球児プロデューサー6人目
高校野球に人間教育は必要か。新リーダーと金星に潜む「本質」
2016/2/4
新しい時代の息吹を感じたのは、昨夏の甲子園1回戦でのことだった。
名も知れぬ三重県の県立高校が甲子園出場を果たし、春夏合わせて3度全国制覇の強豪・智弁和歌山を破ったのだ。
それも「ミラクル」に象徴されるような劇的な戦いを演じたわけではなく、先制され、追いかけ、同点にして中盤以降は力で押し切る。まるで横綱相撲のような野球で大金星をつかんだのである。
若手指揮官のつくりあげたチーム
スーパースターは一人としていなかった。
特殊なフォームを駆使したピッチャーがいたわけでもなかった。
あるとしたら、選手たちが落ち着いて戦っていたことくらいだ。
そんなチームをプロデュースしたのが、38歳の若き指揮官・宮本健太朗である。
人格が良い人は勝ち切れない?
津商業の監督に就任して6年、前任の白子高校でも普通の公立校を県大会上位進出に導くなど、三重県では若手のリーダー格として高い評価を受けている指導者だ。
いったい宮本は、どのような信念を持って高校野球に携わっているのだろうか。
「世間一般的に、人格が善い人は勝ち切れないってよくいわれますよね。『そういうチームや』とよく言われました。その中で、『どんな練習をしたら甲子園に行けるんやろ?』と、いろんな方のアドバイスを聞いて考えていたんです」
「でも、勝つために性格が悪くなるというのもおかしい話なので、今のままのスタイルで(甲子園に)行きたいよなと思ったんです。『甲子園の行き方』を考えるのではなく『生き方』を決めて、これで行くんやっていう考えにたどり着きました」
津商はこれで勝負する。宮本は確固たる核を自身の中に、そしてチームの中に生み出すことを最大の強みにしようと思った。
「これで負けたらしょうがないではなく、負けたらしょうがないと思えるくらいのものをつくる」
それが宮本の指導理念だ。
野球部に求められるバランス感覚
その中身として掲げてきたのが、「人に好かれる人間になろう」というものだ。
これは、宮本自身の人生観に通じる。
「僕は鳥羽の田舎に育ったんですけど、とにかく、近所にいるおっちゃん、おばちゃんにかわいがってもらったんですね。ケンタロー、ケンタローって声をかけてもらってね。人から嫌われるより、好かれたほうがいいと思うんです。どこに行ってもかわいがってもらえるような人間になろう、と。そのためには学校から、クラスメートから、担任の先生から必要とされる人間になることから始めました」
誰もが「汚い、きつい、嫌だ」と思うような仕事は、野球部が率先してやる。「野球部がいてくれて良かった」と学校内で感じてもらえるよう、個々が心がける。
チーム単位では、野球部以外の部活動の応援団はすべて担当した。津商はクラブ活動が盛んな一方、生徒たちは応援団を結成することには照れがある。そこを野球部は自ら手を挙げ、学校になくてはならない存在になろうとしたのだ。
「野球部って、学校で一番いい思いをしていると思うんです。夏になったら、みんなが球場に応援に来てくれる。それやのに、もう反対側のことをやらへんかったら、人としてのバランスは保てないと思うんですよ。いい思いをするときだけして、都合の悪いときだけ『俺たちは一般の生徒たちと一緒や』というのは、人としてのバランスが壊れますよね」
先を読み、スピードにこだわる
一方、グラウンドで口うるさく言うのはスピード感だ。
何をするにもテキパキと行動に移すようスピードにこだわってやっていく。練習の切り替え、練習の中身、一つひとつに対して、先を読んで対応していくことを選手らに求めている。
スピードを速くして行動していくためには、先を読まなければいけない。当然、準備をしなければいけない。周りのチームメイトがどういう動きをしているのかを確認して、自分はどうするべきか。
先のことを常に考えていくことが人に対する思いやりにもつながり、試合においては相手の心理を読み解く仕掛けの早さにつながってくる。
早く動くために必要な意識
