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1回:大渕隆(日本ハム)

スカウトは人事部。文化や理念なくして、優秀な人材を採れない

2016/2/8

2013年プロ野球新人選手選択(ドラフト)会議。

この年ほど、プロ野球のある部署の存在が世の中に知れ渡ったことはなかった。

九州共立大学の大瀬良大地(現広島)をめぐって阪神、広島、ヤクルトの3球団がドラフト1位入札。大瀬良との交渉権をくじで決めることになると、広島は大瀬良を追い続けてきた担当スカウトをその役に抜てきしたのである。

「本当にうれしい。自分が一番見続けた選手だったので、絶対に当たると信じていました」

見事にくじを引き当てた広島の田村恵スカウトは、声を震わせながら全国放送のインタビューに答えた。その様子は感動を呼ぶと同時に、球団が選手を獲得する裏に、スカウティングに奔走する人物がいることを改めて知らしめた。

スタメンに並んだ高卒選手たち

「田村君には本当に感謝しているんです。ああやって、スカウトに光を当ててくれてね。われわれスカウトには、選手を追いかけてきたという歴史がある。田村君がそれを示してくれた」

そう語るのは、北海道日本ハムファイターズの大渕隆スカウトディレクターである。

スカウトになって10年になる大渕は、現在の日本ハムのスカウト部を統括する立場として、チームづくりに貢献する一人だ。

今や「育成の日本ハム」とささやかれるようになったが、これは一つにファイターズの選手育成に関するノウハウが正しい理念のもとに進んでいる証しだ。昨シーズンの開幕スタメンで、日本ハムは外国籍選手を除く全選手が生え抜き選手であっただけでなく、すべて高卒で埋め尽くされていた。

2013年ドラフトでは大瀬良大地(右)を広島の田村スカウトが抽選で引き当てたことで、影で尽力した彼らの存在が脚光を浴びた

2013年ドラフトでは大瀬良大地(右)を広島の田村スカウトが抽選で引き当てたことで、影で尽力した彼らの存在が脚光を浴びた

人材を生かせない組織は衰退する

「育成」と言うと、コーチなど育てる側が注目されがちな一方、それだけでは本当の一流選手は生まれない。スカウティングがあって、次にコーチングがある。チームの方針に合致した選手を探し出してくることからすべてが始まるのだ。スカウティングなしに、「育成」を語ることはできない。

「スカウトは人事部だと僕は思っていて、この仕事をやればやるほどその思いが強くなってきました。チームの人材は限られているわけです。1年に6、7人しか選手を獲得できない中で、彼らを生かしていかなかったらチームは弱くなる。たった2、3年だけでも、いい選手を獲れなければチームは衰退します。スカウトこそ、チームのことを長期的に本気で考えられる、本当に強くしたいんだという意識を持ったスタッフの集まりであるべきだと思っています」

IBM出身の異色スカウト

大渕は、いわゆる選手あがりではない。大学までは本格的に野球をしていたが、IBMでサラリーマンとして働いたのち、新潟県の高校教員を務めた。野球界の中では異色のスカウトだ。

2006年シーズンから日本ハムのスカウト部に所属するようになった。大渕の信念をつくり出してきた背景には、抱き続けてきた日本野球界への疑念がある。学生の頃からアメリカやキューバに渡っていた大渕は、異国の野球に触れ、日本球界に対して切実な想いを抱いた。

「スカウティングの仕方がおかしいと感じていました。『なんであの選手を獲るんだろう?』という疑問が多かったんです。それで後で聞いてみたら、縁故だった。プロ野球が実力主義の中で、それはあるべきではないし、選手に対して失礼なんじゃないか、と。理路整然と、選手に対して公平な実力主義でやっていくものであるべきだと思っていました」

「昔は『希望枠』というのがあって、それがいろいろな問題を起こしていましたけど、アメリカのドラフトなどを見ているとリーグ単位で物事を考えている。その違いは感じていました」

日本ハムに入社する前から、大渕にスカウトのポストが用意されていたわけでない。それでも「新しいことをしていこうという姿勢が外からも見える球団」と感じており、野球界に対する鬱屈した気持ちを同じプロの集団に入ることで拭い去ろうとしたのだ。

 大渕隆(おおふち・たかし) 1970年新潟県生まれ。十日町高校時代は内野手として、高校2年夏に県大会準優勝。3年時は主将としてベスト8に進出した。早稲田大学では三塁手として活躍。ベストナインを受賞したシーズンもある。大学卒業後IBMに就職。営業推進などで7年間勤務した。2001年から新潟県の保健体育科教員として、西川竹園高校で野球部の指導も経験している。2006年1月日本ハムのスカウトに就任。2008年ディレクターに昇格(撮影:氏原英明)

