」の開発者であり、徹底的に効率的なワークスタイルを実践・支援しているChatWorkの山本正喜氏と、全社員がフルリモートワークで働くエンジニア集団・ソニックガーデンの倉貫義人氏。働き方の最先端にいる二人のリーダーに話を聞いた。
限りなく自由な働き方のルール
──お二人は、働く場所を限定しないリモートワークをはじめ、新しいワークスタイルを前提とした組織づくりにチャレンジされています。まずは両社の推奨されている働き方について教えてください。
倉貫:ソニックガーデンは、「納品のない受託開発」をコンセプトにしたシステム開発会社です。一般的なプロジェクト単位、案件での契約ではなく、クライアントと長期並走することをベースとした「月額定額」の技術顧問契約による開発を行っています。
社員の働き方は、原則的に全員出社義務なし、時間管理なしの全社フルリモートワークを導入しています。中間管理職を置かず、全員管理職、全員裁量労働です。社員の約半数は地方在住ということもあり、約90%の社員が好きな時間に好きな場所でフルリモートで働いています。
山本:ChatWorkでは、クラウド型コミュニケーションツール「チャットワーク」を開発・運営しています。メールや電話によるやり取りのわずらわしさや非効率さを減らし、ビジネスを効率化できる機能を盛り込んだシステムです。
われわれ自身の働き方もチャットワークが核になっています。全社フルリモートワークもやろうと思えば可能ですが、生産性や効率の面から、現状は社員には原則的にオフィスワークを推奨しています。
とはいえ、チャットワークが使えれば場所や時間の制約はあまり必要ないので、台風など天候が悪い日や交通機関が乱れている日は、オフィスにはほとんど人がいないような緩いルールで運用しています。
柔軟な働き方を選ぶ理由とは
──そうした柔軟な働き方を推進しているのは、どのような理由があるのでしょう。
山本:いまでこそ会社のコンセプトに「従業員第一主義」を掲げていますが、弊社も創業当時は、かなりキツイ働き方を社員に強いていた会社でした。それが原因で退職する社員も多く、ある時点で「このままではいけない」と方針を180度変更した経緯があります。
顧客満足度(CS)を高めるには、まずは従業員満足(ES)を高めることが必要だと舵を切り、リモートワークや最先端のクラウドツールなども、「まずは自分たちの働きから変えよう」と随時取り入れてきました。
社内の働き方を少しずつ変革していった経験を元に、より効率的な働き方を実現するための社内ツールとして「チャットワーク」を開発したことが、現在のビジネスにつながっています。
倉貫:ソニックガーデンの場合は、「働き方を変革しよう!」といった大きい理念を掲げていたわけではなく、単純に私の前職時代の経験が元になっています。
大手システム開発会社の管理職をしていた当時、自分の部下に対して、実験的に細かい管理をしないように試したことがあったんです。すると、出社時間や働く場所といった管理をなくせばなくすほど、部下のパフォーマンスがどんどん上がっていきました。
では、どこまで管理をなくせば、生産性が最高潮に高まるのか。いっそのこと一切の管理をやめてみようというアイデアを実践しているのが、いまのわれわれのスタイルです。
「管理しないと働かない」は間違い
──普通の企業の経営陣にとって、「管理しない」という選択肢はそう簡単には受け入れられないことです。
倉貫:嫌みな言い方かもしれませんが、「管理しないと働かない人」は、その仕事が好きではないからです。私は日本人の8割はすごく真面目だと思っているので、その仕事が好きな人を採用すれば、細かい管理をしなくてもしっかり責任を果たすと考えています。
山本:エンジニアには、確かに「管理されたくない」タイプの人は多いかもしれませんね。
倉貫:私自身、管理をするのもされるのも好きではないです。それに、エンジニアの仕事の結果は、営業職のように数字では見えづらい。もともと管理が合わない職種です。
にもかかわらず、開発の見積もりなどでは当たり前のように「人月」が指標として使われています。一人ひとりエンジニアの能力も違うのに、単純に人数×時間で生産性を計るのは非常にナンセンスですよね。
山本:まったく同意見です。相当昔の話ですが、一時期エンジニアが書いたソースコードの「行数」を評価軸にしていた会社もあったそうです。行数を稼げばいいだけなら、非効率でバグだらけのプログラムがいくらでも書けてしまえる。
表面的・短絡的な評価基準や指標ではなく、「いいものを作ろう」とメンバーをモチベートしていくほうが、質の高いアウトプットがでる。それが本当の意味で生産性を高めると私も思います。
対面とリモートを組み合わせる
──リモートワークを導入することで、実際に生産性は高まるのでしょうか?
山本:弊社の場合、例えばシステム開発の立ち上げ期や終盤期には、リモートよりもメンバー同士が顔を突き合わせて作業を進めたほうが効率的です。
逆にプロジェクトの中盤期は、個々人が受け持つタスクが細分化していくので、リモートでも十分パフォーマンスを発揮できる。なので、弊社ではオフィスワークとリモートワークを、タイミングに応じて使い分けています。
倉貫:生産性の面では、われわれは一貫してフルリモートでも特に問題点は思い浮かばないです。ただし、仕事以外のシーンでは、リアルに顔を合わせる必要性も感じています。
チームプレーで仕事を進めていくには、お互いの人間性や、各自が置かれている状況などを知っておいたほうが仕事は円滑に進みます。なので、社員同士で「リモート飲み会」を行ったり、半年に1度「合宿」を開催して、全社員が一緒に過ごす時間を作っています。
「論理出社」も「物理出社」も等価
──時間や場所を問わない働き方で生産性をあげるために、具体的にどんなやり方をしていますか?
