NY01_ban.001

家賃が月収の6割超えは当たり前?

【新】家賃急騰。ブルックリン・ブームの秘密

2016/5/5

NewsPicks読者の皆さま、初めまして。ニューヨーク、ブルックリン在住の尾木万由子と申します。

約2カ月半前に夫の赴任のため、広報として十数年間勤めた会社をいったん退職し、娘(1歳)と共に、心機一転、引越してきた新米ニューヨーカーです。

今回から、カルチャー、流行りもの、現象など、NYの「今」を、広報ウーマン目線、そしてミーハー主婦目線でお届けしたいと思います。どうぞ、よろしくお願い致します。

さて、私がこの街に上陸しての第一印象は、「家賃が高い」です。

90年代は「足立区」

まずは、私の住むブルックリンを紹介します。

ニューヨーク市は、マンハッタン、ブルックリン、ブロンクス、クイーンズそしてステタン島の5つの行政区に分かれています。

ブルックリンはこの5区の中で最も人口が多く、2015年7月現在は263万人。近年の再開発により、注目を集めている地区です。

しかし、90年代は、ブルックリンにつながる地下鉄Lラインには「乗るな!危険」と言われたり、マンハッタンにいるタクシーに「ブルックリンまで」と伝えると乗車拒否されるほど治安が悪かったそうで、知り合いによると「足立区みたいなエリアだった」とか(足立区の皆さま、申し訳ありません)。

それが、今ではニューヨーカーだけでなく、海外からの観光客も訪れる“渋谷区”のようなおしゃれエリアに発展し、数年前から日本でも「ブルックリン・ブーム」が到来しています。

しかし、一口にブルックリンといっても、そこはかなりの大きさです。地区全体では約180㎢(陸地のみ)で、東京23区で面積の大きいトップ3、大田区(60.66㎢)、世田谷区(58.05㎢)、足立区(53.25㎢)をすべて合わせた以上のサイズです。

つまり、日本でも人気の “ブルックリン”は、イーストリバーを挟んでマンハッタンの対岸にあるウィリアムズバーグやダンボ、若手アーティストの集まるブッシュウィックなど一部のエリアのみ。極めて、限定的なのです。

ちなみに、私が現住するウィリアムズバーグは、ブームの火付け役となった街です。

今では“渋谷区”

ウィリアムズバーグは、マンハッタンのユニオンスクエア駅から、地下鉄Lラインで3駅(所要時間は7分ほど)のベッドフォード駅周辺のエリアを指します。

マンハッタンとブルックリンをつなぐLラインの中でもベッドフォード駅は毎日2.7万人が利用する最も利用者の多い駅です。

毎朝、この駅を利用しマンハッタンへ通勤している夫によると「日本の山手線の通勤ラッシュと変わらない」らしく、電車を数本見送らなければ乗れない日さえあるそうです。

では、一昔前は“足立区”がなぜ今では“渋谷区”になったのか、に論を戻します。

私たちのマンションを紹介してくれたブルックリンのウィリアムズバーグの物件を取り扱うアメリカ人の不動産ブローカー、ネイサン・ホーランドさんに聞いてみました。

NYに住んで20年のネイサン。現在はウィリアムズバーグに住んでいる

NYに住んで20年のネイサン。現在はウィリアムズバーグに住んでいる

「90年代は、マンハッタンのイーストビレッジがヒップな若者が集まる場所で、一方ブルックリン・ウィリアムズバーグは、バーでドラッグが売買されているくらい、危ない場所だったよ。でも、徐々にマンハッタンから安価で、もっと広いアトリエやスペースを求めて若いアーティストやミュージシャンなどがここに集まってきたんだ。2000年代に入ると、ソーダ工場や製鉄工場、ロケット工場がコンドミニアムに変わり、おしゃれなブティックも出来て、急速に発展していったよ。そして、2009年、ウォーターフロントに高層の高級コンドミニアムが建てられてからは、いよいよマンハッタンで働くファミリー層が移り住むようになったんだ」

ニューヨークでは、かつてのソーホーやグリニッジビレッジなど、アーティストなど最先端の若者が移り住むことで、その場所が人気となり発展するといったケースが過去にも多くみられるようです。

そして、人気と共に高騰するのが、冒頭に述べた家賃です。

2016年現在のイーストリバー周辺の景色

2016年現在のイーストリバー周辺の景色

家賃は年収の65.4%

現在私が住むウィリアムズバーグのマンションは、1LDK(約65平米)の広さで家賃は約44万円。

ちなみに、日本の原宿駅にほど近いエリアでほぼ同じ大きさ、間取りの場合、家賃相場は約23万円でした。

幸いにも駐在員のため、家賃は会社負担ですが、自腹では到底暮らしていけません。

現地の不動産サイト(streeteasy.com)が今年4月21日に発表した2016年度の家賃料調査によると、ブルックリンに住む人は、平均して年収の65.4%を家賃に充てていると予測しています。