練習を見ていると、女子マネージャーが笛とともに合図を送り、選手たちはそれに呼応して動いていた。
笛を鳴らすといっても、軍隊のような張り詰めた空気の中での「ピっ! ピっ!」というのではなく、女子マネージャーが笛とともに「今、何分くらいか。あと何分くらいで次の練習か」とヒントを与えるように選手たちにメッセージを送っている。そうして選手たちは常に先をイメージしながら動くことになるのだ。
宮本監督は力説する。
「グラウンドでボーとしているヤツとそうでないヤツ、すぐ動けるヤツと止まっているヤツの差は何かという話をしています。勝つか、負けるか、いい選手かそうでないかは、準備と読みの部分がかなりのウエイトを占めると思うんです。それを意識して、早く動こうと言っています」
人から好かれ、求められる意味
ここまで書いたら多くの読者が気づいたのではないだろうか。
早く動くために先を読んだ行動をする。そして人から好かれ、必要とされる人間になる。
津商はグラウンドでも、学校生活でも、実は同じ心がけをしているのだ。
宮本監督は言う。
「人から必要とされることによって頼られることのうれしさはあると思います。それをやることで野球がうまくなるかはわかりませんが、練習に対する姿勢とか、物事の本質が見えるようになってくるのではないかなと思っています」
負けの逃げ道はつくりたくない
とはいえ、「人から好かれる」行動を取り、先を読んで動くことができる津商は、それだけですごく優れたチームなのだとまとめて、この原稿を終えるつもりはない。
それだけでは、智弁和歌山という強豪には勝つことはできない。
宮本監督は「野球の技術がないから、負けてもしょうがないという逃げ道はつくりたくない」と言う。
「目指したものを達成できなかったとき、この子らから野球を引いたときに何も残らないというのは、指導者として情けないことだと思います。でも何かが残ったから、じゃあ試合に負けていいとは思ってはいないです」
「野球部である以上、野球の試合で勝とうとして集まっているわけですから、野球力をつけなければいけない。人が良くて、一生懸命に営業していますけど『まったく売れません!』では、会社はつぶれるわけですから。人の良さや一生懸命さを美化しようという気はまったくないです」
大事なのは成長に不可欠な向上心
もっとも、甲子園に行くこと、勝つこと、相手を蹴落とすことを覚えろといっているわけではない。何より大事なのは成長していくことで、しっかり野球に対しても向上心を持ち続けなければならないと考えている。
「他人との比較だけでいうと、(ベンチ入りメンバーになって)背番号をとる・とらない。レギュラーになる・ならないがありますが、それよりも過去の自分と今の自分を比べてどれだけ成長したかが大事だと思うんです。他人との比較では負けるけれど、過去の自分と比べたときに成長しているかどうか。それを感じとることができるようにと、子どもたちには話しています」
物事には表と裏がある
宮本の話を聞きながら感じたのは、物事の本質、表と裏を意識して指導しているということだ。
「きれい事なのかもしれないですけど、できなかったことができるようになったのを見ることが、指導者としてはうれしいですね。人の話を聞けるようになって、それまでとは正反対の行動を取れるようになってくる子たちがいる。そういうことが野球に関しても、日常生活の中にもある。だから、そういう場面は見逃してはいけないと思うんです」
「ナイスプレー。でも、そのナイスプレーが起きたのは、その前に別のヤツが気を配ったことが生きてできたんやぞってことも、同時に褒めてやりたい」
「人格者は厳しい世界では通用しない」と言われるときがある。実際、宮本はそういう言葉に壁を感じたが、「行き方」ではなく、「生き方」に光を見いだした。
「人から好かれる」ように人間性を高め、それでもしっかりと勝負していく。
名将と呼ばれる宮本が導いた1勝は、高校野球界に新たなリーダーが誕生したことを予感させる。(文中敬称略)
(撮影:氏原英明)