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為末大の未来対談 第21回

「好きにやりたい」人を“育てよう”としてはならない

2015/10/29
元陸上プロ選手の為末大氏が、さまざまな分野の第一人者と対談し、5年後から10年後の世界がどうなっているかを聞いている。今回、対談する東京大学先端科学技術研究センター教授の中邑賢龍氏は、為末氏自身も参加している「異才発掘プロジェクト ROCKET」のディレクター。ROCKETは、突出した能力があるものの現状の教育環境に馴染めず、不登校傾向にある小・中学生たちに、学び、生きる場を提供する東大先端研と日本財団が進めるプログラムだ。2014年の開始以来、将来の日本にイノベーションを起こし得る異才を育む教育として、注目を集めている。「トップランナー」と称される、大人の“先生役”も、為末氏のほか、ロボット開発者の高橋智隆氏や、実業家の堀江貴文氏など、異才的人物が多彩だ。
画一的な学校教育とは対極的な異才発掘プロジェクトから、どんな教育の未来像が浮かんでくるだろうか。第2回は「好きにやりたい子たち」に「余白」を与えることの重要性について。

「やっちゃだめ」とは言われなかった

(ROCKETスタッフがお茶受けのお菓子を出す)

中邑:……これ、包まれているお菓子をそのまま出すのが気に入らないな。包みから出したほうが、絵写りはいいよ(スタッフ、包から出したお菓子を再び出す)。

中邑:……うーん。この盛りつけ方ももっと考えたら、面白くなると思うよ。積み木みたいに積んでいって、崩れそうな危うさを出すとかさ。

為末:盛りつけ方……。

中邑:ここの子どもたちに「お菓子の盛り付けで驚かせて」って言うと、1時間でも夢中になって盛り付け方を考えます。そこまで夢中になることが、普通の人にはできないんです。

為末:中邑先生自身は、子どもの頃、どんな感じだったんですか。

中邑:私も変わった子だったみたいです。家族から「横口出す夫」ってあだ名をつけられて。お客さんが来るのが大好きで、親父と一緒に居間に座って、お客さんに横からしゃべりだす。

親父に「あっち行ってなさい」って言われると、ドアの向こうで話を聞いていて、どこかのタイミングでまた居間に入って、横からしゃべってやろうって狙っていたり。

為末:社交的な子?

中邑:というか、変わった子だったんでしょうね。けれども、よかったのは「お前、そんなことやっちゃだめだ」とは言われなかったんです。

そこで否定されていたらすごくつらかっただろうなと思うんです。そいう自分らしいところを否定されない場をつくりたいという思いが今やっていることともつながっているんでしょうね。

ROCKETには教科書も制限時間もない

為末:「好きにやりたい子たち」を認めてあげるということですね。実際、ROCKETで、好きにやりたい子どもたちに、どんな教育をしているのか、改めてお聞きします。

中邑:まず、教科書はありません。安全を確保するために最低限必要なことは教えますが、それだけです。

この前は、「よし、イカ食うぞ」って、イカとハサミを子どもたちに差し出したんです。異才発掘プロジェクトに来る子たちでさえ、「どうやって切るの」って聞くんです。「マニュアルはないのか」って。

「食うんだから、思うように切れ!」って言うと、縦に切る子もいれば、横に切る子もいる。いろんな切り方をして、実際イカを焼いてみると、筋繊維の方向によって、反ったり丸まったり、焼き姿が違ってくるんです。

これを最初から、「イカを焼くから、みんな串に指して」と画一的に教えていたら、なにも変化が起きませんからね。

為末:やり方は最初から教えないで考えさせるということですね。ほかにも大切にしていることはありますか。

中邑:時間制限を設けないことですね。お昼ごはんを午後2時過ぎに食べている子もいます。あの子たちは、一つのことに取り組むと「もう、それしか見えない」という状態になります。それを「はい、ここまで。ご飯の時間だから」としてしまっては、なにも残りません。

時間も気にせずに、好きなことに集中することのできる場は、世の中に必要なのではないか。そういう場から、生まれてくるものもあると思います。

為末:それをやるには、大人の側も大変ですよね。大人の考え方も変わっていかないと、そういう教育にならないわけで。

中邑:そうです。よく「多様性が大切」って言われますけれど、じゃあ「次、誰となにをするかがわからないような仕事ができますか」という話ですよ。多様性を受け入れるってかなり大変なことですよ。自分が変わっていかなければならないから。

為末:「教育を変えなければ」って言っている人ほど実は自分が変わることに抵抗があったりして、それだと微調整はできても根本的な変化は難しいですよね。

中邑:そうですね。特にROCKETでやっているような教育は、大人が覚悟を決めていないとできない取り組みだと思います。

為末大(ためすえ・だい) 1978年広島県生まれ。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2014年10月現在)。2003年、プロに転向。2012年、25年間の現役生生から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(2010年設立)、為末大学(2012年開講)などを通じ、スポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。著書に『諦める力』(プレジデント社)『走る哲学』(扶桑社新書)などがある

為末大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2015年9月現在)。2003年、プロに転向。2012年、25年間の現役生生から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(2010年設立)、為末大学(2012年開講)などを通じ、スポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。著書に『諦める力』(プレジデント社)『走る哲学』(扶桑社新書)などがある

