スポーツイベントは国家戦略が不可欠。東京五輪は開催理念が不明
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はい、またまた著者です。 次回は番外の更に番外、本当の最終回です。脱線も次回で終わり!(学生時代に何度も読み返した岸田秀の「ものぐさ精神分析」は続・続々・続続々と続き、最後は「出がらし」だったけど、オモシロかったなあ。デズモンド・モリスの「裸のサル」と並んで、若い時に人生観を変えた本だった。)このコラムに結論めいたモノを求めている人がいるようだけど、不正解。御期待には沿えないし、沿うつもりもありません。「支離滅裂」「冗長」のご指摘は、半分正解。「スポーツと政治」という多少大仰なテーマでの原稿依頼を受け翌々日、「こんな感じで良ければ」と初回の原稿を送った。すると編集のK氏から「まるで広瀬教授の講義を受けているようで,次回が待ち遠しい感じです」とおだてられつつ、OK が出た。じゃあ、受けますよ。そこで、「6回の紙上講義」が始まった。番外編の3回は、講義をしだしたら止まらなくなった。私は大学や大学院で、こういう講義をしている。つまり、この原稿全体は、ナレッジの供与が主目的。(実際、私はかなり特殊な経験をしているので、皆さんがご存知ない事実を多く知っている。それを提供しているつもりなんだけどなあ。)講義だから時々脱線するし、自分の主張よりも参考になる事実をナレッジとして書いたつもり。そこから「どんな結論を導きだすか?」は、講義を聞いた各自の問題。(学生には、常に「解釈を他人に委ねるな。自分で考えろ!」と言って来た。)ここでの結論は価値観と密接な関係にあるので、正解は価値観の数だけある。自分のアタマで考えない者は、間違いなく不正解だから赤点。ただし、現象のみに捕われることなく、歴史的なコンテクストで事実を把握することが不可欠ではある。
注目のコメント
本当に今メジャーになっている競技の歴史を紐解くと、だいたい政治的な理由でメジャーになっている部分が大きい。
政治力はスポーツを良くも悪くもしてしまうとても強力な力であるということを、当事者は意識しないとですね。全く共感できません。
これでは、スポーツもサミットも何でも同じです。
政治がスポーツに大きな力を持っているし、来たことはなんら否定しませんが、
もう、世界は、そんなスポーツから脱するべきです。
そうならないから、いつまでもロシアのドーピングみたいな話が出ます。
国は、環境整備に金を適切に出す、だけにとどまってほしい。
別にそれで、日本のメダルが減ったって、なんてことはない。