楽天イーグルスの礎(第4回)
ライバルはディズニーランド。勝敗に依存しないビジネスをつくる
2016/4/12
2004年に突如巻き起こったプロ野球再編問題は、東北楽天ゴールデンイーグルスという新球団を生み出した。同年11月に新規参入が承認されると、2005年シーズンから参戦する急ピッチぶりだったが、参入初年度からパ・リーグ6球団で唯一の黒字を計上。参戦9年目の2013年シーズンには、初の日本一も達成した。
半世紀ぶりに生まれた新球団は、いかにして奇跡の成長を遂げたのか──。発足時の楽天イーグルスにおける取締役事業本部長であり、現在はヤフー執行役員でショッピングカンパニー長を務める小澤隆生氏が、球団発足から黒字経営に至る舞台裏を明かした。(全4回)
第1回:楽天イーグルス誕生の陰にあった「要素分解」と「打ち出し角度」
第2回:カギは「徹底した内製化」。プロ野球参入初年度に黒字を生み出す
第3回:球団職員募集に7000人が殺到。「狂った需給バランス」を活用
勝てなくてもビジネスは成立する
岡部:プロスポーツにおいて結果はついてまわりますが、小澤さんは勝敗についてどのように考えていますか。
小澤:チームは強いほうが良いですが、たとえ勝てなかったとしてもビジネスは成立します。
球団を立ち上げるときに、「強くなればお客さんが来る」「強くなればスポンサーがつく」と言われることが多かったですが、「本当ですか」という疑いはありました。
実際に近鉄バファローズは、消滅してしまう3年前にパ・リーグで優勝していました。それに、阪神タイガースは強くても弱くても一貫して人気があります。
岡部:甲子園には常にお客さんが入っていますからね。
小澤:なので、プロスポーツにおける強さは絶対条件ではないということです。
岡部:勝てなくてもやりようはあると。
小澤:逆に言えば、ビジネスとしては「勝てなくても成立する仕組み」にしなければなりません。
実際に球団経営をしてみて痛感しましたが、勝負は絶対的にはコントロールできません。
ですから、僕らのようなビジネスサイドからすれば、勝ち負けに依存してしまうような仕組みをつくってしまっては、経営が成り立たなくなってしまうのです。
岡部:確かにそうですね。
小澤:勝敗に依存していては、会社に対する要求も「補強しましょう」という考えになってしまいます。
しかし、ディズニーランドを見てみればわかりますが、集客に勝ち負けは関係ないのです。
ですから、自分に対しても部下に対しても、「勝てないからお客さんが集まらない」というような言い訳は、すべて潰していく必要がありました。
勝てば入る金額は負ければ失う
岡部:そこから、どのように運営していくかという段階に移っていくわけですか。
小澤:すると、世の中にある事業の99.9%が、勝ち負けがなくても成立していることがわかります。当たり前なんですけど。
事業としてもスポーツ観戦ではなく、食事して3時間過ごせる場所という観点になりますから、ディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパンにも視察に行きました。
岡部:プロ野球にビジネス界のノウハウを持ち込んだということですね。
小澤:僕らはたまたまアウトサイダーで、球界の常識にとらわれずにイチから取り組むことができました。
とはいえ、難しいことをやったわけではなく、誰でもできるようなオーソドックスなことで、球団経営に真正面から取り組んだというだけです。
岡部:勝つことによって、経営面の問題がすべて解決できるという考え方に対してはどのように思われていますか。
小澤:それで良い場合もあるかもしれませんが、収益は多様化させておく必要はあります。
勝つことで入ってくる金額は、負けたときは失うわけですから。いかに勝ち負けに依存しない部分に、厚みを持たすことができるかということです。
うまくいった事例として、僕らはマスコットを非常に評価していました。なぜかといえば、マスコットは毎日登場できて、負けることがないのです。
マスコットを人気者にする意味
岡部:確かにそうですね。取り組みについて、具体的に教えてください。
小澤:ディズニーランドでも、お客さんはミッキーマウスに会いに行く目的があります。
ミッキーマウスは3割打つことはありませんし、17勝を挙げることもありません。ところが、人気は抜群にあるわけです。
逆に、年俸5億円のピッチャーがけがした場合は登板することができませんし、成績が1勝19敗ならば人気はなくなってしまいます。
そういうリスクがあるならば、どう考えてもミッキーマウスをつくったほうがいいだろうと。
岡部:勝敗に依存しない、経営者としての判断だと思います。
小澤:そうです。なので、「打ち出し角度」を決める段階で、マスコットの強化も考えていました。
これはチームとはまったく関係なく、僕のマーケターとしての仕事。「イニングごとの登場の仕方はこれにしよう」「テレビ露出はこうしたほうがいい」など、どうすれば人気が出るのかを話し合い続け、マスコットを人気者に仕上げていったわけです。
岡部:入念に準備していたわけですね。
