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佐野氏の社長復帰のシナリオが有力

クックパッド内紛。今後のシナリオと、スタートアップの構造問題

2016/1/24

天皇と総理大臣の亀裂

1月19日、“内紛”が明るみになったクックパッド。その翌日、株価はストップ安となり、前日終値の2183円から1683円まで急落した。22日には株価が若干反発したものの、予断を許さない状況が続いている。

最初に、この“内紛”の内容をおさらいしておこう。

対立しているのは、創業者で43.5%の株式を保有する佐野陽光取締役と、穐田誉輝社長などほかの経営陣である。

佐野氏は、大学卒業後の1997年にクックパッドの前身となるコインを創業し、2009年に同社は東証マザーズへ上場。2012年5月からは、世界戦略と技術開発に集中するため社長を穐田氏へ譲り、活動拠点をアメリカに移している。現在、日本の本社に出社するのは、月1、2回の取締役会の時ぐらいだという。

一方の穐田氏は、ベンチャーキャピタルを経て、2001年から2006年までカカクコムの社長を務めた。創業期のクックパッドにエンジェル投資家として投資するなど、佐野氏との関係は長い。2007年には、クックパッドの社外取締役に就任し、2012年5月から社長を務めている。

以前、穐田氏はイベントに登壇した際、佐野氏と自らの関係を「天皇」と「総理大臣」にたとえていた。つまり、佐野氏は強烈なビジョナリーとして会社を象徴する存在であり、穐田氏は、天皇の思いも汲み取りながら、それを戦略として実行していく役割ということだ。

この棲み分けは、業績を見る限りは、うまく機能してきた。

2015年9月時点で会員数は5576万人に到達。会員事業と広告事業をテコにして、収益は見事な右肩上がりで推移している。
 クックパッド.001

2012年4月期に39億円だった売上高は、2015年1〜9月累計で100億円を突破、通期では140億円超えも視野に入っている。

利益面でも成長は順調。営業利益率が4割を越すなど、会社目標の「2017年12月期経常利益100億円」は射程圏内に入っていた。
 クックパッド.002

現在の経営に対する市場の評価も高く、穐田体制下の4年弱で、株価は300円台から一時2800円台にまで上昇した。

長らく続いた“蜜月”。そこに決定的な亀裂が生じたのは、昨年11月のことだった。

佐野氏から届いた2つの郵便

11月、佐野氏から会社宛に郵便が届いた。

そこに記されていたのは、「自らが社長に就任する」という新たな事業プランだった。特に佐野氏が問題視したのは、「海外事業への投資の不足」と「料理以外の事業への投資」だ。

少し補足しよう。

現在、クックパッドは、「レシピサービスの世界展開」を戦略に掲げており、アラビア語、インドネシア語、スペイン語、英語でもサービスを展開している。

この中で、佐野氏が統括するのはアメリカ事業と、グローバルプラットフォーム(各国のサイトのフォーマットを一元化する数人のチーム)のみ。海外事業の中でも、佐野氏が担当しているのは一部にすぎない。

各言語の中でも、アメリカの中心である英語のサービスは伸び悩んでおり、月間利用者数は73万人(2015年9月時点)にとどまっている。会社が急成長していても自分はその中心にいない、アメリカなど海外事業に十分なリソースが投入されていない、と不満を感じたとしても不思議ではない。

もう1つの「料理以外の事業への投資」について、会社側は近年、「食を中心とした生活インフラを目指す」と掲げ多角化を推進。家計アプリ、ダイエット情報、子育て支援、メディア、教育などへと、サービスラインアップを拡大してきた。

昨年4月には、同社の投資額として最大となる28億6000万円を投じて、結婚式場の口コミサイト「みんなのウェディング」を子会社化した。これが佐野氏の“不満爆発”の決定打になったのかもしれない。

2016年に入ると、佐野氏の態度はさらに硬化する。

1月12日、新たな書面が佐野氏から会社側に届く。書面内で佐野氏は、以下のように現経営陣を批判するとともに、取締役の刷新を求めた。

「当社は、現在、基幹事業である会員事業や高い成長性が見込まれる海外事業に経営資源を割かず、料理から離れた事業に注力するなど中長期的な企業価値向上に不可欠な一貫した経営ビジョンに大きなゆがみが出てきました(中略)。そこで、取締役を刷新して当社内の混乱を収束し、社内一体となって企業価値向上につながる経営を実践するため、本株主提案を提出します」

1月15日に、会社側と佐野氏は会談を持ったものの、佐野氏は「書面以上のことは話さない」という姿勢をかたくなに貫いた。

クックパット側は、継続して佐野氏に話し合いを求めているが、佐野氏からの反応がない状況だという。完全にこう着状態に陥っていると言えよう。

最有力シナリオは、経営陣交代

では、今の状態が続いた場合、どのようなシナリオが考えられるのか。

クックパッドは2月5日に2015年12月期の決算発表会を行う。その席で、穐田社長は何らかのメッセージを発することになるだろう。

そして、大一番は3月24日の株主総会だ。その席で、取締役の刷新と新任取締役の就任を求める佐野氏の株主提案が可決されれば、クックパッドの経営陣は総入れ替えとなる。

佐野氏の議決権保有割合は43.5%。昨年の株主総会における議決権行使比率が86%程度であったことを踏まえると、佐野氏の要求が通ることはほぼ確実だ。

クックパッド側によると、来週、再来週にも取締役会としての見解を公表するとともに、継続して佐野氏側に話し合いを求めていくという。

一方、佐野氏側の代理人を務める、アンダーソン・毛利・友常・法律事務所の小舘浩樹パートナーに取材を申し込んだが、「現時点では、お話しをさせていただくことはございません」との回答だった。

