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馬場渉インタビュー第2回(全4回)

コンサルとデザイナーが融合。東海岸×西海岸の組織づくり

2015/12/6
SAPのグローバルタレント選抜制度により、馬場渉は10月1日付でアメリカ本社に異動した。配属されたのはコンサルやデザイナーが集う異能集団だった。アップルやウォルマートと協業するデジタル時代のエリートの世界を解き明かす。

──馬場さんがSAP本社で所属する「デジタル・トランスフォーメーション」の部署には、デザイナーもいるとのことですが、どんなメンバー構成なのでしょうか。

馬場:デザイン・シンキングの専門家といった右脳の人もいれば、マッキンゼーやBCG(ボストン コンサルティング グループ)でパートナーだったような左脳の人もいる。複数のスタートアップを起業してCEOだったような人間もいます。

元コンサルタントの人たちは誰がどう見ても頭が良さそうなのですが、そういう東海岸の超エリートはイノベーティブな思考回路はそれほど得意ではないことが多い。

そういう人たちと、シリコンバレーのニュータイプのエリートや、右脳的なデザイナーを組み合わせたチーム、というのが今いる部署です。

新しい発想が次々に出る集団

たとえば元マッキンゼーで石油を担当していた同僚は、業界の王道のやり方にとても詳しい。一方でデザイン・シンカーにその話を振ると、ドローンをどーんと飛ばして地表分析したり海底に潜らせて画像処理をしたらいいのではと提案する。

すると横から「そのサイクルタイムが5倍短くなることが証明できれば少なくても7.5ビリオンドルの効果が創出できる」とすぐに計算結果を出す。一緒に座っているデザイナーから当日には手書きのデッサン、数日後にはCEOに見せるムービーができあがる。ものすごくエキサイティングな集団ですよ。

元コンサルもたじたじ

──学歴とか関係なく、デザイナーが融合されていると。

もちろん対等ですね。対等どころか一番活躍しているのは、25歳の女性のグラフィックデザイナーです。彼女のような人間にかかると、元マッキンゼーや元BCGの人間がボロクソに言われてしまう。「頭が固いわね」と。

議論した内容はデザイナーがすぐにストーリーボードに(写真:馬場渉)

議論した内容はデザイナーがすぐにストーリーボードに(写真:馬場渉)

──そういう中で馬場さんの役割は?

まず自分の立ち位置を探すところから始まりました。かぶっちゃいけないし、特徴がなければ使えない。いまだに「これっ」ていうのがあるわけではないんですが、時間を追うごとに溶け込むことができた。

再び大リーグのキャンプにたとえれば、最初は日本から練習生が来ましたねという雰囲気で、「勉強になるよ」とか「いい経験になるよ」と声をかけられた。世界の中枢でやっている自負があるのだと思います。

でもね、やっぱり球を投げたり、バットを振ったりするとわかるんですよ。2、3日で周囲の見る目が変わっていった。

思考や価値観のバイリンガル

自分の「立ち位置」を自分なりに解釈すると、多様な感覚を持っていることだと思います。

伝統的なエスタブリッシュとスタートアップ文化、地域で言ったら東海岸の思考パターンと、シリコンバレーの思考パターンと、ドイツが考えるエンジニアリングカルチャーと、日本と。それぞれが何を重視し、何が苦手かがわかる。

年代で言っても、年配の世代と、ミレニアル世代の考えの両方。MBA的なビジネスのイロハと、デザイン・シンキング的なイロハの両方、僕にとっては英語よりパワフルなある種のバイリンガルです。

日本で育つ強み

それに加えて、過去にすべてのインダストリーを満遍なくやっていた人間は社内には意外に少ない。

幸い僕はコンパクトな日本経済とSAPジャパンという組織ですべてのインダストリーと、すべての業務部門を経験しました。

セールス&マーケティング、調達、人事、サプライチェーン、その全域をそれぞれ担当しました。アプリケーションからアナリティクス、プラットフォーム、ソフトウェアオンプレミスやクラウド事業まで。

いろんな事業や買収を担当すると、物の見方が変わります。一方、今の同僚は、クラウドだけ、小売業界だけ、北米だけ、といった人が多い。

馬場渉(ばば・わたる)38歳。SAPのChief Innovation Officer。大学時代は数学を専攻。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到。サッカーにとどまらず、バレーボール、野球、ブラインドサッカーなど、多くのチームの強化に携わるようになった。今秋、SAP本社から声がかかり、10月1日付でアメリカへ。フィラデルフィアに住み、車でニュータウンスクエアにある本社に通っている(写真:編集部)

馬場渉(ばば・わたる)
38歳。SAPのChief Innovation Officer。大学時代は数学を専攻。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到。サッカーにとどまらず、バレーボール、野球、ブラインドサッカーなど、多くのチームの強化に携わるようになった。今秋、SAP本社から声がかかり、10月1日付でアメリカへ。フィラデルフィアに住み、車でニュータウンスクエアにある本社に通っている(写真:編集部)

タレントの化学反応を理解する力

──スペシャリストが多いわけですね。

彼らのほうが言語的なグローバルという点では圧倒的に長けているんですが、思考のダイバーシティという点では偏っている。こちらのほうが価値観が柔軟だし、組み合わせられる。

そういう意味で僕のボスの「デジタル・トランスフォーメーション・オフィサー」は、まさにそういう柔軟な思考の持ち主。チームの多様な人間を状況ごとに組み合わせて『ミッション:インポッシブル』を実行する。

同じことができると言うと言い過ぎですけど、自分は日本で同じことをやってきました。世界に来ても変わらない。タレントの用法を正しく理解して、正しい組み合わせにしたらパワーが出るということを把握する能力。それがアメリカに来ても機能しているかなと。

柔軟な考え方をできる人材の価値

──スペシャリストであるほど、全体を見るのは難しい。そこに強みがあるわけですね。

SAPジャパンに15年いた経験が大きかった。コンパクトでいながら小さ過ぎず、基本的にすべてのファンクションがある。

同じアジアでも韓国だと事業が小さく、自前の機能を全領域には持てない。オーストラリアは英語圏で全部持つ必要もなかった。日本の場合、言語や文化の壁もあって、日本法人の中に全部機能があった。そうするとグローバルSAPのミニ版みたいなものが日本にあるわけです。それはそれで変えていかなきゃならないんですがね。

またアメリカぐらいデカイと、これもやってあれもやってという人間は育ちづらい。国土も広いしデトロイト、ワシントンDC、シリコンバレーなど地域ごとに産業もある。専門性を育てるカルチャーです。

またドイツやフランスにいると、ヨーロッパの地域でリソースを融通し合うので、自前ですべての機能を持つ必要がない。本拠地ドイツはもちろん、スイス、フランス、デンマーク、イタリア……と専門家はいろんなところに住んでいて何カ国語も操る。アメリカ国内の移動なんかに比べてアクセスはどの国も近い。

1人の人間があれもこれも経験して、全体を俯瞰できて、左脳も右脳も鍛えましたとはなりづらい環境です。

スペシャリストが育っている組織の中で、柔軟な考え方をできる人間がチームをまとめれば、パワフルだと思いますね。

*第3回は12月10日(木)夕方に掲載予定です。

インタビュー目次
第1回:勝てる非常識のつくり方。インダストリー・スワッピングの思考法
第2回:コンサルとデザイナーが融合。東海岸×西海岸の組織づくり
第3回:デジタル時代に大企業が勝つ仕組みをつくる
第4回:日米の経営者の違いは「デジタル変革への危機感」