大渕 隆(おおふち・たかし)
1970年新潟県生まれ。十日町高校時代は内野手として、高校2年夏に県大会準優勝。3年時は主将としてベスト8に進出した。早稲田大学では三塁手として活躍。ベストナインを受賞したシーズンもある。大学卒業後、IBMに就職。営業推進などで7年間勤務した。2001年から新潟県の保健体育科教員として、西川竹園高校で野球部の指導も経験している。2006年1月日本ハムのスカウトに就任。2008年ディレクターに昇格(撮影:氏原英明)

プロ野球団を“普通の会社”化

入社してスカウトに就任。大渕には「元プロ野球選手」という肩書がなかったため、就任当初こそ目立たないスカウトの一人として活動していたが、1年目のオフから少しずつ頭角を現していく。

その最初の取り組みが、「スカウティングと育成で勝つ」と題した、まるで会社概要のような資料の作成だった。

球団作成のこの冊子には育成方針や環境、実績などが書かれている

球団作成のこの冊子には育成方針や環境、実績などが書かれている

この資料の目的について、大渕が説明する。

「野球界を客観的に見ていくと、アマチュアの指導者や選手たちは各球団がどのような理念を持っているかを知るすべがないと思ったんです。僕はIBMで営業をしていましたが、普通の会社にはそういった資料があるじゃないですか」

「そう考えると、今のプロ野球のルールでは、球団とアマチュアがつながる接点はメディアかスカウトしかない。本当に球団の詳しいことを伝えることができるのはスカウトであるはずなのに、『うちの球団はこういうことをしていますよ』という資料がないのは問題だと思って、このような冊子をつくったんです」

株式会社北海道日本ハムファイターズの企業理念や育成方針に加え、今ではスカウトのメンバーが写真つきで紹介されている。初版から10年でたくさんの改良を重ねて現在のかたちになったが、大渕はチームの指針を一つのかたちにすることで、チームづくりが円滑に進んでいくことを狙ったのだ。

「ファイターズも企業なのに、いわゆる企業のかたちになっていなかった。ただのチームになっていて、監督が有名であるとかそういうものだけが露出していた。

本来は企業文化や理念、目指すものがあってこその人材であるはずなんです。チームがこういう選手を求めているという前提があって、スカウトを各地区に散りばめるべきだと自他ともに認識し合うことが大事だと思いました」

大谷翔平が活躍するのは「必然」

現在の日本ハムでは、スカウティングとコーチングが相互に関連し合っている。

スーパースターが生まれ、後からとってつけたように「育成論」として語るのではなく、システムの成功として選手が育まれていくかたちをつくっておく。その指針があって、「育成の日本ハム」はでき上がったのだ。

「偶然ではなく、選手の資質だけでもない。大谷翔平が生まれたのは、いろんな人が組み合わさったシステムの中で生まれた選手、育成された選手だったというようにしたい」と大渕は力説している。

組織におけるスカウトの役割

とはいえ球界で、スカウトへの風当たりが強いのは偽らざる事実だ。

チームの若手の伸び率が悪い場合、現場やメディアを通して「うちのスカウトはロクな選手を獲ってこない」という声が聞こえてくることもある。この見方こそ、チームとは何か、組織とは何かが理解できていないことの表れだ。プロ野球がもうワンランク上の組織体として成熟していくためには、スカウトの価値を認めていくべきだろう。

「ソフトバンクの柳田(悠岐)選手を見た、日本人の元メジャーリーガーが『なぜ(出身地の)広島は柳田を指名しなかったのか』と言っていたんですけど、何を言っているんだと思いました。『同じ立場で人の仕事をわかってから、モノを言え』と言いたいですよ。ドラフトの根本をわかっていない発言です」

「だから、田村君には感謝したいんです。スカウトが表舞台に出た。選手を追いかけて、追いかけて、お互いの信頼関係を築いてきた。こんな仕事があって、誠実にやる世界だと見せてくれた」

野球スカウトと人事部の共通点

大渕はディレクターという立場になってから、指名候補選手の面談をするようにしている。企業が人材を得ていく過程と似ているが、「スカウトは人事部」とする彼自身の言葉にその意図が表れている。

今回語ったのは、大渕のスカウトとしてのスタイルである。当然「立場」がそうさせているものもあるが、スカウトたちはさまざまな手法で、選手の力量やプロで活躍できる素養が何であるかを見極めるすべを持っている。
 
7日間連続掲載する今特集では、そうした目利きたちのスカウティング術に迫っていきたい。ビジネスパーソンにとって、役立つヒントがたくさんあるはずだ。(文中敬称略)

(写真:AP/アフロ)

*目次
【1回】スカウトは人事部。文化や理念なくして、優秀な人材を採れない
【2回】人の将来性を見抜くには、「お尻の毛穴まで見る」執念が必要
【3回】入団後も厳しい目を向けるのは、人の人生を“ねじ曲げた”責任
【4回】環境要因に人の伸び率が潜む。見極めるべきは「意志の強さ」
【5回】メジャーは「感覚を数値化」し、組織に強固なネットワークを形成
【6回】正しいリポートの書き方を身につければ、仕事を効率化できる
【7回】縦軸と横軸から俯瞰し、「壁を乗り越えられる人材」を発掘