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RECRUIT×NewsPicks 求人特集

世界を目指す若手にグローバルなキャリアチャンス

2015/9/30
いつかはグローバルに活躍したい。できれば若いうちに世界を感じたい──。そんな若手ビジネスパーソンが集い、活躍の場を生み出している企業にはどんなキャリアが待っているのか。リクルートとNewsPicksが共同で、グローバルに活躍する2人の若手ビジネスパーソンにフォーカスしつつ、求人の情報も同時に掲載する。

世界一の店長を目指してユニクロへ

「社会人になるときから、世界一の社員、世界一の店長になりたいという希望ははっきりとありました」と話すのは、現在、オーストラリアのメルボルンにあるユニクロで今年4月から総店長を務める土屋潤平(31)だ。

土屋が大学生で就職活動をしていたのは、ちょうどユニクロがニューヨークへ出店し、海外出店を加速し始めた時期だった。

「世界一を目指すには、ファーストリテイリングしかないと、確信を持って入社しました」

とはいえ、入社後しばらくは、自分の仕事と世界展開を進めるユニクロとのギャップを感じた。最初に配属されたのは、栃木にあるロードサイドの店舗。草むしりや掃除もしなければならなかった。「こんなことをするためにここに来たのか」。そんな疑問を感じて苦しんだ時期もあった。

あるとき、上司と話す中で、自己満足になりがちでネガティブになっている自分に気づいた。店舗には品出し、レジ打ち、フィッティングルームとさまざまな仕事がある。

まずは基本的な業務をトップレベルでこなせてこそ、リーダーとしてマネジメントが発揮できる。上司や周りのスタッフが評価してくれないと意味がない。このことを気づかせてくれた上司には今でも感謝している。

それからは、自分が努力すればその分、周りも評価してくれるようになり、リーダーシップを発揮したり、人材の採用や育成にも関われるようになった。2年後には店長に昇進。店長には、売り上げや利益の管理、顧客満足、マーケティングの視点など、「経営者」としてのスキルも求められることになる。

店長は半年に一度、全店長が集まる店長コンベンションに出席する。ここでは、入社式でしか会ったことがない社長の柳井正ら役員から直接話を聞くことができる。一度は忘れかけていた「世界」が近づいてきた。この頃から、人事へ提出するキャリア希望欄には「海外へ行きたい」とはっきりと書くようになった。

土屋は2年半で、店長から複数店舗を束ねるエリアマネージャーへと昇進。さらにマネジメント力が問われる立場でもある。もう少し国内でエリアマネージャーをするのかなと思っていた27歳のとき、香港赴任の内示が出た。

「始めは冗談かと思いました。驚いたけど、その場で『行きます』と即答しました」

香港でもメルボルンでも求められる経営者マインド

子どもの頃に住んだことがあり香港に親しみはあったが、簡単な仕事ではないことは覚悟していた。香港はファーストリテイリングの海外事業の中で最も高収益な地域だ。その香港で複数店舗を束ねるエリアマネージャーの職だ。

「日本では当たり前だった『あうんの呼吸』が通じない。自分の中途半端な英語で、従業員と成長課題などを話さないといけない。コミュニケーションに一番苦労しました」と、土屋。

たとえば、改善すべきポイントをリストアップして店長に示す。日本ならそれで通じるのに、香港では、「この人は悪いところしか言わない」と逆に店長やスタッフからフィードバックされてしまう始末。

まずはポジティブな評価から口にする必要性を土屋は学んだ。そして、一緒に仕事をする仲間として信頼関係を結ぶ必要があった。日本よりも組織がコンパクトなので、現場と本部の距離が近いのもメリットだ。

土屋が香港に赴任して3年。この間にユニクロの店舗数は16から25まで拡大した。土屋はその成長を支えたキーパーソンの一人。日本で培ったマネジメント力や人材育成力が香港でも開花した証左だ。そんな土屋の手腕が評価され、またも突然、オーストラリア・メルボルンへの赴任が決まった。

「オーストラリアは香港とは違った難しさがあります」と言う土屋。その理由は、言葉の壁と文化の違いだ。香港人にとって英語は第2外国語だが、オーストラリア人にとっては母国語。コミュニケーションは香港よりも圧倒的に難しい。

オーストラリア人はワークライフバランスを非常に重視する人たち。その中で、どうやってユニクロのDNAを落とし込んでいくのか。これが土屋に課されたミッションだ。

「失敗しながらも香港でなんとかやってきました。今度はオーストラリアで同じことを実行するだけです」

土屋は、一つの国に固執するつもりはない。どんな国でも一人の経営者として店舗を経営できてこそ、土屋が目指す「世界一の店長」なのだろう。今日も土屋の挑戦は続く。

ユニクロEMPORIUM MELBOURNE総店長 土屋潤平(撮影:Rina Kakioka Kusters)

ユニクロEMPORIUM MELBOURNE総店長 土屋潤平(撮影:Rina Kakioka Kusters)

世界に向けて発信できる魅力にひかれて日産自動車へ

グローバルなキャリアは、海外へ赴任しなければできないわけではない。日本を拠点にしながらもグローバルな仕事はできる。まさに日産自動車グローバル本社はそんな職場を体現している。

グローバルな情報発信に関わってみたい。そんな思いで総合電機メーカーから転職したのが、日産自動車グローバルコミュニケーション本部グローバル商品広報部の百瀬梓(27)だ。前職では、鉄道車両の電気品の営業を担当していた。顧客はほとんどが海外だったので、当時からグローバルな営業職だった。

百瀬の日産への転職は、クリエイティブな仕事をしたいという希望ゆえだ。車種ごとに全社として地域横断的にどんなメッセージを発信すべきかを担うのがグローバルコミュニケーション本部の役割だ。本社にしか集まらない情報もたくさんありながら、世界中の情報発信のハブになれる。

百瀬のチームメンバーの半分はロンドンに在籍する。週に何度もテレビ会議をし、直接顔を合わせたほうがいい場合には海外出張をする。

「眠っている間に起こることをカバーするのは物理的に無理。ロンドンのメンバーがその時間もカバーしてくれるので、チームで働いている感覚は強いです」

日産自動車グローバルコミュニケーション本部グローバル商品広報部 百瀬梓(撮影:北山宏一)

日産自動車グローバルコミュニケーション本部グローバル商品広報部 百瀬梓(撮影:北山宏一)

今年3月には、スイス・ジュネーブで開催されたモーターショーも経験した。モーターショーは自動車メーカーの広報にとって最も華のある舞台だ。

「出張するときには、現地の人が何を考えているのかできるだけたくさん知りたい。現地メディアが何をどういう視点で伝えるのかに注目しています」

広報にいると、日産社内のさまざまな部署と連携することが多い。前職では工場で勤務したこともあり、技術系の人とのやり取りも百瀬は好きだという。幅広い部署がすべて自動車という最終商品につながっていることも百瀬にとっては新鮮だ。

「いろんな部署を経験して、いつかは非技術系として商品企画に関わるような仕事ができればいいなと思っています。グローバルな仕事へのこだわりは実は強くありません。幼稚園から13年間、シンガポールで育ったので英語力は自分の強みで、それを生かせるのがグローバルな仕事だったという感じ。でも、どんな企業で働いても、グローバルにつながらない仕事はないのでは。グローバルは特別なことではないと思っています」

特別なことでないと言い切れるのは、グローバル化が進んでいるのが日産という企業ゆえだろう。

グローバルなキャリアは、もはや特別ではない。すぐそこに、グローバルなキャリアへの扉は開いている。(文中敬称略)