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認知バイアスを取り除くと、人と企業のベストマッチがわかる

人工知能によるマッチングが、人材のキャリアプランを変える

2016/01/29
エンジニアの人材派遣サービスを行っているフォーラムエンジニアリングは、IBM Watson(ワトソン)を活用した求職者と求人企業との新しいマッチングシステム『Insight Matching』の開発途中にある。今年4月から実際の業務に取り入れ、業界トップ目指すという。人材派遣にコグニティブコンピューティングをどのように活用するのか。また、それによってどのような強みを生み出せるのか。同社取締役CIOの竹内政博氏に聞いた。

営業効率の最大化を考えたら、ワトソンに行き当たった

──どのような経緯でInsight Matchingを構想し、またワトソンを採用することになったのですか。

竹内:フォーラムエンジニアリングは製造業の技術者に特化した派遣を行う人材サービス業です。人材サービス業は総じて労働集約型であり、業績の向上にはプロセス頻度の最大化、ひいては多くの人員を必要とします。

製造業のお客様ですので、営業先は都心部から遠い内陸部や沿岸部に集中しています。しかしながら、人材の確保が前提となる営業拠点は都市部に構える必要があり、営業プロセスを最大化・効率化する工夫が求められます。

この工夫を仕組みとすべく、ビジネスプロセスモデルを「労働集約型」から「ICT資本集約型」に変革させてしまうことを、この数年間の最大の目標としてきました。

まず最初に考えたのが、営業担当者がお客様先に「行かない、会わない、話さない」で営業を完結できないか? ということでした。

そこで、お客様にiPadを配布し、「FaceTime」を活用する事でお客様先に「行かない」。オリジナルのアプリを開発し、派遣可能な人材に関する情報をお客様がセルフサービスで確認して頂くことで、お客様に「会わない」ようにする。このように、スマートデバイスやアプリを使うことで、「行かない」と「会わない」は、ある程度実現できました。

そうした折に、ソフトバンクからワトソンの日本語利用が可能になるという話を頂き、それを使って「話さない」を実現すると同時に「機械学習によるマッチングシステム」と「エンジニアの流動化を促進するプラットフォーム」を構築するプロジェクトがスタートしました。

竹内政博(たけうち・まさひろ)フォーラムエンジニアリング取締役CIO。学生時代に人間機械論、推論分析などを研究。20代後半から人材サービス業界に入り、数々の要職を歴任。2012年より同社CIOに就任、ICT革新を推進する。

竹内政博(たけうち・まさひろ)フォーラムエンジニアリング取締役CIO。学生時代に人間機械論、推論分析などを研究。20代後半から人材サービス業界に入り、数々の要職を歴任。2012年より同社CIOに就任、ICT革新を推進する。

ヒトでは超えられない「認知バイアス」を超える

──人材と企業をマッチングさせる人材派遣のプロセスのなかで、人工知能がどんな役割を果たすのでしょうか?

現状では、求職者や求人企業へのヒアリングは、キャリアカウンセラーや営業担当が行っています。しかし、ヒト対ヒトのコミュニケーションでは、個々人が持つ「認知バイアス」が働き、印象や評価もヒトによって変化します。それを人工知能に代行させることで、認知バイアスを最小化し、皆にとって公平で客観的かつ論拠、根拠に富んだ判断材料を導き出す。ここまでが第1段階の目標です。

具体的には、エンジニアの持つ能力とお客様のニーズを分解し、それら各要素の因果関係を分析することで、認知バイアスを極小化できるのではないかと考えています。実際には、初期段階の教師データはまだまだバイアスが強いと思いますが、要素分解した「辞書」を作成することと、大量のデータから機械学習を繰り返すことで、相似化・収斂されることを期待しています。

──「辞書」の作成について、もう少し具体的に教えてください。

マッチングに必要なキーワード(製品、技術、職種、工程、ツール、工学など)をツリー構造に要素分解した辞書を作ります。例えば工業製品であればコンポーネント、モジュール、パーツ、素材、技術、工学といったように、可能な限り要素分解して、ツリー状に表現します。

