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10年後、「銀行」はどんな存在になっているか【前編】

みずほ銀行の10年後を見据えたら、ワトソンが必要だった

2015/11/30
日本のメガバンクとして、コールセンターにいち早くIBM Watson(ワトソン)を導入したみずほ銀行。さらには窓口に人型ロボットPepperを設置して接客に活用するなど、銀行業務に先進テクノロジーを積極的に取り入れようとしている。その背景と展望について、みずほファイナンシャルグループ“インキュベーションプロジェクトチーム”の金子慎太郎、井原理博両氏に聞いた。

「10年後の銀行サービスに求められる技術」を探して

──みずほ銀行では、2014年11月にコールセンターへのワトソン導入を発表し、話題となりました。そこから約1年が経過しましたが、改めて導入の経緯を教えてください。

金子:2013年4月に、みずほフィナンシャルグルーブは、3カ年の中期経営計画をスタートさせたのですが、この中期経営計画に基づき4つのプロジェクトチーム(以下PT)が立ち上がりました。その1つが「次世代リテールPT」です。主にリテール、すなわち個人向けのサービスの将来像について考えるために、みずほ銀行だけではなく、グループ各社から若手を中心に30人ほどが集められました。

近年はさまざまなテクノロジーやビジネスモデルが次々と登場して来ており、環境の変化も非常に速いと認識しています。こうした状況を踏まえ、このPTでは、10年後にはどのような世界が来るのか、そこでは何が必要なのかということを、現在も毎週集まって議論しています。

PTの発足から1年が過ぎたところで、新たなサービスや商品を生み出し、スピード感を持ってイノベーションを実現していくためには、専担の組織が必要だということとなり、2014年4月に「インキュベーション室」が立ち上がりました。立ち上げ時のメンバーは、私と井原のふたり。

この時点では、われわれは具体的なビジネスにつながるようなアイデアを何も持っていない、まっさらな状態でした。そこで金融だけではなく、流通や小売り、物流、ITベンダー、スタートアップなど、さまざまな企業に話を聞きに行きました。結局200社ほど訪問し、新たな技術やアイデアに関するヒアリングを重ね、一緒に何かできないかといった観点でディスカッションを繰り返しました。

──かなり地道に足で情報を集めたんですね。

銀行のなかだけで考えていても、机上の空論になってしまうし、外に出て行かないと発想もアイデアも出てきませんから。こうして集めた情報のなかから、有望と思えるテーマが10個ほど出てきました。そのなかに人工知能というテーマがありました。

金子慎太郎(かねこ・しんたろう)株式会社みずほフィナンシャルグループ インキュベーションプロジェクトチーム 参事役

金子慎太郎(かねこ・しんたろう)株式会社みずほフィナンシャルグループ インキュベーションプロジェクトチーム 参事役

ワトソンはスモールスタートで、とにかく早く始めた

──ワトソンというテクノロジーがあることは、以前からご存じだったんですか?

金子:知ってはいましたが、「クイズで人間に勝てるなんて、すごい技術だな」というくらいの認識でした。当時は音声認識技術に着目しており、これが発展すれば、10年後には音声のみで取引指示や本人認証が可能となり、銀行取引が完結できるような世界が来るのではないかという話をしていました。

そんな折に、IBMさんとディスカッションしていくなかで、「ワトソン」と「音声認識技術」の2つを組み合わせれば、われわれのコールセンター業務で使えそうだというアイデアが出てきました。

ワトソンは単なるキーワード検索ではなく、質問の文章全体を分析した上で、「確からしさ」という指標にもとづいて適切な答えを探し出すことができます。これを応用すれば、さまざまなお客さまからのお問い合わせに対して、的確かつスピーディーに回答することができるのではないかと考えたのです。

ただ、ワトソンだけを導入した場合、コールセンターのオペレーターがキーボードで会話内容を入力しなければならないため、導入効果も限定的と言わざるを得ません。

そこで、音声認識技術を組み合わせて、自動的にオペレーターやお客さまの声がテキスト化され、それをワトソンが認識して答えを返し、オペレーターが回答候補から選択してお客さまにお答えするしくみを考えました。それが2014年の夏ごろで、11月にはIBMさんとの契約に至りました。

実際にコールセンターにワトソンを導入したのは、2015年の2月です。とにかく早く導入して、実際に使いながらチューニングしていこうと考え、契約から3カ月程度で導入に至ることができました。

まずは2席のみのスモールスタートで始めましたが、すぐに10席に拡大し、この11月には225席にまで拡大することになりました。ワトソンに関しては、良い結果を出すことができたと考えています。

