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世界に挑む野球人1回

メジャーに最も近い打者・DeNA筒香の「非日本的」取り組み

2016/4/21

横浜DeNAベイスターズの4番を打つ筒香嘉智は、今や日本を代表するバッターとして注目を浴びている。

侍ジャパンでは4番を務めるなど、日本人打者では「メジャーリーグに一番近い男」とさえいわれるほどだ。

とはいえ、筒香は横浜高時代に通算68本塁打を放つなど注目された選手の一人だったが、プロ入りしてすぐに1軍のレギュラーとして活躍したわけではない。

プロ入り2年目の2011年にシーズン8本塁打を打ったくらいで、初めて打率3割を記録した2014年までは、伸び悩んでいる印象の一人だった。

それが、昨季は打率、本塁打、打点ともにキャリアハイだった2014年のさらに上を行く数字を残している。

なぜ彼は、2012年以降の4年間で変わることができたのだろうか。

現在24歳の筒香は2012年から侍ジャパンでも活躍

現在24歳の筒香は2012年から侍ジャパンでも活躍

「2014年に出した(キャリアハイの)成績は突然に何かが起こったものではありません。以前から取り組んできたことがあったので、それがかたちになりました。だから、2015年も前年に引き続いて結果が出ると思っていました」

以前から取り組んできたことがある──。

2015年から16年にかけた冬にはドミニカ共和国に渡り、未来のメジャーリーガー候補が参加するウインターリーグに挑戦した。

日本のプロ野球に在籍する主力選手としては非常に珍しい行動に打って出たが、そうした取り組みには、一朝一夕では果たせないサクセスストーリーがある。

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選手の成長を後押しする会社

「アリーバ・アスリート・サポート」(Arriba Athlete Support)

プロスペクト社が手がける、プロアスリートをマネジメントする事業のことだ。筒香は数年前からこのサポートを受けている。

昨今はプロ野球のみならず、アスリートをサポートするたくさんのマネジメント会社が存在する。

オフのメディア出演や金銭の管理をする事務所などが大勢だが、プロスペクト社の「アリーバ・アスリート・サポート」は実状が異なる。

同社の瀬野竜之介代表は言う。

「私たちがやろうとしているのはアスリートの成長を後押しするマネジメントです。いい素材を持っているのに、潜在的に持っている能力を発揮できなかったり、どういうふうに取り組んだらいいかわからない選手が多いと感じていました」

「特に今の日本は幼少期から野球に没頭しすぎていて、野球以外のことを知る機会が少なく、社会性を培う機会があまりありません。そんな選手たちの成長になるようなサポートをしたい。筒香は、僕が代表を務めている中学の硬式野球チーム(堺ビッグボーイズ)の出身というのもあって、成長の後押しになれればと思っています」

筒香を中学時代から知る瀬野代表が現在もサポート

筒香を中学時代から知る瀬野代表が現在もサポート(撮影:編集部)

多分野の経験が成長の足がかり

瀬野代表が経営するプロスペクト社は、スポーツメーカー「オンヨネ」の販売を請け負っている。

プロはもちろん、高校野球を中心にしたアマチュア野球などにも営業を行うなど、いわば野球界に精通する会社だ。

筒香は「アリーバ・アスリート・サポート」の支援を受け、多分野の人物と交わることで、さまざまな経験を積み重ねて成長してきた。

たとえば、中学時代から通う矢田接骨院(大阪市)からは体の正しい重心の置き方を学んでいる。

自分の重心がどこにあるかをわかることで、体幹をうまく使いこなせるようになる。

オフシーズンの長期間に通うのはもとより、シーズンに入っても横浜まで来てもらうなど、身体のケアやケガ予防のために継続的なアドバイスを受けている。

眼のトレーニング、モノの見方や考え方においては、大阪の吹田市にある「視覚情報センター」の力を借りる。

スポーツビジョン(スポーツにおける「見る能力」で、動体視力など)の先駆者的存在である当センターでは心と身体をつなげた眼の使い方を学び、モノの見え方を広げている。

毎年オフ、米国でトレーニング

また2012年オフからは、ロサンゼルスのトレーニング施設「アスリートパフォーマンスセンター」(現EXOS)に通うようになった。

このロスに渡ってからの取り組みは、今の筒香の成長に大きな影響を与えている。
 
もともと高校時代から力任せに反動をつけて打つことが多かった筒香のバッティングには、新たな取り組みが必要だった。

そのプロジェクトとして、まずは身体づくりが必要で、アスリートパフォーマンスセンターでのトレーニングからスタートした。

今の努力が10年後に生きてくる

身体づくりといっても、一般的にいわれているような筋力と体力面をただ向上させるのではない。

目指していくバッティングにつながるための身体の使い方を覚えるものだ。

これはアメリカ独自のもので、体の芯をつくるトレーニング法だ。日本の体幹トレーニングは腹筋や背筋を鍛えるのが主流だが、アメリカではトレーニングの中で体の強さや軸、芯をつくる。

