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日本の社会そのものを変えることに

フィンテックは個人投資家の生活を変えるのか(Part 1)

2016/1/28
このところ金融業界のBuzz Wordの一つは、なんといってもフィンテックでしょう。私自身も民間の金融機関が主催するロボアドバイザーに関するセミナーに出席したり、経産省のフィンテック研究会などを傍聴するチャンスに恵まれています。またすでに一部の金融機関ではロボアドバイザーをウェブ上で展開しているところも出てきました。「30年後に備える資産運用」としては何を、どう考えておいたらいいのでしょうか。

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フィンテックは本当に拡大するのか

出席した多くのセミナーでは、「今後フィンテックが日本で急速に拡大する」ことが前提で、「米国や英国での盛り上がりを伝え、日本でも急いで対応が迫られる」という論旨が多くなっているように思います。しかし、本当にそうなのでしょうか。

経産省フィンテック研究会で米国のベンチャー・キャピタリストの発言は、その点を改めて考えさせてくれました。

「フィンテックと言ってもあまり取り立てて考えることではない。フィンテックへのベンチャー・キャピタルの投資が急増していると言っているが、ここ数年はフィンテックに限らず新技術への投資が増えているだけで何も金融分野が突出しているわけではない。また、これまでの経験から考えると、米国における昨年のフィンテック関係のコンファレンスの多さやそこに日本人が多数参加したことは、そろそろフィンテックもピークをつけたのではないかと思わせる。」

これが今年のフィンテックの動向を占うのかどうかはともかく、金融業界やハイテク業界にとってフィンテックが増えるのかどうかよりも、われわれ個人にとっては、それが増えることはどんな意味を持つのかという側面で考えることの方が大切なことではないでしょうか。

ところで、皆さんは次のような、フィンテックを対極に置いた議論をどう考えますか?

・フィンテックが拡大するためには金融リテラシーが高まる必要がある

・フィンテックは金融リテラシーを高めるために必要だ

広い概念がもたらすフィンテックの誤解

「フィンテックが拡大するためには金融リテラシーが高まる必要がある」とは、フィンテックをテクノロジー業界の側からみた場合に、「個人個人の金融リテラシーが高まらないことには、フィンテックの裾野はなかなか広がらないだろう」という意味で理解できます。

ユーザーが増えなければ、開発しても意味がないのは確かにその通りで、ツールを使う人たちの必要性、ここでは金融リテラシーが高まることが必要になるわけです。

その一方で、フィンテックを金融リテラシー向上のために活用すべきだという議論もあります。これは、どちらかと言えば金融機関側の議論で、金融機関としては「貯蓄から投資へ」を進めるためのツールとしてフィンテックの技術をみているわけです。「フィンテックは金融リテラシーを高めるために使う」と考えています。

フィンテックが、金融行為を行う手段でもあり、金融リテラシーを向上させる手段でもあるわけですが、それぞれを聞いているだけではどちらも正しい議論に思えます。でも、金融リテラシーの向上が前提でもあり、目的でもあるというのは、よほど金融テクノロジーを広く捉えているからにほかなりません。

金融に関わるすべての技術開発をフィンテックと呼んでいるわけで、その本質の違い、考え方の違い、用途の違いを理解しないでフィンテックの言葉を使って議論を進めると大きな間違いを犯しそうに思います。

フィンテックの議論が突きつけるもの

本来、フィンテックは、金融技術を細分化(アンバンドリング)することから始める必要があるといわれています。日本では、金融に関する技術開発は大手金融機関を中心にすべてのシステムが一連の中で開発、運用されています。

しかし、フィンテックは、まさしく新しい発想で、必ずしも金融の専門家ではない人たちが中心に、新しいサービスを盛り込むことを念頭に、開発されています。そして、日本の金融機関が前提にしている、1から10までのシステムを、すべて開発・運用することを想定していません。

たとえば、ブロック・チェーンは通貨による決済という概念を覆し、極論、中央銀行の存在意義さえ変えかねない考え方です。個人と個人の資金の貸借をネット上で直接つなぐP2P Lendingも金融機関を通さない金融です。ちなみに、英国では2015年からP2P LendingもISA(個人貯蓄口座)の投資対象に加えています。

それぞれ専門の分野や金融のパーツの高度化にフィンテックが資するとすれば、金融技術・金融システムのアンバンドリング化はその普及の前提条件だとも言えます。

その点で、従来の大手金融機関はフィンテックを本気で取り入れられるのでしょうか。既存の金融システムは、こうしたフィンテックの土台として、システム・サービスの細分化を受け入れ、共存化を図るか、または法制度や現在の金融ビジネスの慣行なども含めて、それを大きく覆すことを受け入れるかを求められるように思います。

「金融行為を行うための手段」も「金融リテラシーを向上させる手段」もすべて金融機関のシステムの中で囲い込まれている現状で、フィンテックの議論は意外に大きな変革を業界に突き付けているように思います。これから日本でフィンテックが隆盛を迎えるとすれば個々の技術やサービスの向上といった個別の分野ではなく、金融システムや社会システムを変えるような大きな変化につながるのかもしれません。

もちろん金融の一連のサービスの中でこれまであまりシステムに組み込まれていなかった分野があります。特に資産運用のアドバイスの分野です。次回、その点に関して私見をまとめてみたいと思います。

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(写真:derrrek/iStock.com)