bookpicks_10min_bnr

要約で読む『なぜデータ主義は失敗するのか?:人文科学的思考のすすめ』

データ主義の落とし穴。回避の方途を人文学に学ぶ

2016/3/28
時代を切り取る新刊本をさまざまな角度から紹介する「Book Picks」。毎週月曜日は「10分で読めるビジネス書要約」と題して、今、読むべきビジネス書の要約を紹介する。今回は、ReDアソシエーツ創業パートナーであるクリスチャン・マスビェアとミゲル・B・ラスムセンによる『なぜデータ主義は失敗するのか?:人文科学的思考のすすめ』を取り上げる。両名は同書で、大量のデータを定量的に分析するアプローチを批判的に検討し、人間の不合理性を加味した定性的なアプローチの有効性を検証する。ビジネスの意思決定の場面で「データ」ばかりが重視される昨今。データだけでは切り取れない人間の側面を見落としてはならない、と同書は警鐘を鳴らす。日々のビジネスの幅を広げるヒントが、同書には詰まっているはずだ。

 【Flier】なぜデータ主義は.001

人文科学的思考がビジネスを変える

なぜ「デフォルト思考」では足りないのか?

従来ビジネスにおいては、大量のデータを用いて量的分析をし、直線的なアプローチで問題解決を図る「デフォルト思考」が主流だった。

ブレインストーミングやデザイン思考、ビッグデータなどのビジネスツールがこれに当たる。いずれも、システムの生産性向上を必要とする経営課題に対しては、非常に有効なアプローチだった。

しかしこれだけでは、人の行動に関わる問題を扱うには不十分だと著者は言う。それは、「デフォルト思考」では、人間を正しく理解することはできないからだ。

これまで人間は、「予測可能で合理的な意思決定者」だとされてきた。消費者は自分の好みをわかっており、客観的で、十分に比較検討したうえで商品を選ぶのだという考え方だ。

しかし実際にはそうではない。近年主流になってきた行動経済学という学問が示す通り、人間は不合理で、衝動的で、自分自身でも理由がよくわからないまま買い物をするのである。

まず「観察」から始める

このように不確定要素の大きい人間を理解するためには、従来のビジネスツールよりも、むしろ今まで人文科学の世界で使われてきた問題解決法のほうが適している。その一つが、「仮説形成的推論」と呼ばれるものである。

これまでの仮説主導型の問題解決アプローチでは、まず仮説を立て、手元のデータをもとに、その仮説が正しいかどうか演繹(えんえき)的に結論を出していた。この方法では、仮説の正誤はわかっても、そもそもの問題設定自体が正しいかどうかはわからなかった。

「仮説形成的推論」は、まず観察し、それから真であり得る仮説に進む推論方法である。この方法には、多くの不正確な「洞察」に惑わされたり、自らの信念を揺るがす結果が出たりと、やりにくい面も多い。しかしこれ以外には、複雑な問題を解決する方法はない。

仮説形成的推論を、より実用的な問題解決に応用した手法が「センスメイキング(=意味を見いだすこと)」である。センスメイキングを用いれば、より深く、正しく人間を理解することができる。

「デフォルト思考」と「センスメイキング」は補完し合う

デフォルト思考が目に見える課題を明らかにするものだとしたら、センスメイキングは、目に見えない背景を吟味するための手法である。

デフォルト思考は「属性」という客観的な数字や事実に着目するが、センスメイキングは定量的な分析よりも定性的な分析を重視し、人がそれらの属性をいかに体験するかという「アスペクト」に着目する。

男・女といった生物学的な性別が「属性」なら、男らしさ・女らしさといった文化的な性別が「アスペクト」だ。

デフォルト思考とセンスメイキングは、お互いに補完し合うツールである。たとえばオペレーションを考えるなら前者が、顧客の行動を理解するなら後者の手法が有効だ。用途に応じて手法を使い分けることで、霧の中から抜け出すことができるようになる。