佐野氏側とすれば、このまま株主総会を待てば、自らの提案が通り取締役は以下のメンバーに刷新されることになる。圧倒的に有利な立場にある以上、自分から動く必要性は薄い。

「大幅な株価下落が続く」「ユーザーや世論から大きな反発が起きる」「現経営陣が大きく譲歩する」などの動きがないかぎり、このまま株主総会で経営陣入れ替えとなる可能性が高いと言えよう。

<佐野氏が提案する取締役メンバー>

・佐野陽光(クックパッド取締役)
 ・岩田林平(経済産業省おもてなし規格認証に関する検討会委員)
 ・葉玉匡美(TMI総合法律事務所パートナー・弁護士)
 ・古川享(慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)
 ・出口恭子(医療法人社団 色空会 お茶の水整形外科 機能リハビリテーションクリニック理事COO)
 ・北川徹(スターバックス コーヒー ジャパン・オフィサー/執行役員)
 ・柳澤大輔(カヤックCEO)

しかし、もし佐野氏の案が通った場合、クックパッドの経営は大きく揺れるだろう。

取締役交代のみならず、執行役、執行役員を筆頭に、社員にも離職者が多く出る公算が大きい。

穐田氏の社長就任時の2012年5月に約100人だった連結従業員数は、2014年12月時点で245人まで増加している。少なくとも社員の約6割は、穐田体制下での入社組であり、アメリカにいる佐野氏との“距離”は近いとは言えない。

クックパッドには、ネット業界でも優秀な人材がそろっているだけに、ライバルの草刈り場となるおそれもある。

少数株主の利益はいかに

今回のクックパッドの内紛は、クックパッドだけの特殊例とは言えない。

スタートアップの創業者が、「支配株主かつ社長」であるかぎり、このような問題は起きない。しかし、今回のように、会社が成長するプロセスで、創業者が経営から退き、支配株主と社長が分離した場合、同じことが起きる可能性はある。

コーポレートガバナンスという点で問われるべきは、少数株主の利益だ。

市場参加者を増やしたいのであれば、世の中の趨勢は「大株主は少数株主を保護すべきと」いう流れにある。たとえば、米国では支配株主による会社の搾取を排除するために、規制が存在し、支配株主は少数株主に対しFiduciary Duty(忠実義務)を負うとされている。

しかし、日本では、少数株主の保護は、支配株主の不法行為責任などを問えたとしても、明示的ではなく規制がない状況にある。そのため、経営者が代わるのが嫌な株主は、株を売却することしか選択肢がない。

経営共創基盤(IGPI)の塩野誠パートナーは「たとえ経営者が代わった後に株価が下落しても、不正があったわけではないので、そこで法的に争うことは現状ではなかなか難しい。ただし、上場会社は社会の公器である以上、支配株主と少数株主の利益相反の問題は株主もしっかり見ていくべきだと思う」と指摘する。

佐野氏の提案が通った場合、社長としての佐野氏にかかるプレッシャーは並々ならぬものがあるだろう。

上場を続けるのであれば、現経営陣よりも成長させる力があることを早期に結果で証明しなければならないし、人材が流出した場合、新たな人材確保に追われることになる。

もしくは、業績の伸びが鈍ってでも自らのビジョンを優先したいのであれば、上場を取りやめるべきだという意見も出てくるだろう。

塩野氏は、今回の内紛について「ベンチャー上場時に、創業者がベンチャーキャピタルやエンジェル投資家との折り合いをつけて、会社を社会の公器とすることの難しさも示唆している」と話す。「創業者かつ大株主が理想を追うことも理解できるが、実務の観点からは創業者が純粋な投資家(株主)となり、自分の選んだ経営者に経営を任せるというマインドセットへの移行の難しさを感じた」。

クックパッドは、日本で数少ない、世界で勝負できるスタートアップ企業の代表格。その期待の星が、ライバルとの戦いでも、天変地異でもなく、“内紛”によってつまずいている。

どちらが悪いというわけではなく、それぞれ「理」があるだけに話が複雑だ。

双方の思いを推察すると、佐野氏からすれば、自分が創り、自分が支配株主である会社を自分が思うように経営するのは当然だ、という思いがあるだろうし、一方の穐田氏からすれば、投資家として創業期のクックパッドを支え、経営者として急成長させたのは自分だ、という自負があるだろう。ある種の「思想戦」だ。

日本のスタートアップ業界が次のステージに進むための宿題を、今回の内紛は投げかけていると言えよう。