スポーツ界の未来を語る(後編)
【鈴木大地×岩渕健輔】メダルのためにこそマネジメントの強化を
2016/5/4
W杯の自国開催を3年後に控えた今、日本のラグビー界は自らの可能性をいかに広げていくべきなのか。
2015年のW杯イングランド大会における日本代表の躍進をGMとして支えた岩渕健輔が、各界のキーパーソンと、日本ラグビー発展のヒントを探る。
本連載4人目のゲストは、鈴木大地氏が登場。現役時代にソウルオリンピックで金メダルを獲得し、引退後は国内外で指導経験を積み、昨年10月にスポーツ庁初代長官に就任した。
2019年のラグビーW杯、2020年東京オリンピック・パラリンピックというビッグイベントに向けて、日本スポーツ界のキーマン同士が未来を語り合う。
前編:【鈴木大地×岩渕健輔】勝者にこそ求められる“次”の目的意識
指導者育成は最も遅れている分野
──前回の対談では、最後に、総合的なインフラ拡充の必要性を指摘していただきました。未来への基盤つくりという点では、他にどのような課題があるとお考えですか?
鈴木:やはり重要なのは人材の育成ですね。もちろん個々の選手も頑張っていますが、そういう努力を結実させるためにも、良い指導者、良いスタッフの存在が非常に大事になってくる。
しかも技術的なことや、テクニカルなことを教えるだけでなく、人格教育もしっかりできる指導者をもっと養成していくのも課題だと思っています。
岩渕:同感です。実際、ラグビーに関しても、指導者の育成は最も遅れている分野の1つですので。
最近は選手が海外のリーグに挑戦するようになったんですが、指導者やスタッフという立場で、海外のチームで活躍するような人はまだまだ不足しています。
特に代表チームのヘッドコーチが日本国籍の持ち主ではないという点は、ラグビーでもずっと指摘されてきました。
ですので私たちとしては次世代の指導者を育成しつつ、2019年や2020年に向けて注目が集まっていく中で、少しでも多くの人にラグビーの指導や普及に関わっていただけるような仕組みをつくっていければと思っています。
鈴木:最近では女子のラグビー選手や指導者も注目されてきていますね。
岩渕:ええ。指導者の育成は、女子のラグビーではさらに急務になります。男子と違い、リオオリンピック予選でチームを指揮したヘッドコーチは、浅見敬子という女性が務めてきました。
これは世界的に見てもきわめて珍しい例で、オリンピック出場が決まっている11チームの中ではただ1人の女性指導者です。
鈴木:私たちも女性のスポーツを盛り上げていくための活動に力を入れてきました。そのためには選手だけではなく、女性指導者やスタッフを増やすことも重要な課題になります。
ただし女子の選手を指導するから女性がいいだろうという視点ではなく、あくまでも指導者としても一流で、かつ女性を教えていくコツをよくわかっているような方を是非、増やしていければと思っているんです。
エディーに勝るとも劣らない新指揮官
──指導者の育成に関連して、一点、質問させてください。たとえば水泳の場合、海外のコーチと日本人のコーチでは、アプローチの違いなどはあったりするのでしょうか?
鈴木:私は外国でも指導の現場を何度となく見てきましたが、向こうは分母となる選手の数が多いせいか、たくさんの選手を一気に泳がせて、上から指示するようなケースが多いですね。
それに比べて日本人のコーチの方が繊細なコーチングをします。もともと水泳はテクニックをかなり重要視する競技ですので、日本の方が細かい所まで行き届いた指導をしていると思います。
岩渕:ラグビーでも、日本人の指導者は、細かいテクニカルなことを教えることを得意とする人が結構いますね。
職人タイプと言いますか、パスをどういうふうに出せばいいかというようなことを研究している指導者は多いと思います。
ただし日本のラグビーの場合は、逆にそこにこだわりすぎるような傾向もあって。大きな計画を立てて、そこに向かって道筋をつくって指導を進めていくというのがあんまり上手ではないんです。
逆にエディー・ジョーンズというのは、それがすごく上手でした。イングランド大会に向けて彼をヘッドコーチに起用した背景には、そういう理由もありました。
鈴木:ラグビーの日本代表では新しいヘッドコーチが決まりましたよね。ジェイミー・ジョセフというコーチは、どういうタイプの方なんですか?
