日本ハムバナー.001

ファイターズの球団経営【5回】

SNSのスペシャリストが語る、球場を特別な空間にする「演出術」

2016/1/29

エンタメ産業で重要なポイントの一つに、いかに顧客の滞在時間を長くするかということがある。その点で、SNSの活用は効果的だ。リアルの世界に存在する物理的な限界や制限を、バーチャルなら超えていくことができる。

プロ野球の12球団で、とりわけSNSの活用がうまいといわれるのが北海道日本ハムファイターズだ。フェイスブックの会員数は、阪神、巨人に次いで多い22万2519人(1月26日現在、以下同)。2015年2月1日に始めたツイッターの球団公式アカウントのフォロワーは4月中旬時点で2万人ほどだったのが、2016年1月には13万人を超えるまでに増加した。

チームの一員として来てほしい

ファイターズ事業統括本部の小崎将史氏が、SNSの活用法をこう説明する。

「ファンの方にただ『球場に来てください』と言うのではなく、目や耳などでファイターズを感じてもらって、自分もチームの一員になったように思って、アンバサダーになったような感覚で球場に来てほしいですね。そうすれば、初めて札幌ドームに来てもらったとしても広大なグラウンドや選手、ファンの盛り上がりを楽しめて、すぐにファイターズのファンになってくれると思います。そのために前情報やアテンションを提供する意味合いで、ファイターズを感じてもらうことにSNSの役割があると考えています」

試合前に選手と少年ファンが交流。そうして札幌ドームが特別な空間になる

試合前に選手と少年ファンが交流。そうして札幌ドームが特別な空間になる

SNSで特別なコミュニケーション

試合結果やスタッツ(成績)、ニュースという基本情報を発信することはもちろん、球団だからこそ出せるネタを提供できれば、SNSから伝わる熱量はグッと増していく。

たとえば今オフ、フリーエージェント(FA)宣言するか、否かで去就が注目された大野奨太が残留会見を行った直後、ファイターズは独自で編集した動画をユーチューブにアップした。その狙いを小崎氏はこう語る。

「大野選手が会見前後にどういう表情を見せていたかは、球団しか知ることができません。そうした特別感のある動画をファンの方が見て、満足度を高めてもらえれば、その人がSNSでインフルエンスしてくれて、どんどん広がっていく。SNSを使ってどうすればファンの方とコミュニケーションを取りやすいかと考えて、シンプルにやり続けています」

時間帯別で使い分けが重要

昨今さまざまなSNSが存在する中、主要なものであるフェイスブック、ツイッター、ライン、インスタグラムのすべてを活用しているのは日本ハム、ロッテ、オリックス、楽天の4球団のみだ(リンク先の表を参照)。日本ハムがすべてに公式ページを持つのは、それぞれに異なる用途があるからだと小崎氏は言う。

「ユーチューブも含めて、時間帯を分けた出し方をしなければと思っています。寝る前に見てほしい動画、通勤途中に見られるコンテンツ、トイレに行っているときに見てシェアしたくなったらすぐにポチっと押せるような記事。そういうことを意識してコンテンツをつくっています」

成人女性を中心に約3万8000人のフォロワーがいるインスタグラムでは、西川遥輝、谷口雄也、石川亮というイケメン若手選手が人気だ。野球をフランクに楽しみたい人に対し、グラウンドとは違う選手の表情を写真で楽しんでもらっている。そうして女性ファンに札幌ドームへの入り口をつくるのだ。

フェイスブックではイベントやグッズ情報などを流す一方、試合やプレーについて居酒屋のように語り合ってもらう場としても提供している。

美少年の谷口雄也は女性ファンから大人気。「きゅん」の愛称で親しまれる

美少年の谷口雄也は女性ファンから大人気。「きゅん」の愛称で親しまれる

日常と非日常をミックス

ユーチューブの公式チャンネルには、独自で制作したコンテンツをアップ。その一つの「REAL」という番組では毎回1人の選手をフィーチャーし、素顔や横顔を見せている。

たとえば中田翔がゴルフの打ちっぱなしで野球のティーバッティングを行い、桁違いのパワーを見せつけたら居合わせた人々はどんな反応をするのか。大谷翔平が春季キャンプ中に地元中学校を突然訪れて野球を教えると、中学生はどういった表情を見せるのか。選手の日常とファンの非日常を融合した動画とすることで、一流プロのすごさがよく伝わってくる。