この割合は、NY市5区の中で最も高い数字です。

マンハッタンの家賃は非常に高いですが、住民の収入も高いことから、家賃が占める割合は49.1%とブルックリンのそれと比べれば、相対的に低くなっています。

普通のサラリーマン収入で勤め先のマンハッタンに電車通勤し、日本でいうところの、家計における家賃の理想比20~30%以内で収まる家をNY内で探すことは、どうやら不可能のようです。

家賃が高いと思っているニューヨーカーはきっと私だけではないでしょう。

そんなブルックリンの中でも人気のウィリアムズバーグは、家賃の中央値が3247ドル(約35万円)。これに対し、住民の平均年収の中央値は約4万5687ドル。つまり、なんと年収の85.3%が家賃に消えているとのことでした(同不動産サイトより)。

8割を家賃に充てている? 驚きを禁じ得ませんが、住民の収入格差が激しいニューヨークのこと。家計における家賃費は、個々でかなりのバラつきがあるのかもしれません。

では、その真偽はどうなのでしょうか? 前出のネイサンに、ウィリアムズバーグの住民の平均年収と家賃相場を聞いてみたところ「1LDKの相場は約3200ドル(約35万円)、平均年収は11‐15万ドル(約1120-1600万円)くらいだろう」とのでした。

もちろん日本とは物価が違いますが、近所の住民が年収1100万円以上だと思うと、このエリアに住む若い人への見方が変わりそうです。

マンハッタンはディズニーランド

それにしても、なぜ収入の大半を家賃につかってもブルックリンに住みたいのか?さらにネイサンに聞いてみました。

「家賃が高騰したとはいえ、“ブルックリン”というブランドの求心力が強いんだと思うよ。たとえば、ラフトレード(レコードショップ)やブルックリンビールの工場(人気のローカルビール)があったり、アパレルでいうとJ—CREWやアーバンアウトフィッターズ、G―STAR RAWといったブランドの旗艦店やローカルのブティックが混在している。それに、ウィリアムズバーグの北側のグリーンポイント(かつてのポーランド人街)も再開発され、住民も増え、NY Timesで注目されているレストランやショップもオープンしてきた。南側のシュガー工場があった場所もコンドミニアムが建てられているから、ウィリアムズバーグ周辺はまだまだ発展する魅力的なエリアだよ。それに対してマンハッタンは、まるでディズニーランド。世界中から観光客が集まってくること自体、悪いことじゃないんだけど、どこか人工的につくられたアミューズメントパークのようで、騒々しいけどそこに存在するリアルさ、エナジーやカルチャーがない。確かにブルックリンも家賃は高いけど、それはニューヨークだから仕方ないよね(笑)」

確かに、ウィリアムズバーグにはマンハッタンとは異なり、新旧の良さが混在し、工業的ではなく手づくりの良さやローカルならではの温かみを感じさせるショップがいくつもあります。

たとえば、2014年に日本に進出したハンドメイドアクセサリーの「ブルックリンチャーム(Brooklyn Charm)」やセレクトショップのビームスがリスペクトするサーフファッションブランド「ピルグリム サーフ+サプライ(Pligrim Surf + Supply)」、チョコレートの製造を豆の選定から自社で一貫して行うビーン・トゥ・バー(Bean to Bar)の先駆け「マストブラザーズチョコレート(MAST BROTHERS CHOCOLATE)」など、日本でも話題となっているショップの本店があります。

ブルックリンチャーム

ブルックリンチャーム

また週末には沿岸の公園に100以上の飲食屋台が立ち並ぶ野外マーケット「スモーガスバーグ(SMORGASBERG)」や、若手アーティストやデザイナー、コレクターが作品や服などを自ら販売するフリーマーケット「アーティスツ・アンド・フリーズ(Artists & Fleas)」などを目当てに、観光客やマンハッタンから遊びにくるニューヨーカーで混み合い、街も賑やかになります。

4月2日から始まったウィリアムズバーグの「スモーガスバーグ」

4月2日から始まったウィリアムズバーグの「スモーガスバーグ」

さらに、いかにも“ブルックリン”らしい赤レンガの倉庫に描かれるグラフィティや、アンティークショップ、ライブハウスやバーなども多く、新米ニューヨーカーの私はまだまだウィリアムズバーグの魅力を語りきることができません。

