時価総額8600億円超。「エムスリー」爆速成長の秘密

2015/12/7

日米8割、中国の過半数の医師が会員  

エムスリーというスタートアップをご存じだろうか。医師などの医療関係者、製薬メーカーに勤務する人なら大半が知っている「隠れた超優良企業」だ。
同社の中核となるのは「m3.com」という医療関係者限定のポータルサイト。30万人以上いる日本の医師のうち、実に8割が「m3.com」の会員となっている。
その圧倒的なリーチ力を武器に、医薬品情報の配信や製薬会社のマーケティング支援、研究開発のサポート、医師向け調査サービス、医師の人材紹介業などさまざまな業務を縦横無尽に展開している。
その快進撃は日本にとどまらない。
2005年からは海外展開も加速させ、米国では医師総数の8割以上である60万人以上の医師にリーチ。中国でも、会員130万人を突破し、中国全土の過半数の医師をカバーしている。
2000年の創業(創業時の名称はソネット・エムスリー)以来15年間、売り上げは右肩上がりで、2016年3月期の売上高は630億円を計画。営業利益計画は190億円と、営業利益率は3割に上る。
今年8月には、時価総額が一時1兆円を超えるなど、市場の期待感は高い。
これほどの急成長にもかかわらず、一般的に知名度がさほどないのは、同社のユーザーが医師であり、クライアントの多くが製薬会社だからだ。そして、エムスリーは取材をほとんど受けない企業としても知られている。
しかし今回、NewsPicks編集部は、同社取締役の辻高宏氏に加え、稼ぎ頭部門のエースたちへの取材に成功した。本特集では、「隠れた優良企業」エムスリーのベールをはぎ、同社急成長の理由について描いていく。

日本発、世界初のビジネスモデル

エムスリーが優れている点は、世界に競合他社が存在しない、唯一無二のオリジナリティだ。
日本のIT企業の多くが海外のサービスを参考にしているが、エムスリーが展開する事業の大半が「日本発」で「世界初のサービス」。それを世界に横展開している点が、新しい。
主力事業「MR君」も、その一つだ。「MR君」とは、一言で言うなら“医療プロモーションのIT化”と言える。
その狙いは、製薬会社のMR(医薬情報担当者)が行っていた自社医薬品情報の伝達/営業を、インターネットを活用し発信すること。単に情報を仲介するだけでなく、コンテンツ製作も請け負うところに、エムスリーの強さがある。
2011年の始動以来、躍進を続ける「治験君」も、ほかに類を見ないビジネスだ。
製薬会社が薬を開発するうえで、治験は欠かせない。ただ、今までは、専門のコーディネーターが、治験に協力してくれる当該患者を探すしか方法がなかった。そこに風穴を開けたのが「治験君」だ。
エムスリーには、日本の医師8割を超す圧倒的な医師会員という武器がある。そこで、治験を実施したい製薬会社側と、自分が担当する患者の一刻でも早い治癒のため治験に協力したい医師をマッチング。一連の治験終了まで責任を追うサービスが急速に成長しているのだ。

製薬会社化するエムスリー

エムスリーの社業は創業から数年の間は、「医師向けポータルサイト運営業」と称された。
しかし、今ではその枠はとっくに超え、社業は創薬の開発支援や医療系企業への投資、インキュベーションにまで及び、インターネット企業、コンサルティング、プライベートエクイティの側面を併せ持つ。
そんなエムスリーは、今後さらなる成長を見据えた、どのような打ち手を用意しているのか。
その戦略は、同社が現在、製薬会社そのものに出資し、さらに自社内で優秀なMRを育成、抱え、彼ら彼女らを製薬会社に送り込んでいることからも、垣間見られる。
本特集では、エムスリーが脅威の会員数を獲得できた背景、その巧妙なビジネスモデル(収益構造)の全容、海外展開成功のカギとなるM&A戦略に加えて、同社の今後の成長戦略についても迫る。
(バナー写真:shapecharge/iStock.com)