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スマホは民主化をも推し進める?

ネット社会到来後、初のミャンマー総選挙

2015/12/6

2015年11月8日。この日ミャンマーは、歴史的な総選挙を終えた。

投票締め切り後から、アウン・サン・スー・チー党首率いる国民民主連盟(NLD)本部前には市民がぽつぽつと集まり始め、日が暮れる頃には大群衆に膨れ上がった。

党のイメージソングを合唱する集団の中にはライト機能をオンにしたスマートフォンを掲げる者も多く、まるでコンサート会場のよう。

頭上のワイドスクリーンがキラキラと輝く無数の光を映しだすと、人々の歓喜は最高潮に。今回の選挙でスマホが果たした役割を象徴する光景だ。

スマホの輝きを映す、NLD本部前のワイドスクリーン

スマホの輝きを映す、NLD本部前のワイドスクリーン(写真:著者提供)

欧米の経済制裁が長く続いたミャンマーでは、長らく携帯電話はおろか、固定電話さえ所有したことのある人はまれで、カメラやビデオといった映像機器やコンピュータも普及してこなかった。

国際電気通信連合の発表によると、2010年の固定と携帯を合せたミャンマーの電話加入率はたった2%。それが、2011年に新政権が発足し、民政移管を進めると、政府は2016年までに携帯電話普及率を80%にまで引き上げる目標を掲げた。

2014年に外資系携帯キャリアが認可され、時を同じくして、安価なスマホが中国などから流入すると状況は一変。この11月にミャンマー政府が発表した携帯電話普及率は64%に達していた。

その多くがスマホユーザーだ。つまり多くの市民が電話にとどまらず、モバイルインターネットにカメラ、ビデオまでを一気に手にしたことになる。

こうして生まれたスマホ社会が、選挙で現政権側を窮地に陥れることになろうとは、彼らも想像していなかったのではないだろうか。

選挙運動でフェイスブックが威力を発揮

ミャンマーが民主的な総選挙を開催するのは実に25年ぶりだ。9月8日からの選挙運動は、各党とも手探り状態で始まった。

集会所を早めに押さえ、宣伝を徹底させる日本の選挙活動とは異なり、ミャンマーでは演説会の詳細が決まるのは早くて前日、下手をすると当日になる。

そこで活躍したのがフェイスブックだ。NLD集会の参加者に開催情報をどこで知ったのかと尋ねると、たいていフェイスブックという答えが返ってきた。候補者の演説時は、支持者がスマホで動画を録画し、ネットにアップする姿も目立った。

候補者演説を録画するNLD支持者

候補者演説を録画するNLD支持者(写真:著者提供)

テレビは国営か、政府関連の資本が入った局が多く、内容はあきらかに政権寄りだ。

新聞はNLDを支持する媒体もあるが、与党、連邦団結発展党(USDP)の失態や現役大臣の失言を、真偽のほどが怪しい話も含めてフェイスブックは次々と流し、現政権に嫌気が差している人々に格好の話の種を提供。選挙を盛り上げるのに大きな役割を果たした。

しかし、何よりスマホが威力を発揮したのは投票後だ。

スマホを手にした市民が選挙を監視

選挙では、各選挙区をさらに細かく区切ったエリアごとに投票所を設け、午前6時から午後4時まで投票を受け付けた。

締め切り後はそのまま同じ場所で開票。投票用紙を一つひとつ開いて投票された党名を監視員全員で確認し、党ごとの票数をホワイトボードにマス目(日本の「正」の字にあたる記号)を書いて集計していく。

その様子が窓などから垣間見えるところも多く、たくさんの人たちが鈴なりになってのぞく投票所も。中の様子を撮影しようとすると警備員に止められるが、各地の状況は次々とフェイスブックにアップされていった。

最後に不在者投票分を足し、総計数を入口に貼り出すが、こちらは撮影OK。各投票所における各党の得票数を撮影した写真も多く出回った。

新聞やメディアは全投票所の結果を集計し、選挙区ごとに票数を発表するが、フェイスブックユーザーたちはこの結果を多様な角度から分析。不在者票の与党支持率が当日の投票結果に比べ多すぎるなど、不審な点を見つけるたびに大騒ぎになる状況が、選挙後しばらく続いた。

貼りだされた得票結果に見入る人びと

貼り出された得票結果に見入る人々(写真:著者提供)

ほかにも、選挙中や開票時にさまざまな情報がフェイスブックを飛び交った。時には写真も添えられた。

「投票所にトラックで乗りつけた100人近い有権者の集団が、その地域の住人ではなかった」「運び込まれた不在者投票の束がまるで新品のよう。封筒に入ってもおらず、折り目もない」「本来、封印されているはずの投票箱を開けている選挙監視委員を見た」「投票所に掲示された得票数に、修正ペンを使った跡がある」などなど。

眉唾ものの情報も少なくないだろう。しかし、ミャンマーがスマホ社会になって初めて迎えた今回の選挙は、スマホを手にした無数の「選挙監視ボランティア」に見守られながら進んだと言える。

まさに、スマホがミャンマーの民主化に及ぼした影響が少なくないことを実感した選挙だった。

アウンサンスーチー党首の演説も多くの人が録画

アウン・サン・スー・チー党首の演説も多くの人が録画(写真:著者提供)

(執筆:板坂真季、編集:岡 徳之)