山本:リモートを活用しながらチームで働く上で、クラウドツールを活用することは必須です。ChatWorkではチャットワークを中心に、それ以外にもオフィスなど、各社のクラウドツールを用途に応じて併用していますね。
倉貫:われわれも自社開発の「Remotty」というツールを使っています。このツールの特徴は、ログインしている人物の「顔」が画面上に映ること。PCのカメラをオンにしてRemottyに入れば、オフィスに居ても居なくても、仕事中はお互いの顔が見られます。
弊社では、Remottyにログインすることを「出社」と定義しています。オフィスへの出社を「物理出社」、リモートワークを行う場合は「論理出社」と呼んで分けていますが、両者の扱いに違いはありません。
また、社内会議もすべてオンラインで行い、参加できるのは「最大4人まで」をルールにしています。その代わり、ほかのメンバーは自由にオーディエンスとして「ラジオ参加」できるんです。
これが実は生産性が高くて、最小限の人数だから話題が余計な方向にそれていかないし、密度も濃くなる。ほかのメンバーは別の作業をしながら耳だけ参加できる。社内の情報をオープンに共有できるわけです。
音声はすべて録音して、後から1.5倍や2倍速でも再生できる。移動中などに社内会議の音声をまとめ聴きすれば、いま社内で起こっていることが、ほとんどすべて把握できます。
リモートワークのデバイス選び
──一方で、リモートワーク時代における「理想的なデバイス」はどんな条件がありますか?
倉貫:どんな場所でも最大のパフォーマンスで働けることが大前提なので、仕事に使うデバイスはモバイル性とスペックが両立していることはマストです。そのうえで、必要なときにすぐ「論理出社」できる取り回しのよさも大切ですね。
移動中でも自宅の仕事机でも、クラウドにつながればそこがオフィスになるわけで、柔軟な使い方ができる多様性が求められます。その点、マイクロソフトの Surface に代表されるPCにもタブレットにもなる“2in1”のような新しいデバイスも面白いと思っています。
山本:弊社内でも、この夏からWindowsの開発環境がLinuxと連携するというニュースを受けて、エンジニアの間でSurfaceシリーズの話題がホットになってきています。なかでも、このSurface Pro 4はかなり進化した完成度の高いデバイスと感じますね。
最近はタブレットやスマホでもかなりのことができる。でも、生産的な仕事をするうえでは、「キーボードの存在」が絶対条件です。PCとしての基本スペックが高く、一瞬でキーボードが脱着できるSurface Pro 4は、われわれのような自由度の高いワークスタイルにうまくなじみますね。
リモートで働くから必要な機能
──リモートワークを前提とするからこそ必要な機能などはありますか?
山本:日々の使い勝手で考えると、ひとつはセキュリティ。Surface Pro 4でリモートワーク向きだと思ったのは、ユーザーの“顔”をカメラが自動認証してロック解除する「Windows Hello」の機能(※編注:Windows10に搭載された新機能)ですね。
外出先でPCを使うときは、パスワードの“のぞき見”など物理的なセキュリティも問題になってくるので、そこが自動認証になって、セキュアにできるのはいい。もちろん、画面を見るだけで瞬時にログインできるので利便性も高い。
倉貫:弊社のエンジニアにとってセキュリティは自己管理が大原則ですが、トラブルが起きる原因の大半は、個人のミス・過失です。“うっかり”で起きるヒューマンエラーを防ぐうえで、こうした日常レベルのセキュリティを自動化してくれる機能は有効だと思います。
──実際にSurface Pro 4を活用するうえで、どんなシーンで特に有効に使えそうですか。
山本:2in1全体に言えることですが、いろんなシーンにあわせて柔軟な使い方ができるし、タブレットとして使える点は、たとえば客先でデモをするときにすごく便利ですね。
あとはペン入力の精度が高いこと。弊社は大阪、シリコンバレーにも拠点があり、CEOは海外在住なので、会議もリモートで行うことが多いです。ただ、現状のビデオ会議の環境は、リアルに比べてどうしても情報量が減ってしまうのが課題。
チャットワークには「画面共有」の機能があるので、Surface Pro 4でスタイラスペンを使えば、会議中にリアルタイムで文字や図を書き込んで共有できます。ホワイトボードを使いながら話し合う感覚で、リアルの情報量に一歩近づいた議論ができそうです。
企業間の壁を超えるには
──最後に、新しい働き方を実践するなかで感じている課題を教えてください。
山本:リモートワークは、まだまだソニックガーデンさんでいう「物理出社」にかなわない部分が多くあります。リアルとの壁を超えるためには、ツールがより進化していかなければいけません。
特に課題に感じるのは、自社と他社の壁ですね。多くの企業ではレガシーな働き方やツールが主流なので、もっと外部の方々も巻き込んでいく必要がある。システム業界に携わる人以外でもストレスなく使える新しいツールが広がっていくと、より理想的な環境に近づけると思います。
倉貫:現在の目標はChatWorkさんとも似ていますが、自社内で行っているのと同じようなリモートでの対話が、もっと他の会社にも広がっていったら理想的だと考えています。
私は週1~2日ほどオフィスに物理出社していますが、その理由の大半は「社外の方とお会いするため」です。これまで対面が求められてきた状況も、オンラインで行うことが当たり前になってくると、ますます自由に暮らしながら働くことが可能になる。そういう時代になったら、社会はもっと面白くなっていくと思っています。
(聞き手・編集:呉 琢磨、構成:玉寄麻衣、撮影:岡村大輔)