「霧の晴れる瞬間」:レゴの場合

センスメイキングの5つの手順

センスメイキングは、不確実性の高いコンテクストにおいて、仮説ベースの問いではなく、理由探索ベースの問いに、質的データを用いて答えようとする。その手順は5つに分けられる。ここでは、レゴの事例をもとに、その段階を紹介する。

レゴは子ども向けのブロックでよく知られるブランドだが、2004年には、一時巨額の赤字を発表している。しかし彼らはセンスメイキングの手法によって、驚異的な業績改善を遂げた。同社の恐るべき方向転換は、センスメイキングの手法なしには起こりえなかっただろう。

フェーズ1:問題を現象としてとらえる

レゴはそれまで、「子どもはどんなおもちゃを求めているか」という問いに答えを出そうとしていた。

データは、現代の子どもは忙しく、遊ぶのに時間がかかるレゴは時代遅れになりつつあると示していた。結果同社では、手っ取り早く遊べて、刺激的なおもちゃが多く開発された。社員はみな「レゴはダサい」と思うようになり、レゴらしさを払拭することに躍起になった。

そうしてできあがったおもちゃは、ロゴを隠せばどこの商品かわからないようなものばかりだった。

「レゴらしさ」を失ってしまえば、かつてレゴで遊んでいた親たちの反応も鈍くなる。しかし当時のレゴは、「懐かしさ」のような数値化できない価値を取り上げる手段を持っていなかった。だが、自分たちが、ブランドの中核を失いつつあることにはうすうす気づいていた。

巨額の赤字を発表したのはこのころである。新しくCEOになったクヌッドストープは、売り上げを改善するのに必要なのは、おもちゃのデザインの改定ではなく、「遊び」という現象の理解だと悟った。最終的に彼らは、「子どもが遊びに求めているものは何か」という問いを掲げ、再出発した。

フェーズ2:データを集める

レゴは、実際に子どものいる家庭を訪れ、親への聞き取り調査や、写真をもとに子どもと話をすることなどを通して情報を集めた。

それまでの、子どもを呼び出しておもちゃを見せる調査とは違い、実際に家庭という文化の中に身を置き、ただ観察することに努めた。それにより、レゴ側が言わせたいと思っていることでなく、実際に起きていることを知ることができた。

フェーズ3:パターンを探す

データを集めたら、次の段階はそこからパターンを見つけ出すことだった。複数の子どもの様子を見ていくと、共通のパターンがいくつか明らかになった。

一つは、子どもたちはみな親に管理されており、自由を求めているということだった。彼らにとって「遊び」とは、大人の手の届かないところで、自由に振る舞える場所を見つけるということで、彼らは遊びの中に少しのスリルを求めていた。

また、子どもたちが遊びの中にランキングやヒエラルキーのシステムをつくっていることや、遊びのスキルを磨き熟達を得ることが、彼らの社会的評価につながることも明らかになった。

子どもたちはスキルをマスターするために遊ぶし、それが自分にとって価値のあるものなら、習得のために努力し続けることができる。それは、子どもは時間に追われて手っ取り早い満足をおもちゃに求めている、というそれまでの前提とは真逆の観察結果だった。

フェーズ4:鍵となる洞察を生み出す

パターンがわかったら、次はそのパターンがどんな意味を持つのかを「洞察」する。このフェーズでは、中核にある問題を、実際の商品やサービスを通してどのように解決するかのアイデアを生み出す必要がある。

レゴは、間違った前提を捨て、観察によって得られたパターンを元に「レゴブロックでの遊びを通じて熟達を目指す子どもたち」という中核ユーザーの存在を見いだした。そして、平均的な「時間のない子どもたち」ではなく、時間をかけてレゴブロックで遊ぼうとする子どもを大切にし、レゴの核となる強みを生かすほうにかじを切り直した。

これがレゴの「霧の晴れる瞬間」だった。そこから、「明日の建築家をインスパイアする」という同社の新しいモットーが生まれた。製品には、親からの自由を求める子どもたちのために、消防車が武器などの少し危険なアイテムに「変身」するといった工夫がされた。

