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最新のPISA調査において、日本は「数学的リテラシー」「読解力」「科学的リテラシー」のすべてでフィンランドを上回っており、これに危機感を覚えたフィンランドは、アジア型の詰め込み教育も視野に入れた方向転換を検討している。

大前氏はこの事実をご存知であえて触れなかったのだろうか。だとしたら、不誠実な文章に感じるが…。

ちなみに、私も日本の教育に「考える」要素が大いに欠けていると感じており、大前氏の論旨には賛同である。
確かに。PISAの最新(2012)の調査では、乙武さんの御指摘の通り、数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーの3つの分野全てで、日本がフィンランドを上回っている。↓

http://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/pisa2012_result_outline.pdf

日本の順位も上がっている。数学的リテラシー(7位)、読解力(4位)、科学的リテラシー(4位)。日本を2つ以上で上回っているのは、上海、香港、シンガポールの3つの都市のみで。国家レベルでは、1位だ。

PISAの範囲では、日本の教育は、悪く無いのでは?

僕は、「考える」教育よりも、「議論する」教育と言う言葉を使った方が適切だと思う。日本の教育は十分に考えさせている。ただし、議論したり、発表したりするのが、得意ではない。そこを向上させたら、かなり良くなると思う。
「教える教育」v.s.「考える教育」と分かりやすく、対立概念でまとめられている。ただ、実際に子供を毎日みていると、考える教育には、ある程度の基礎知識と考える耐久力が必要だと感じる。

我が家の感覚だと、男の子だと小学生5年生くらいまでは、考える質問をすると、「う~ん・・・・・?」という感じ。でも、6年生とか中学生になると、突然「そもそも前提が違うんじゃない?」というような議論が出来るようになる。

この議論をすると、アジア型詰め込みがダメで、北欧型考える方式がよいと言われるが、子供の成熟度合に応じ、組み合わせるスタイルがよいのではないかと思う。これは、子供の反応をデータ化すれば、結構簡単にAdaptive learning型コースに出来ると思う。

後は、子供の成長は、どれだけ大人が手を掛けて、学ぶコツを習慣化してあげるかが大事。子供の中で、自発的に面白いと思うタネが見つかれば、自走し始めるが、そこに至るまでは、大人の手が必要。ここが成長格差につながる。
弊社の人事部も、「考動」と称して社員に深く考え、その考えに沿って行動を起こすことを徹底している。偏差値教育で育った日本人は、正解の無いビジネスの世界に入ると戸惑ってしまう。古びて価値の無くなったルールにしがみつき、変えようとしないのも深く考えずに今あるルールでより良く一生懸命頑張ろうとする。結果、欧米人の二倍働いても、大した結果が出てこない。高い偏差値の学生の採用数と企業業績に相関関係が無いことも明らかだ。教育論にも正解は無いが、日本人の教育も多角化が不可欠。より「考える」教育を初等教育から導入すべきだ。
個人的には詰め込めるときに詰め込んでしまった方がいいと思ってます。僕自身、大学に残っていて、それまでに学んだことが直接活かせる現場にいるからかもしれません。

一方で、考える教育も大事なのは当然で、それは周囲の環境でうまく子どもの「なぜ?」を拾ってあげるのが大事かなぁと。
うちの息子は名前に「深く考える」という意味の文字を使っています。それをことあるごとに伝えているので、なぜ?なぜ?を頻繁に投げてくるようになりました。今朝の疑問は「食パンに細かい穴が空いてるのはなぜ?」まぁ、この朝のタイミングは大抵、そんなこといいから早く食え!となりがちなのですが、こういうのを丁寧に拾っていくのが大事かなぁと。
知識が先か、考え方が先か、という議論は常にありますが、高度な議論をするためには前提知識の習得も欠かせない。マイケル・サンデル教授の授業は日本でも非常に人気でしたが、アメリカ式のディスカッションは必ずしも議論のレベルが高いわけではない(もちろんレベルの高いものも多くある)。
うまく「知識」を「考える」につなげる方法があるとよいけれども。
みなさんがコメントしていらっしゃるとおり、知識がなければ考えられません。幼少期はスポンジのように知識を吸収しますから、「詰め込み」という言葉はそぐわないと思います。
司法試験も、知識重視であるということから司法試験改革が行われましたが、知識がなければ応用できるわけがありません。
問題は、基本的知識を応用する段階で、その応用の仕方までまるまる覚えようとすること。
考える教育の方が記憶の定着には効くかもしれない。ただものすごい手間がかかるし、効率も悪い。
アジアは欧米からの遅れを取り戻すことが教育の根底にある。だから、記憶の定着方法としては非効率だが、どんどん先に進む詰め込みを取り入れざるを得ない。
問題は追いついた国々がどうするか?
「考える」教育においてはティーチングからファシリテーションへの転換が必要という点は、その通りだと思います。ただ、これがとても難しい。

私自身、専門について講演してほしいという依頼よりもファシリテーターをしてほしいと言われた時の方が圧倒的に準備時間がかかります。その分野全体の知識と相手から意見を引き出す技術の両方が必要とされるからです。とはいえ難しくとも、進むべき方向としてはそうあるべきだと思います。

なお大前さんはPISAの2009年と比較していますが、2012年は数学リテラシー7位、読解力4位、科学的リテラシー4位と少し順位が戻ってきています。
http://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/pisa2012_result_outline.pdf
べき論は分かるし、教育要綱も考える教育にシフトする方向で刷新されているし、国としては舵を切り始めている。
でも問題は、教員がファシリテーターとして機能するための実践教育の時間と場が圧倒的に足りないことと、親世代の20世紀型思考がまだ根強いこと。
教育学部の教授陣や、教育大学付属学校の先生たちと話していると、現場のジレンマ、危機感を感じます。もうそろそろ、Howの具体策の話、なぜなかなかそうはならないのかの本質の話に迫るべき。