岩渕:ジェイミー・ジョセフはニュージーランド人なんですが、もともとは私が日本代表でW杯に参加していた当時の同僚なんです。
日本にも長く住み、日本代表でもプレーして、日本語もかなりできます。日本人のことをよく理解している指導者です。
と同時に、長官にも観に来ていただいたスーパーラグビーという大会で、昨年は優勝チームを率いていました。
世界トップクラスの実績もありますから、エディー・ ジョーンズに勝るとも劣らない人材を起用できたのではないかと思います。
新指揮官を選んだ理由
鈴木:そういう方の元で、エディー・ジョーンズコーチ時代の財産をさらに積み上げていくわけですね?
岩渕:はい。エディー・ジョーンズは良い意味でも悪い意味でも、すごく影響力の強いコーチでしたし、チームを変えて結果を残したという点では、本当に素晴らしい指導者だったと思います。
ただし日本ラグビーが次のステップに進むためには、やはり新しい要素を盛り込んでいく必要も出てくる。
上から命令してやらせるだけでなく、選手の自主性も育んでいかないと、次の段階にステップアップしていけなくなるんです。
そういう指導ができるという点では、ジェイミー・ジョセフは最適な指導者ではないかと思っています。
鈴木:エディーコーチが実績を挙げたからといって、ずっと同じというわけにはいきませんからね。
岩渕GMが目指したのは、新陳代謝を図りながら新しい日本代表チームをつくっていくようなイメージですか?
岩渕:はい。おっしゃる通りです。チームというのは生き物ですから、選手の変化や成長を踏まえた上で、今のタイミングならば、どういう人材が望ましいかというのを考えていく必要がありました。とはいえ、どういうタイプがいいのかというのを見極めるのは難しかったですね。
たしかにエディー・ジョーンズとは違う要素を加えられる指導者でなければならないんですが、正反対のタイプを起用してしまうと、チームがあまりうまく機能しない危険性もありますから。
それも踏まえて、今回はエディー・ジョーンズのような強い指導力を持ちつつ、選手の自主性などもうまく活かせる人間を選びました。
鈴木:指導者選びは大変ですよね。これはどの競技も同じだと思いますが。
岩渕:ええ。こちらとしては、さまざまな角度から能力を見極め、最後は人間性も調べた上で人選を決めるんですが、ふたを開けてみないと、わからないところもありますから。
ただし最終的には、やはり結果で判断されることになると思います。ましてや2019年のW杯は正念場ですし、2020年のオリンピックにつなげる意味でも、きわめて重要ですので、そういう大事な局面を託していける人材を選びました。
鈴木:しかも今年はリオデジャネイロで夏季オリンピックがあり、次には2018年に平昌の冬季オリンピックがある。そして2019年のラグビーのW杯と続いていきますので、私たちも2020年に向けて、この3つの大会を重要視しています。
特にラグビーの場合は、2019年は日本全体で盛り上がる大会ですので、スポーツ庁としても是非、全面的に協力させていただければと思っています。
マネジメント的な発想は重要
──最近のスポーツ界では、マネジメントやビジネスモデルの重要性などが盛んに指摘されるようになってきています。2019年や2020年に向けて強化を図っていく上では、各競技団体が財務体質を強化させていくことも重要だと思われますが、この点についてはいかがでしょうか?