力感をそれほど感じなくても、遠くに飛ばすバッターをアメリカの野球界に確認できるのは、おそらくその術を心得ているのだろう。

ただ、筒香がその理論を実践していくには時間を必要とした。それでも「今、やっていることが、5年後、10年後に生きてくる。このトレーニングは、『これを今やっておかないといけない』と思えた」と、自身の変革のために時間を犠牲にして取り組んだ。

その成果が表れたのが、2014年シーズンのことだった。身体に一本の軸ができ、左足を軸として体幹を使ったバッティングや、メジャーリーガーの名選手の多くが実践しているインサイドアウトの軌道で振り抜くスイングができるようになった。

アスリートパフォーマンスセンターでの身体づくりに始まった取り組みが、すべてを変えたのだ。

世界に通用する打者になりたい

筒香がさらなる向上のために向かったのが、昨年オフのドミニカウインターリーグだった。

日本からチームの主力選手が参加するのは希有なことで、DeNAの反対を受けたが、プロスペクト社の支援もあり、成長の場を求めて旅立った。

瀬野代表にはしっかりとした目算があったという。

「彼は最終的には世界に通用するバッターになりたいと思っています。スキルも含めてのことですが、ドミニカに行くことで彼の将来への大きなモチベーションになるんじゃないかなと。今すぐにではなく、数年後の彼のためになるのが一番です。向こうの環境、選手と指導者のアプローチが違う中でプレーして、学べたことがあったと思います」

筒香の育った堺ビッグボーイズの選手たち。世界を目指す取り組みについては連載3回で取り上げる予定(撮影:編集部)

筒香の育った堺ビッグボーイズの選手たち。彼らが世界を目指す取り組みについては連載3回で取り上げる予定(同)

段階を経ながら継続的に成長

ドミニカから帰ってきた筒香は、今年の春季キャンプから新しいバッティングフォームに着手した。

それまでやや上げていた右足を、すり足にするバッティングフォームに変えた。

中南米の投手の強い球や動くボールに対応していくことを考えたときに、より体の芯を生かし、目線をぶれさせないためには「動きの少ないフォーム」に行きついたというわけである。

筒香は「以前からのつながりは意識しました。そうじゃなければやる意味がない」と話しているように、これまでの取り組みのすべては一つの方向のもとに進んでいるのがわかる。ドミニカという地に行ったことで、そこだけがクローズアップされるが、段階を経て成長しているのだと瀬野代表は力説する。

「すり足になったのは、年月をかけてやってきていることによる変化なんです。『日本の野球とドミニカの野球は違う、メジャーはレベルが高い、だからこうじゃアカン』といきなりすり足になって、技能を習得できるほど甘くないですよ。ずっと彼が目指しているバッティングの中の結果として、ドミニカが一つのきっかけになったということです」

自身の活躍が日本球界を変える

筒香がこれまで取り組んできたことは、いわゆる「日本的」な発想ではない。
 
だからこそ周囲からはいろんな目で見られてきたし、筒香を非難する声は彼が活躍するまでたくさんあり、成績を残すまでに時間を要した。

だが、今は違う。筒香が数々のサポートを受けながら成長し、結果を残したことで彼のサクセスストーリーは注目され始めている。

そして、過去には異端にも見えた筒香の取り組みは、野球界へ新しい息吹を吹き込むメッセージさえ持っている。

「アメリカでのトレーニングやドミニカウインターリーグに参加して思うのは、小さいころからこういう経験をできたら、将来が全然違うだろうなと。日本からも世界で活躍するスーパースターがどんどん出てくると思う。だから、自分が活躍することで取り組みも注目されると思うし、そうしなければという使命感はあります」

彼の成功そのものが、野球界へのメッセージになる──。

筒香はそのプレーでもって、新たな可能性を日本の野球界に示そうと考えている。

*次回は4月28日、筒香をドミニカ共和国に導いたコーディネーターを取り上げる予定です。

(写真:Koji Watanabe – SAMURAI JAPAN/SAMURAI JAPAN via Getty Images)

<連載「世界に挑む野球人」概要>
DeNAの筒香嘉智や、彼をコーディネーターとしてサポートする中南米野球の伝道師、慶應義塾体育会野球部など、世界での活躍を見据える野球人の挑戦についてリポートする。