毎週のように描きかえられるイラスト広告

毎週のように描きかえられるイラスト広告

ブルックリンらしい赤レンガに描かれたグラフィティ

ブルックリンらしい赤レンガに描かれたグラフィティ

そして実際に住んでみると、子育てにもとても優しい街でした。

マンション一棟に犬100匹

週末になると多くの人でにぎわうウィリアムズバーグですが、実は平日は閑散としていて先ほどのネイサンの話にもあった「ジェー・クルー(J-CREW)」のフラッグシップショップやあのアーバンアウトフィッターズ(urban outfitters)初のコンセプトショップ「スペース・ナインティエイト(Space Ninety 8)」も閑古鳥が鳴いているようです。

J- CREWの旗艦店

J- CREWの旗艦店

1歳の娘をベビーカーに乗せて周辺を散歩していると、まず目に入ってくるのは数匹の犬を連れて散歩している人。徒歩5分圏内にペット屋が3軒あり、近くの公園にはドッグランもあります。

私の住むマンションのドアマンによると、500部屋あるこのマンション内だけでも、100頭以上の犬がいるそうです。

犬を連れて歩く人々

犬を連れて歩く人々

またそれ以上に見かけるのは赤ちゃんや子どもです。

アメリカ国勢調査局のデータによると、ニューヨーク市の中で5歳以下の子どもが住む割合が最も伸びているのがブルックリン地区(2010年4月対2014年7月で0.5ポイントアップ)で、人口263万人うち7.6%が5歳以下、18歳未満を合わせると3割を超えます(2014年7月時点)。

以前私が住んでいた渋谷区では、18歳未満が1割程度(2016年1月時点)なので、ブルックリンは相対的に子どもが多いエリアといえます。

5歳くらいの子どもでもベビーカーで移動していることが多い

5歳くらいの子どもでもベビーカーで移動していることが多い

ウィリアムズバーグに限らず、NYにいると、0歳から遊べるプレイグラウンドと呼ばれる遊具や砂場のある公園をよく目にします。

ベルト付きのブランコや幅広で低い滑り台、地面にはゴム素材のマットが敷かれハイハイやヨチヨチ歩きの赤ちゃんでも安心して遊べるベビーフレンドリーな公園です。

東京にも公園は多くありますが(2015年4月1日現在、東京都建設局のデータでは都市公園は7948個)、ママ友や私の経験からいうと赤ちゃんから遊べる遊具が少ないという印象です。

現在1歳半の娘は、NYに来て初めて滑り台を滑り、ブランコに乗りました。他にも図書館では無料で参加できるベビーYOGAやMUSICタイムがあり、東京都心よりも子育てしやすいと感じました。

ママ友に聞く子育て事情

NYに来て初めてできたママ友は、同じマンションに住む舞台衣装アーティストのギリシャ人(40代)の方でした。

以前はマンハッタンに住んでいたそうですが、「マンハッタンは子どもを育てる環境ではない」ということで出産と同時にウィリアムズバーグに引越してきたそうです。

また2008年からここに住む1歳と6歳の子どもを持つ日本人のママ友(38歳)に、ウィリアムズバーグの子育て事情について聞いてみました。

「2008年当時は、若者が多くて大学の学生寮みたいだったな。アパート内で子どもがいるのは自分だけで、街をベビーカーで歩く人も少なかった。でも3年ほど経ったら、その若者が結婚し、子どもができてベビーブームがきたの。それから室内プレイグラウンドや、保育園、私立の学校がどんどん建てられていったし、公立でもクラス数が増え、教育レベルも上がっていると思う。このあたりの家賃が高くなったから、住民は昔みたいに若いアーティストはいなくなったけど、金融マンやメディア関係者、自分で事業をしているヤング・プロフェショナルが多くて、エキサイティングな街であることには変わらない。確かに家賃は高いけれど、子どもを育てるにはいい環境だから、引越したいとは思わないな」

そういう彼女自身もおしゃれな花屋を経営し、その他アパレルなども手がける“ヤング・プロフェッショナル”の一人です。

家賃7500ドル(約80万円)のマンションに住んでいます。

他の日本人のママ友に聞いても「せわしなくて、空が見えない、窮屈なマンハッタンに住む選択肢はなかった」と口をそろえ、中でも最近は出産を機にマンハッタンからブルックリンに引越す日本人ママも多いようです。

ウィリアムズバーグ・グリーンポイントで日系ペアレンツ会を主催するママ友によると、ここ数年で日系のファミリーも急増し、現在では90家族以上が加入しているそうです。

NYの第一印象は家賃が高いでしたが、ローカルと最先端の良さが共存するトレンドセッターの街で、子育てママにも優しい街であることがわかりました。

赤ちゃん向けの超早期教育にも熱心なNY。日本では珍しい幼児スクールがあるので、次回は娘と共に潜入リポートしたいと思います。

※本連載は隔週水曜日に掲載します。