そのときの自分の発想に素直でいる

為末:システマティックに、授業計画通りに進めていく仕組みは、好きにやりたい子どもたちを排除することにもなってしまいますね。

中邑:好き放題にしていいということになると普通の授業が成り立たなくなりますからね。

為末:普通の学校の教室の中では無理かもしれないけれど、そういう人が受容されるような“余白”をどこかにつくることが重要になってくる気がします。

中邑:そうなんです。今の社会では“余白”がなかなか認められていない。

ROCKETに参加してもらっているデザイナーの鈴木康広さんが、「僕は今、大学で教えているけれど、先生って決まった時間に教室に行かなきゃいけないんですね」って言うんです。「当たり前じゃん」と返すと、「それがつらくて。僕、朝起きたら『今日はなにしようかな』って考えて、『これにしよう』って思ってから初めて動き出すもので」って言うんです。「そんな生活を30年以上やってきたの?」って聞くと「はい」って(笑)。

為末:アスリートの世界でも、個人競技の人には似たところがある気がします。もちろん、用意された練習プログラムをこなしていくのが好きっていう選手もいるけれど、明日の自分がなにを思うかわからないっていう選手もいる。そっちのほうの選手は“余白”を持っていないとだめなんです。

中邑:鈴木さんと為末さんは、わりと似ているんだ。

為末:気持ちはわかりますね。立てた予定をこなすのでなく、そのときの自分の発想に素直でいるほうが大事っていう気分になるんですよね。

中邑:会社だと「なんで今日、来ないの」って聞かれて、「今日は気が向かないので」って返事するようなものか(笑)。でも、そうやって生きるからこそ、すごい能力を発揮できる人もいるってことだと思います。

為末:大きな社会的価値を生み出す人の多くは、僕の見た感じだと、ドロップアウトしていたり、アウトサイダーだったり、要は“はみ出ている”人たちなんですよね。

そういう人たちって無目的なところでしか育ちづらいんですよ。他人の目的に合わせることができない人たちだから。そういう人たちにどう“余白”をつくるかっていうのは、教育の大きな課題だという気がします。

中邑:異能は“育てる”のでなく、“潰さない”ことが重要なんですよね。

為末:“潰さない”。

中邑:教育っていうと「育てよう」となる。でも、育てようとすればするほど潰してしまうんです。

為末:「育てる」っていう意図が、そこに入っちゃいますもんね。

 中邑賢龍(なかむら・けんりゅう) 東京大学先端科学技術研究センター教授。異才発掘プロジェクト「ROCKET(Room Of Children with Kokorozashi and Extraordinary Talents)」ディレクター。1956年山口県生まれ。広島大大学院教育学研究科博士課程退学。1984年、香川大学教育学部助手。 1986年、香川大学教育学部講師。1987年、香川大学教育学部助教授。1992年、米国カンザス大学・ウィスコンシン大客員研究員。1995年、英国ダンディー大学客員研究員 を経て、2005年より東京大学先端科学技術研究センターへ。特任教授を経て2008年から現職


中邑賢龍(なかむら・けんりゅう)
東京大学先端科学技術研究センター教授。異才発掘プロジェクト「ROCKET(Room Of Children with Kokorozashi and Extraordinary Talents)」ディレクター。1956年山口県生まれ。広島大大学院教育学研究科博士課程退学。1984年香川大学教育学部助手。 1986年香川大学教育学部講師。1987年香川大学教育学部助教授。1992年米国カンザス大学・ウィスコンシン大客員研究員。1995年英国ダンディー大学客員研究員を経て、2005年より東京大学先端科学技術研究センターへ。特任教授を経て2008年から現職

不良少年と1年以上、ついに「そろそろ勉強」と言った

中邑:昔、私は、恩師から言われて中学2年生の不良少年の面倒を見たことがあるんです。ブドウの房みたいな髪型に、ラメ入りのサンダル履きで、がに股で歩いているような子でした。

為末:へぇ。

中邑:「お前、人の話ぐらいちゃんと聞けよ」って言ったら「うるせえな!」ってけんかになる。しょうがないから「俺に1回だけ付き合え。お前の好きなゲーム好きなだけしていいし、食べ物も好きなだけ食べていい」って言ったんです。で、一緒にゲームしたり飲み食いしたりして過ごしたんですよ。そしたら「面白かった!」って。

そこで、「じゃあな」って言うと、「先生、来週も来てやってもいいぜ」って(笑)。そうやって彼と1年ぐらい遊びまわったんですね。すると3年生の2学期に、「先生よぉ、そろそろ勉強したほうがいいんじゃねぇの」って。

為末:少年のほうが言い出したんだ!

中邑:これには「お前、本気(マジ)か!」って驚いたけれど、「本気(マジ)に決まってるじゃん。俺だって高校行きてぇし」って。

為末:そういう話を聞くと、やっぱりカギは“待つ”っていうことなんですかね。なかなか社会の側が待てないんでしょうけれど。

(構成:漆原次郎、撮影:遠藤素子)

*続きは明日掲載します。