また1つのコンテンツは2〜5分ほどの長さであるため、気軽に見ることができる。

SNSを「体験」として楽しむ

こうしたコンテンツを実際の「体験」に昇華させたイベントが、2015年4月14、15日に開催された「SNS 2DAYS」だ。各日来場1万5000人にラインのスタンプをプレゼントしたり、選手と記念撮影した写真をインスタグラムにアップしたりする企画などが行われた。

このイベントについて、小崎氏は目的をこう語る。

「ツイッター、フェイスブックというそれぞれのSNSは、メインユーザーの年代や使用目的など、各層に分かれています。もちろん全部使っている人もいますが、『自分の周りで誰もツイッターをやっていないから、一人では使いにくい』というケースもありますよね。そういった環境の縦軸、横軸を照らし合わせて、『私はこれを使って、ここから情報を得ます』『私は全部やります』と選べるようにこちらで整えて、ファイターズに毎日触れ合ってもらえる環境をつくりたかったんです」

中島は大谷の球を打てる?

SNS 2DAYSでとりわけ興味深かったのが、「#中島質問」という企画だ。プロ入り8年目の昨季、ベストナインや侍ジャパン代表に選ばれるなど大活躍した中島卓也に対し、ツイッター上でファンから質問を募集した。球団調べで2500個の質問が寄せられ、その中から中島が回答している。

たとえば「大谷(翔平)君と敵チームだったとして打つ自信はある?」という質問には、「翔平の球は本当に速いんですけど、守っていてずっと見ているので、打つ自信はあります」と答えた(質問に受け答えする模様、動画はこちらを参照)。

質問に回答するだけでなく、採用された20人のファンに対して中島がお礼の動画を送信。特別なメッセージをもらったファンはエンゲージを高め、同時にSNSで投稿する発信者になり、ファンの輪が広がっていくという仕掛けがなされた。

ファンから寄せられた質問に対し、楽しそうな表情で答える中島卓也

ファンから寄せられた質問に対し、楽しそうな表情で答える中島卓也

バーチャル+リアル=満足最大化

エンタメ産業で重要なのは、いかに体験として楽しんでもらえるか。そうした目的において、SNSは極めて有効な手段になると小崎氏は語る。

「選手の写真を見るのも一つの楽しみですし、気軽に投稿したり、自分のメッセージが球場のビジョンに映ることで、ファイターズの一員と感じながら楽しんでもらえます。そこからコミュニケーションも生まれていきますよね。バーチャルとリアルの世界をつなげることで、札幌ドームって楽しいよねと思ってほしい。SNSで参加することで友だちやコミュニケーションが増えていけば、日常的にファイターズの話題も少しずつ増えていくと思います」

球場にいる場合だけでなく、そうでないときにもいかにチームや選手を楽しんでもらうか。その満足度が、球場に足を運ばせることにつながっていくのだ。

リアルとバーチャルの境界線がどんどん薄くなっている現在だからこそ、SNSの活用はあらゆるエンタメ産業にとって重要性を増している。

活躍した後、ハイタッチの瞬間に見せる笑顔が魅力的な谷口雄也

活躍した後、ハイタッチの瞬間に見せる笑顔が魅力的な谷口雄也

(写真:©HOKKAIDO NIPPON-HAM FIGHTERS)

<連載「北海道日本ハムファイターズの革新的球団経営」>
2004年に札幌へ本拠地を移転して以来、グラウンド内外で好成績を収めている北海道日本ハムファイターズ。チーム編成やスカティングで独自の方法論を持つ球団は、SNS活用や女性ファン獲得など経営面で球界に新たなトレンドをつくり出している。いかにして北海道でファン拡大しているのか、ビジネス面の取り組みを隔週金曜日にリポートする。