小澤:マスコットは「Mr.カラスコ」という、スタジアムにたまたま居着いた悪役のカラスというコンセプトでした。
パフォーマンス中に骨折をしたこともあったのですが、カラスということで「手羽元骨折」とプレスリリースを出してみたら、皆さんも面白がってくれて、翌日にメディアに大きく取り上げてもらえました。
王様はディズニーランド
岡部:マスコットに力を入れることは、どこか視察しているときに思いついたのでしょうか。
小澤:ディズニーランドを訪れたときにわかりましたね。やはり大事なことは、モデルをどこにするかになります。
勝ち負けに関係なくお客さんを呼べているところを考えれば、その王様はヤンキースでも巨人でもなく、ディズニーランドでした。
岡部:なるほど。
小澤:スポーツでも、設計図や領域の捉え方が重要になりますから、目指すべきはどこにするかとなれば、その1つはディズニーランドであり、居酒屋でした。
それで、「ディズニーランドはなぜ人々が集まるのか」「スタジアムとの違いは何なのか」「スタジアムをディズニーランド風に解釈するとどうなるか」と考えていくのです。
「共有できるものはないか」となれば、マスコットだと。ジェットコースターはつくることができませんでしたが、スタジアムの周りで機関車を走らせることはできました。
加えて、ホームゲームの全60試合でイベントを組もうと考えた結果、試合中でもスタジアムの外では常にイベントを開催しました。
岡部:イベントについても、着想はディズニーランドからでしたか。
小澤:そうですね。勝敗に関係ないものをどれだけつくることができるかということで、60試合分の予算を組み、シーズン前にみんなで唸りながらイベント案を考えていました。
極端な話ですが、試合自体にお客さんを呼べなかったとしても、スタジアムの外で行うサンマ祭りで呼べればいい、スイーツ祭りで呼べればいいという具合です。
スポーツ用のサイフはない
岡部:経営学者のピーター・ドラッカーが、著書で「多くの産業におけるイノベーションはほかの産業から起こった」と記していましたが、小澤さんが行ったことはまさにそれですね。
自分の中で「地図」を書くときや「打ち出し角度」を決めるときに、ディズニーランドなど他産業を参考にしたのだと思います。
小澤:もちろん、全球団を視察しましたよ。ただ、どこか1球団を丸々まねているわけではなく、良いところ取りをしただけです。
岡部:「地図」を書くときに大事なポイントを押さえ、「要素分解」をしていき、それぞれの要素について、徹底的にリサーチされたということですよね。
小澤:基本的な考え方として、人々にはスポーツ用のサイフがあるわけではないので、全体の可処分所得と可処分時間の処理の仕方になります。
実際の問題として、お客さんにとっては「ディズニーランドに行くのか」「楽天イーグルスの試合を見に行くのか」、あるいは「居酒屋に行くか」「スタジアムでビールを飲むか」という選択が働いているわけです。
お客さんが「スポーツに年間10万円を使う」と決めていて、それを巨人とイーグルスで奪い合っているということではありません。
つまりは、スポーツビジネスとして成功するには、ディズニーランドに流れているお客さんの可処分時間と可処分所得を僕らのほうに向けなければならないということです。
岡部:ライバルは巨人ではなく、ディズニーランドになるわけですね。
小澤:単純に、誰かのサイフの可処分所得と可処分時間を奪い合う争いになるわけですから、スポーツだけを見ていたら戦うことができないに決まっています。
岡部:言っていることは非常にわかります。
スポーツだけの枠組みで考えない
小澤:僕の考えでは、仙台に住んでいる35歳のAさんがいるとすれば、その方が月曜日から日曜日にどこで何をやっていて、いくら使っているかが重要になります。
その使った金額のうち、どの部分をイーグルスへの消費に変えることができるかということです。
僕らは、野球というコンテンツやスタジアムという施設を軸に、Aさんの可処分所得と可処分時間をイーグルス側に持ってこようとしたら、どうすればいいのかという課題に取り組んでいました。
スポーツでも「ビジネス」と考えるのであれば、スポーツだけの枠組みで考えるのではなく、しっかりと人々の可処分所得と可処分時間をどのように取りにいくかを考えたらいいのではないでしょうか。
岡部:それはスポーツ界にとって、非常に良いメッセージです。マンチェスター・Uというイングランドのビッグクラブの方も、似たようなことを言っていました。
「ある意味、ディズニーはわれわれのライバルだ」と。
彼らも小澤さんのように、ディズニーランドを徹底的にリサーチしていました。コンテンツビジネスとして、サッカーや野球だけを見ていてはやっていけないということですね。
小澤:ほとんどの方々は、自分の携わっている業界のことが好き過ぎるということです。
「お客さんが見に来ることは当たり前」というところからスタートしていますが、まずは「お客さんが見に来ないのは当たり前」、あるいは「好きではない人々に来てもらうためにはどうすればいいか」ということを前提に考えることが必要かもしれません。
(構成:小谷紘友、写真:福田俊介)