要素分解が素材、技術、工学といった最下層の基本要素にまで分解されると、これらキーワード群は別の工業製品の構成要素でもあるため、最終的にはありとあらゆる製品の関係性をネットワーク図として表現できるようになります。これを基に、求められる要件からの距離や構成要素の比率から、人材と企業の「マッチング率」を導き出すわけです。

辞書の作成は自動化が難しく、現時点ではクローリングした情報からキーワード抽出し、どの階層に当たるのか人手で分類しています。しかし、現在開発しているワトソンアプリを運用することで、辞書にないキーワードの発見やキーワードの重み付けがある程度自動的に行われるようになり、いずれは人手を離れて、辞書自体も陳腐化しなくて済むようになると思います。

──かなり野心的な試みですが、第1段階でそこまで達成できそうですか。

達成までには、ワトソンにもっと多くの学習をさせとないといけません。並行して作っている辞書も、さらなる要素分解が必要ですし、各キーワードに対する重み付けの定義や評価もしなくてはなりません。また、マッチングの予測分析モデルもブラッシュアップする必要があります。まずは4月にロールアウトするアプリを運用しつつ、成果を確認したいと思います。

──それが進むと、個人のパーソナリティをモデル化することや、逆に企業や個々の部署についてもモデル化できるということでしょうか。

それは次の段階ですね。辞書構築を進めることがモデル化に寄与すると考えています。話が飛躍しますが、モデル化することでエンジニアと企業の職務のマッチングだけでなく、さらに高い知性に転換できる可能性のマッチング、いわば集合的知性を生み出せるようなマッチングを追求していきたいと思います。

まずはInsight Matchingの精度が高まり、認知バイアスのないコミュニケーションが可能になれば、人間の経験や直感、相性などを超越した、本当の意味での人材と企業とのベストマッチングが実現できるようになるはずです。

「Insight Matching」のインターフェースとしてPepperが使用される予定だ。

「Insight Matching」のインターフェースとしてPepperが使用される予定だ。

人工知能の「洞察」が、ヒトに最適なキャリアパスを提案する未来

──これまでの人材派遣は、コンサルタントや営業担当者の属人的なスキルに依存する部分が大きかったんですね。

はい、仲介する人間の能力に制約されてしまうわけです。コンサルタントは幅広い知識、経験を有していますが、全てのエンジニア、お客様に応えることは困難です。詳しくない分野については、自身の知識や経験を抽象化し相対化する事でしかアドバイスできません。

人の認知は初めに観察があり、次に考察、推察、洞察と遷移しますが、個人の経験や日々触れられる情報には限界があり、それが認知バイアスを生み、推察の域を超えられないのだと思います。

ワトソンのようなテクノロジーを使うことで、膨大な情報を、変化する状況に応じて相似化しつつ特徴点を導出できれば、「洞察」に至れるのではないか。それを期待してInsight Matchingと名づけました。

──人間以上に、社会やビジネスに精通した人工知能になるということでしょうか。

そうですね、このモデルが成熟すれば、単なる人材マッチング以上のことが可能になるはずです。例えば、エンジニアにとって、どんな技術を身につけるのかは、キャリアパスにおいてとても大きな意味を持ちます。テクノロジーはすさまじいスピードで進化しているからです。

隆盛を極めていたあるテクノロジーが、さらなるイノベーションによって一気にコモディティ化してしまうということはあり得ます。その変化を見誤ると、エンジニアが想定していたキャリアが実現できなくなってしまう可能性が高い。

その予測を人間が行うことは難しいですが、人工知能が毎日のニュースをはじめ、日々発表される最新の論文や特許情報などをすべてデータとして構造化・相対化するようになり、さらに予測分析モデルの結果を学習すれば、自動的に予測することができるはずです。

それによって、技術者には能力評価や市場価値予測に基づくキャリアパスを提示したり、お客様には自社の競争力評価や、他業界との技術融合の可能性を提示できるような新しいサービスを構築することも、われわれのビジネスの目標のひとつとしています。

(聞き手:呉 琢磨、構成:青山祐輔、撮影:下屋敷和文)

※後編は明日掲載予定です。