また、全店舗に設置された、無料でレゴブロックで遊べるクラブハウスでは、年少の子どもが年長の子どもの遊び方を見て学ぶというような、スキルによるヒエラルキーを元にした指導のネットワークが生まれている。

同社は洞察によって、本当に大切にすべき顧客がだれなのかを理解し、核となる強みを取り戻すことができたのだ。

フェーズ5:事業にインパクトを与える

観察によって得られた洞察の中には、他にもレゴに莫大(ばくだい)な利益をもたらす可能性があるものがあった。それは子どもは「大人への反抗」を望んでいるというものだった。しかしそれは、「レゴの方針に合わない」という理由で却下された。

センスメイキングの一連の流れをたどれば、考えるべきは、「どうやって儲けを増やすか」ではなく、「いかにミッションに貢献するか」であることがわかる。リサーチャーは、この判断は極めて賢明だったと振り返っている。事業にもたらされるインパクトは、社の美学に合うものでなくてはならないのだ。

「霧を晴らす」リーダーになるために

パースペクティブを持とう

問題に対してパースペクティブを持つ能力は、優れた企業リーダーの中核に存在する。パースペクティブとは、どんな将来を望むか、あるいは自分の会社の将来をどのようにかたちづくっていきたいかという確固たる見方である。

レゴが「明日の建築家をインスパイアする」という信念を持ったように、成功している企業はみな、核にこれを持っている。パースペクティブがあるからこそ、社員は同じ方向を向いて努力できるし、物事に優先順位をつけ、自社にとって重要な順に対処することができるのだ。

まず自分自身とそのキャリアから始め、会社、業界、そして社会全体に対するパースペクティブを持つのが望ましい。

しかし意外なことに、ここまでのパースペクティブを持たない企業は驚くほど多い。そうした企業では、幹部はみな自分自身のキャリアや自社の利益にばかり集中していて、業界や社会の中で果たすべき役割についてまで考えを及ぼせていないのだ。業績が好調なうちはそれでよくても、低迷期、イノベーションを起こしたいときには不十分である。

パースペクティブを築くためには、自社が関わる現象を理解し、未来を予測する必要がある。自社の果たす役割を突き詰めて考えたり、自社の新製品がどのような視点で存在しているのか、厳しい目で見直したりすることで、自社のパースペクティブに対するヒントが得られるだろう。

意思決定者からセンスメイカーへ

デフォルト思考とセンスメイキングでは、リーダーの果たす役割も異なる。原因と結果が直線的に示されるデフォルト思考では、リーダーは意思決定者として振る舞えばよかった。しかしセンスメイキングでは、さらに異なるスキルが求められる。

センスメイカーは将来の方向性を見いだし、証拠ではなく、判断に基づいて行動する。必要なのは、データや観察結果といった有形無形のあらゆる情報を統合して、大局をとらえるスキルだ。

歴史学者のアイザイア・バーリンによればそれは「何と何がかみ合うか、何から何が生じるか、何が何につながるかをとらえる鋭敏な感覚」である。その高度な直観力によって、センスメイカーは点と点とを結びつけることができる。

ここで重要なのは、センスメイカーは現象の中に入り込んで問題を考えるということだ。意思決定者のように、現象から距離を置いて分析を行うわけではなく、自ら問題を実感する。それは唯一の正しい答えが得られるわけではない問題に対処するということである。

いくら人文科学の手法を学び、学者を集めても、質的調査で得られた結果に具体的な方向づけができなくては、企業に重要なインパクトをもたらすことはできない。

必要なのは、実際に行動を起こすことができるリーダーなのである。
 一読のススメ

本書ではレゴのほかにも、インテルやアディダスといった大企業が、センスメイキングの手法で危機から逃れた事例が紹介されている。人文科学的思考をビジネスの場で使用するとは具体的にどういうことなのか、さらに深く学べるので、ぜひ実際に本を手に取ってみてほしい。

Copyright © 2016 flier Inc. All rights reserved.

<提供元>
本の要約サイトflier(フライヤー)
flier_smartphone_20150121
無料で20冊の要約閲覧が可能に。会員登録はこちらから。