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【動画解説】疲れづらく速い。日本人が学ぶべきロッベンの走り方

2016/2/14
日本人は一般的に姿勢が悪く、背中を使うのが苦手で、それゆえに走り方も間違っていることが多い。では、どう走ればいいのか。西本直トレーナーが「完成系」と絶賛するオランダ代表のロッベンの動画から、正しい走り方を学ぶ。

アリエン・ロッベン。言わずと知れた現役オランダ代表でドイツのバイエルン・ミュンヘンでプレーする、超一流のサッカー選手です。

仕事で関わっていながらこういう言い方もおかしいかもしれませんが、とくにサッカー好きではなかった私は、2014年W杯直前まで彼の存在すら知りませんでした。

NewsPicksのスポーツ担当の木崎伸也さんから、注目選手の動きを私なりの視点で分析してほしいという依頼を受けたことがありましたが、その頃に興味を持った選手の一人でした。

現在、私はサッカーという競技を行うにあたって、一般的に言われている「90分間走り続ける能力」ではなく、「90分間頭と体を動かし続ける能力」こそが、本来選手に求められる能力であると考えています。

そして、その考えのもとに、人間が走るという動作の理想を追求し指導しています。

自由に方向も変えられる

もちろんポジションによって役割が違いますが、FWには瞬間的な動き出しの速さはもちろんのこと、ある程度の長い距離でも素早くトップスピードに乗せることが求められます。

さらに、それを維持しながら方向を変え、スピードを調節し、一番大事なボールコントロールやシュートを正確に実行できる。

これらの要素をすべて兼ね備えているのがロッベンだと思います。

2014年W杯初戦のスペイン戦で見せた、ハーフライン手前から相手のディフェンスを置き去りにしたスピードとゴール前での冷静さは、誰の目にも衝撃的なシーンだったと思います。

アリエン・ロッベン(写真右端)は世界トップクラスのスピードと技術を誇り、バイエルンの中心選手として活躍している。今季限りでチームを離れるグアルディオラ監督(写真中央)に、チャンピオンズリーグのタイトルをもたらせるか

アリエン・ロッベン(写真右端)は世界トップクラスのスピードと技術を誇り、バイエルンの中心選手として活躍している。今季限りでチームを離れるグアルディオラ監督(写真中央)に、チャンピオンズリーグのタイトルをもたらせるか

まねは不可能ではない

その後、ロッベン選手の体の使い方に興味を持ち、いろいろな動画を見ることになりました。私の中では一つの完成系を見る思いで、まさにお手本にするべき動きだと思います。

あのクラスの選手のことを話題にすると、彼らは特別な才能を持って生まれた選手たちで、そこに到達するのは現実的には難しいと言い切ってしまう指導者も多いようです。

しかし、彼らも同じ人間です。その動きの秘密や特徴を分析し、どういう意識で体が使われているのかを理解した上でトレーニングを行えば、それに近づくことは決して不可能なことではないと思います。

今回、1月のバイエルンの合宿を取材した木崎さんから、ロッベン選手のトレーニングの動画が送られてきました。

ほかの選手が同じことを行っているとは思えないほど、彼の動きは際立って見えます。

その2つの動画から読み取れる動きの特徴を分析したいと思います。

肘を後ろに引く走り方

1つ目は、少しずつ間隔を広げて並べたマーカーを目安として、ストライドを広げながらバランス良くトップスピードに乗せていくというドリルです。

一般的には、マーカーに合わせて少しずつストライドを広げる際、腕を前に振り、腿を引き上げて走る選手が多い。読者の皆さんも、そうしている方が多いのではないでしょうか。

より専門的に書けば、上体を前に傾け、腕を体の前側で大きく振り、その際に肘を連続して屈曲させ(太鼓を叩くような動作です)、胸やおなかといった体の前側にある屈筋群に力を入れる。上半身と下半身をつなぐ股関節も、大腿四頭筋に屈曲という動作を行わせることで膝を引き上げやすくし、スピードに乗っていきます。
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ロッベン選手は、こういう走り方をしていません。最も注目すべき点は、肘を後ろに引き上げていることです。

一見すると彼も腕を大きく振っているように見えますが、肘は必要以上に曲げられることなく一定の角度を維持して大きく使い、肘を体の後ろ、背中側に力強く引き上げているのがわかると思います。動画を何度も止めて、確認してみてください。

肘が必要以上に曲がっていないため、結果的に体の後方において、肘はほかの選手よりも低く見えます。
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幅跳びや高跳びの助走と似ている

