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ニッチ・ヒットのアイデアがたくさん

欧州自動車業界のミニ・ヒットは「免許ナシで乗れる原付四輪」

2016/2/13

免許ナシで乗れる自動車

2016年を迎え、世界中でモーターショーが真っ盛りだ。政財官が一体になって、本気で持続可能な発展を模索している欧州では、電気自動車(EV)や圧縮天然ガス(CNG)自動車への注目度が高い。

一方、派手やかなモーターショーでは見かけないのに、地元の街角でここ数年際立って見かけるようになった車がある。通称「免許ナシで乗れる自動車」(仏語で“voiture sans permis”)と呼ばれる「原付四輪車」だ。こんな車が普通に車道を走っているのをご存じだろうか。

免許ナシで乗れる「原付四輪車」 (写真: Michiko KURITA)

免許ナシで乗れる「原付四輪車」(写真:Michiko KURITA)

赤・黄・青などの原色で、ほとんどチョロQを思わせるカワイイ車体。ナンバープレートの代わりに「Hello Kitty」とか、「Sara」なんて書いてあったりするので、「え? これで車道を走ってもいいの?」と驚いている間に、地元の高校の前には、こんな車がずらりと並ぶようになった。

フランスでは、2014年11月から、14歳から原付免許(AM免許)が取れるようになったので、中学生ですらマイカー時代に突入。雨で寒くても二輪車よりは格段の快適さで、安全性も高い。

狭い裏道もスイスイ、駐車は楽々、パパママはとうとう「子どもの運転手役から解放!」というわけだ。

ナンバープレートの代わりに…(写真: Michiko KURITA)

ナンバープレートの代わりに……(写真:Michiko KURITA)

自動車税も車検もない

道路交通法改正(1988年)以前に生まれた大人なら、原付免許すら不要だから、正真正銘の「免許ナシ」で乗れる。原則オートマ仕様で小回りが利くから、免許取得や更新が難しいシルバー世代や軽度障害者にもうれしいということで、昨今では、少し地味目のものが、地元スーパーや教会のまわりにも並ぶ。

一方、渋滞の激しい都会や、狭い路地の多い限られた地域での配達車両にもぴったりだから、モジュール式のミニトラック型商用車も見られるようになった。

モジュール式のミニトラック型商用車 (写真:AIXAM PRO)

モジュール式のミニトラック型商用車(写真:AIXAM PRO)

欧州の自動車製造・認可規格を定める欧州連合(EU)法(Directive 2002/24/EC)によれば、このカテゴリは正式には「軽量原付四輪」(英語では“light motorized quadricycle”)と呼ばれ、排気量50cc以下、最大出力4kW以下の原動機付き四輪車で、車両総重量350kg未満、最高速度時速45km以下。

高速や自動車専用道路は走れない。見かけはれっきとした「自動車」だが、定義上は別枠扱いなので、自動車税も、車検もない。排気量が少ないだけ省エネで、大気汚染も少ないが、最近では、よりエコ志向のユーザーのための電気駆動のものも出ている。

欧州の運転免許については、EU法(Directive91/439)に定められている。しかし、このカテゴリについては、各国の裁量に任されているため、国によって異なるが、フランスのように、筆記試験不要の原付免許扱いが多い。

日本でいう軽自動車(排気量600cc以下)顔負けの機能性を備え、普通免許ナシで乗れ、小さくて運転や駐車が容易で、燃料消費が少ない分だけ安上がりでエコにも貢献となれば、潜在需要がかなり見込めるのは、欧州だけのことではなさそうだ。

単なる交通手段としてのニーズを再考してみれば、誰もが、長距離を、高速で走ったり、車に高級感を求めているわけでもあるまい。

日本でも、地方で公共交通機関が頼りにならない地域や、道の狭さや駐車場不足に悩む都会なら、高速道路を走る必要のない高校生やシルバー世代やママ向けに、こんな乗り物があったら売れそうな気配は強い。

特にこれから増えるであろう免許更新が難しくなったシルバー世代はマーケット的には絶好かもしれない。

どうみたって自動車の原付四輪カタログ (写真: Michiko KURITA)

どう見たって自動車の原付四輪カタログ(写真:Michiko KURITA)

フランスがけん引

大手自動車メーカーがまったく無視しているこのカテゴリをけん引してきたのはフランスだ。

中でも、フランスアルプスの麓サボア地方を本拠とし、30年の実績を持つAIXAMがリーダーで、急成長する欧州市場シェアの半分弱を占める。これを追従するのは同じくフランスのLIGIER。かつてF1チームを率いたギ・リジエ氏が創業したメーカーで、車好きのテイストに応えるラインアップが売りもの。

さらにイギリスのMicrocar、フランスのChatenet、イタリアのCasaliniなどが続く。日本を代表する自動車メーカーはまったく興味がないようだ。

かわいいAIXAM (写真:Michiko KURITA)

かわいいAIXAM(写真:Michiko KURITA)

車好きに人気のLigier (写真: Michiko KURITA)

車好きに人気のLigier(写真:Michiko KURITA)

マーケットリーダーのAIXAMは1983年から軽量原付四輪市場に進出。1988年以来、このカテゴリでは義務付けられていないクラッシュ・テストを実施して、安全面での技術力を高めてきた。2000年ごろからデザインや色の多様化を始めてブレーク。

最近では、スポーツカータイプやカブリオレ、逆に超シンプルな廉価版、エコ志向に合わせた電気駆動版、ミニトラック型の商用車、自前のレンタカー事業にも着手している。

それにしても、かなりのニッチ市場。だいぶ定着して、価格が落ちてきたとはいえ、1万ユーロ前後(130万円)と決して安くないし、制限速度70kmや90kmが標準の欧州の一般道で、こんな車が増えれば迷惑千万。

それでも、最近、日本でもはやりの原付自転車やセグウェイ、電気立ち乗りスクーターなどのオモシロ乗り物に比べれば、居住性でも安全性でも、圧倒的に優勢だ。むしろ、制限速度50kmが主流の日本の一般道なら、軽自動車よりも、こちらのほうがぐんと付加価値が高そうだ。

日本ではどこでも見かける箱型の日本製軽自動車は、欧州ではまったく見かけないことをご存じだろうか。代わりに、スマートカーやフィアット500などのコンパクトカーが人気で、高速道路を下りれば、局所的に「原付四輪」がぶんぶん走り回っている。

ハーバード・ビジネス・レビューには、大手自動車メーカーのテクニカル・イノベーションばかりに目を奪われていないで、大学キャンパスやゴルフ場で活躍するカート型電気自動車に注目せよとのアドバイスもあったが、欧州の田舎道を快走する「原付四輪」にも着目すれば、日本でも生かせるニッチ・ヒットのアイデアがたくさんあるようだ。

スポーツカータイプも人気 (写真: Michiko KURITA)

スポーツカータイプも人気(写真:Michiko KURITA)

(執筆:栗田路子、編集:岡 徳之)