鈴木:活動資金が十分ではないために、本来、できるはずの強化ができていないというのは、選手たちにとっても気の毒ですから、もちろん今後とも精いっぱいのサポートをさせていただくつもりです。
ただし同時に、仮に規模の小さな団体であっても、自分たちでなんとかしようという意識を持って活動していくのも大事だと思うんです。
国が援助をするだけでは、なかなか国民の皆さんからご理解をいただけない部分も出てきますし、競技そのものにとっても、本当の意味でプラスにならないケースも出てきてしまいますから。
幸い、私たちはいろんな競技団体を見られる立場にいますので、うまく運営がいっている団体を参考にしつつ、財政的に万全ではないような団体に対しては、さまざまなアイデアを提示したり、アドバイスもさせていただくことが重要と思います。
岩渕:スポーツ庁としては、マネジメントのモデルも提示されているんですね。
鈴木:ええ、結果を出すためにも、マネジメント的な発想は非常に重要になってきていると思います。
たとえばアメリカのオリンピック委員会などに行きますと、誰もが「自分たちは政府から1円も貰ってない」と胸を張って言うんですね。つまり自助努力をされながら、結果を出していこうとされている。
だからこそ皆さんが賛同してくれるし、競技も強くなる。そしてスポーツの価値自体も上がっていくと思うんです。
スーパーラグビーの可能性
岩渕:長官に見に来ていただいたスーパーラグビーも、まさにそういう目的で参戦を決めたものでした。
まずは強化の問題で、2019年、2020年と大きいイベントが2つ続くのは、ラグビーにとってはものすごいチャンスであると同時に、正念場にもなります。
そこで結果を出していくのは至上命題ですので、継続的な強化を図る上でも、世界の強豪と数多く試合ができる枠組みをつくろうと思っていました。
と同時に、もちろん採算性の確保やファンの掘り起こしも考えていかなければなりません。
それこそ1980年代は、国立競技場が満員になるような時代だったのですが、昨年のW杯で日本が勝つまでは、なかなかお客さんに入って頂けないような状況が続いていました。
ましてや2019年と2020年が終われば、日本で再びラグビーのW杯やオリンピックが開催されるまでには時間がかかるでしょうから、2021年以降のためにこそ、日本ラグビーの未来につながるような道筋をつくっていく必要があったんです。
鈴木:まさに2021年以降のことを考えると、この4、5年が勝負ですね。その意味でも私自身、スーパーラグビーにはとても注目しているんです。
外国の強豪と対戦されるということで非常に応援のしがいもありますし、やはり国内のチーム同士で戦っているのとはかなり違うメリットも得られますから。
たとえば人気の掘り起こしに関しても、W杯の後は何をやってもファンの方が注目してもらえるようなブームが起きましたが、それだけで引っ張っていくのは難しい。それを考えても、スーパーラグビーは非常に良い試みですよね。
2021年以降を見据えた活動
──長官も2021年以降を強く意識していらっしゃる。
鈴木:ええ。この点に関しては非常に興味深いデータがありまして。水泳連盟の会長時代に前回の東京オリンピックの時の財政などを調べていたんですが、1964年の時は当時としてはかなりの強化予算があったにもかかわらず、次の年になると予算は20分の1くらいまで一気に減ってしまっているんです。
もちろん当時と今では環境も多少違っているでしょうが、選手の強化は続いていく以上、何らかの対策は考えていかなければならない。ましてや子どもの数はどんどん減っていきますので、2021年以降を見据えて活動していかなければならないんです。
言葉を変えれば、2019年や2020年に大きな国際大会を日本で開催する意義は、2021年以降問われてくるので、皆さんとそういう問題意識を共有しながら、さらに2021年以降盛り上げて行けるように、今からやっていきたいなと思います。
岩渕:同感です。日本のスポーツ界全体にとっても2020年の東京オリンピック・パラリンピックは非常に重要な大会になりますし、ラグビーに関して言えば、2019年や20年までになにができるかで、その先の50年、あるいは100年くらいが決まるは明らかだと思いますので。
──最後にリオのオリンピックついて展望をきかせてください。
岩渕:やはり2020年の東京オリンピックに向けて足がかりをつくっていく意味でも、今大会では男女ともにしっかり結果を出していきたいですね。
いい流れをつくって、日本選手団の皆さんと良い雰囲気を共有できるような役割を果たさなければいけないと思っています。
鈴木:ええ。是非お願いします。7人制のラグビーは大会期間中、ボールゲームとしてはかなり早い時期から試合が開催されますから、そこで日本チーム全体に勢いをつけていただければ非常に有り難いですね。
岩渕:ご期待に添えるように、頑張りたいと思います。
鈴木:ラグビーをはじめとした団体競技は、メダルの数はチーム全体で1個というカウントの仕方になってしまうんですが、ラグビーのW杯でもあれだけ日本の皆さんが熱狂したわけですし、メダルのカウントの仕方に関しては、個人競技とボール競技系を分けるべきではないとも思っているんです。
そういう新たな指標も今検討していますので、なんとか刺激にして頑張っていただければ。
実際、2012年のロンドンオリンピックの時は、サッカーの男子がスペイン代表に勝ちまして、一気にムードが盛り上がりました。同じことがラグビーで起きれば、今回のオリンピックも素晴らしいものになると思いますから。
(写真:編集部)