このことが何を意味するかというと、広背筋の「停止部」である上腕骨の小結節という部分を後方に強く引き上げることで、広背筋の「起始部」である背骨の下部の椎骨や仙骨、さらには腸骨を効果的に引き上げ、骨盤が引き起こされています。

つまり、膝を上げるのではなく、股関節を伸展させた結果として膝が自然に前に運ばれ、おなかの辺りからグイグイ前に進んでいるのがわかると思います。

陸上競技の跳躍種目の選手の助走のスタートが、こんなイメージです。

それは踏み切った後、体を浮かせる、伸び上がる動作の準備としての伸展動作をイメージしているからです。

以前にも紹介しましたが陸上選手のマイケル・ジョンソン(アトランタ五輪の200mと400mで金メダルを獲得)も、これに似た走り方をしていました。
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イチローの走り出しも同じ

ロッベン選手は、骨盤はしっかり引き起こされていますが、背中は少し猫背気味に見えます。

これは背中を反らせすぎると、腕を後方に引き上げにくくなるからです。

イチロー選手がバットを振った後、一塁に走り出す時も同じ動きをしています。

なぜこの動きを推奨するのか、次の動画を見てください。

屈筋に頼ると力んでしまう

今度はミニハードルを使って小刻みに前と横にステップした後、瞬間的にダッシュするという動きの練習です。

密集地帯や、ボールを奪った後の切り替えの動きなどに必要な動作です。

すぐ前の選手(ガウディーノ)が、とても素早い足の動きで良く見えますが、ハードルを超えている時も、ダッシュに移る瞬間も、体の前側に力が入っているのがわかります。

腕を振るというよりも肘の曲げ伸ばしを行うことで、膝の引き上げと同調させています。

これはまさに多くの日本人選手に共通する動きです。とにかく一生懸命に速く動こうとする。

動きの切替の瞬間にも、おなかに力を入れて体を前傾させることで、さらに体の前側の屈筋を使いやすくしてスピードを上げようとします。前腕で太鼓を叩く動作も、小刻みで素早く行うことになります。

ロッベンの手の先に注目

これに対してロッベン選手は、動きは当然小刻みで速くはなりますが、基本的には先ほどのドリルと同じような腕の使い方をしています。

ステップワークの際、肘を畳んで小さく動かすのですが、この時も他の人とは違って、肘を後ろに引き上げることで股関節を早く動かし、細かいステップを可能としています。

皆さんもぜひ肘を細かく後ろに引きながら、ステップしてみてください。効果を実感してもらえると思います。

注目してほしいのは、おそらくこういう細かい動きでは屈筋に力が入りやすいことを知っているのでしょう、上半身の末端である手のひらを指先まで強く意識して伸ばしてからスタートしています。

ほかにも手のひらを広げている選手がいますが、残念ながらそれでも屈筋が優位な動き方になっています。

本来の意味がわかっていないからだと思います。

これは偶然ではなく、屈筋を使い過ぎることの弊害や、伸筋をどうやったら働かせやすくなるのかなど、ロッベン選手が体の仕組みを熟知していることの証拠ではないでしょうか。

屈筋に頼ると一歩目が遅れる

われわれ日本人に比べ、広背筋がうまく機能するような生活様式で育った海外の選手は、意識しなくてもある程度は背中が使えているという動きができているように見えます。

しかしそうした選手たちでさえ、いざという時に屈筋を主動筋として使ってしまうことで、動きが力んでしまい、バランスを崩したり、その場に居ついてしまい一歩目が出ないという状況を多く目にします。

正しい知識と正しい努力

ロッベン選手はそれらのこともすべてわかった上で、どんなドリルの時にもそうならないようにするための体の使い方を、高い意識を持って行い続けることで、試合の中でどんな状況になっても、それができる準備をしているのではないでしょうか。

ならばわれわれも、その事実をきちんと理解して、正しい動きができるようになるための体の使い方を学んでいけば、ロッベン選手のような動きに近づくことができる──そう考えることは間違いではないと思います。

確かにロッベン選手の動きは、チームメートである他の一流選手たちよりも、はるかに抜きん出た動きだと思います。

それができるのは、正しい知識と高い意識を持って、普段の練習から取り組んでいるからだと思います。

日本の選手たちは、諦めることなく正しい努力を重ねて欲しいと思います。

キーワードは、体に対する正しい知識と高い意識、そして継続です。

(撮影:木崎伸也)