井原理博(いはら・ただひろ)株式会社みずほフィナンシャルグループ インキュベーションプロジェクトチーム

井原理博(いはら・ただひろ)株式会社みずほフィナンシャルグループ インキュベーションプロジェクトチーム

ワトソン導入の成果を計測した指標は5つ

──ワトソンは最初からかなり優秀だったんでしょうか。

井原:ワトソン自体はIBMさんのクラウド「SoftLayer」上で動いていて、コールセンターの端末とはネットワークを経由してつながっています。お客さまの声を音声ファイルでクラウドに送る必要があるため、最初はレスポンスが遅く、使い物になりませんでした。

そこから試行錯誤でチューニングを加え、現在は数秒程度でワトソンから答えが返ってくるようになりました。数秒であればお客様とオペレーターとの受け答えのなかで吸収できる程度の時間なので、ワトソンの返答を待ってお客様をお待たせすることはありません。

また、コールセンターにはさまざまなお問い合わせを頂くため、表示する内容や表示方法などは、オペレーターに意見を聞いて何度も調整を繰り返しました。

──ワトソン導入の成果を判断するうえで、どんな指標を設定されていたんでしょうか。

指標は5つありました。1つめの指標は、音声認識の精度です。当初は80%を目標にしていました。ワトソンは主要なキーワードがわかれば適切な答えを探せるので、100%である必要はないのです。これはチューニングの結果、ほぼ90%まで向上しました。

2つ目の指標は、お客さまの質問に対して適切な答えをオペレーターに提示できているかという、回答候補の提示精度です。回答候補の5番目以内に表示できればOKとしました。これも80%を目標にしていましたが、90%弱くらいの精度にまで向上しました。

3つ目の指標は、当行のWEBサイトに掲載しているFAQの改善です。コールセンターにお問い合わせを頂くお客さまの多くは、WEBサイトで必要な情報を見つけられない方ですので、コールセンターに多く寄せられた質問をWEBサイトのFAQに反映することで、お客さまの利便性を改善することができます。

お客さまの質問内容がテキストとして残るので、データとして活用することが可能となります。ワトソンを通じて得られた情報を活用することで、WEBサイトの内容はさらに改善することができると考えています。

4つ目の指標は、使い勝手。すなわち、オペレーターによるワトソンに対する定性的な評価で、これがもっとも重要であると考えています。われわれにとっては、オペレーターはお客さまですから。結果として、オペレーターからは想定していた以上の評価を得ることができました。

5つ目の指標は、オペレーターの電話1件あたりの時間の短縮です。従来の約9分から、1分減らすことを目標としました。オペレーターの電話1件あたりの時間が短縮することは、お客さまがコールセンターに電話をする際のつながりやすさの改善に直結します。

時間短縮は、目標としていた1分には若干届きませんでしたが、これはオペレーターのワトソンの操作に対する慣れという要素も大きい。使い始めた当初はどうしても時間が掛かりますが、2~3カ月も使うと慣れて来て時間の短縮効果が出てきます。

いずれは基幹系システムにも人工知能が入ってくる

──ベンチャーのように走りながら考え、どんどん改善していったんですね。

金子:当行の場合は、11月の発表から3カ月ほどでシステムを構築したので、導入最初はチューニングがほとんどできておらず、回答候補の精度は5~6割程度でした。したがって、オペレーターに教育してもらったようなものです。

やはりワトソンのチューニングには数カ月は必要ですね。場合によっては、それでも足りないかもしれません。

──コールセンターではワトソン導入が成功しましたが、それ以外の業務へ応用する可能性は見えてきましたか。

井原:いろいろなところで活用できるのではないかと思っています。コールセンターで蓄積してきた知識やノウハウを生かして、最終的にはコールセンターを自動化するということも可能となるかもしれません。また、当行WEBサイト上でのチャットによるお客さまとのやりとりについても、将来的にはワトソンで自動化できるかもしれない、と考えています。

また、みずほ銀行はソフトバンクさんの人型ロボットPepperを店舗に導入していますが、Pepperをワトソンと連携させて、銀行の窓口業務をPepperだけで完結させるといったことも可能になるかもしれません。

金子:ワトソンは、オンラインとオフライン、両方でのお客さまとのインターフェースを担っていけるはずです。銀行のインターフェースはあらゆる場所にあります。支店の窓口、ATM、ロボット、そしてお客さまのPCやモバイルなど。これらをワトソンと連携させることで、お客さまの利便性が向上するとともに、当行としても業務をより効率的に行えるようになるかもしれません。

銀行のサービスには、人工知能が活躍できる領域がたくさんあります。現状では、人工知能の利用は限定的ですが、基幹系システムの周辺に人工知能が組み込まれる日が来るのも、それほど遠い話ではないと思います。

(執筆:青山祐輔、編集:呉 琢磨、撮影:オカムラダイスケ)

※後編は明日掲載予定です。