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政治家がつまずくのは、必ず得意の分野だ

安倍政権:「寛容と忍耐の政治」を忘れていないか

2015/9/30
安倍晋三首相の宿願だった集団的自衛権の行使容認を主眼とする安全保障関連法案は、民主党などの反対を抑え、今月19日未明まで続いた参院本会議で、ようやく可決・成立した。国会内の野党の抵抗は織り込み済みだとしても、老若男女を問わず法案に反対する多数の市民が国会周辺に集まり、激しく抗議した中での採決は、法案提出時には想定外だったはず。案の定、採決直後のマスコミ各社の世論調査結果は、安倍には手厳しいものとなっていた。ベテラン永田町ウオッチャーが、安倍政権の今後を読み解く。

安保法成立。傾向が変わらない新聞各紙の世論調査

毎日新聞の調査では、安全保障関連法を「評価している」のは33%にすぎず、「評価しない」は57%にも達している。朝日新聞の調査でも賛成は30%で、反対は51%だった。論調としては法案に賛成していた読売新聞でも「評価する」は31%で、「評価しない」は58%だった。

抑制的賛成論を展開した日本経済新聞でも、法成立を「評価する」のは31%で、「評価しない」は54%に達した。各社とも半数以上が反対、「評価しない」と否定的であることは共通している。

安保法について政府・与党の説明は「十分か、不十分か」の設問では、毎日は「十分だ」は13%に対し「不十分だ」は78%にも達している。朝日でも、同様の設問に対し、「十分にしてきた」は16%で、「十分にしてこなかった」は74%。

読売でも「十分に説明した」は12%で、「そうは思わない」は82%だった。日経も「十分だ」は12%に対し、「不十分だ」は78%だった。いずれも8割前後が不十分と回答している。

反対を許容する多様な民意と、自民1強の上に党内における安倍自身の1強が重なる「ダブル1強」状況との乖離(かいり)が、この調査結果に表れているといえよう。

こうした日本の世論動向の変化=「多様性現象」に海外メディアも注目。デモの先頭に立ってリードする学生団体「SEALDs(シールズ)」を「学生たちが、沈黙破った」(米紙ウォール・ストリート・ジャーナル)、「新世代、首相に対抗」(英紙ガーディアン)と報じた。

声を上げたのは市民ばかりではない。従来、政治的発言には極めて慎重だった人気タレントの多くが、自らのツイッターやテレビ番組の中で、法案への賛否を広言していることも「多様性現象」を一段と鮮明にしている。

安保法制反対で活性化する世論に後押しされるように、「不偏不党」を編集綱領に掲げる新聞だけでなく、テレビも自らの主張を番組ににじませるようになった。

新聞を例にとると、法案に反対する論調だった毎日新聞は、法案成立時の9月19日付の朝刊では「平和国家の転換点」「安倍政権強行重ね」などの見出しを立てていた。朝日新聞も「海外で武力行使に道」「自公、違憲批判を押し切る」が朝刊の見出しだった。

逆に法案に賛成の読売新聞の朝刊見出しは、「防衛政策歴史的転機」「集団的自衛権可能に」だった。日経新聞は「戦後政策の大転換」と伝える一方で、サブ見出しでは「野党、違憲と批判」と、バランスを取った。

「強い政治」の下で失われたチェック機能

各紙の主張がどこも似通っていては、せっかくのメディアの独立性にも疑問符がつけられてしまう。他方、安保法制には土壇場までも反対論が賛成論を大きく上回っていた。

にもかかわらず、一部に出されていた修正論議に安倍は最後まで耳を傾けることなく、衆参両院で強行採決を重ねた。国の基本政策で国論が二分されながらも、国会内の多数派が世論の多数派を押しのけた結果に終わった。

日本人の宗教観は「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)=生きとし生けるものには仏性が宿るとの考え方」に象徴され、キリスト教やイスラム教のような一神教ではない。多様性を是としてきた。

自民、社会両党を軸にした55年体制の崩壊と、2度にわたる政権交代で、国の基本政策での与野党間でのコンセンサスづくりも可能な政治状況も生まれた。民主党の野田佳彦政権時、消費税引き上げと社会保障の一体改革実現に向け、民主、自民、公明3党主導で2012年8月には消費増税法を成立させた。

だが、その後の安倍政権誕生で、コンセンサスを目指す政治状況は希薄となり、安倍が主張する「強い政治」が、主流となった。安保法制の成立で、こうした傾向は一段と強まった。

「強い政治」と同時に、「政治の劣化」も指弾されている。東京オリンピックのメイン会場、新国立競技場建設問題の迷走で、経緯を検証した第三者委員会は、適切な組織整備ができなかったと、下村博文相の責任を指摘する報告書を提出した。続いて起きたエンブレム騒動も失敗の構図は同じだ。

安保法制の法案審議でも、集団的自衛権行使の具体例が不鮮明の上、失言、答弁ミスだけでなく、安倍自身が閣僚席から質問者にやじを飛ばすなど、政府サイドに粗雑な対応が目立った。各マスコミの世論調査結果は、その実態を裏付けている。

自公連立による、安倍政権の支持基盤は国会内勢力図では、依然として安定状況にある。先の自民党総裁選でも、安倍への対立候補は封じられ、出馬断念に追い込まれた。

小選挙区制の衆院への導入を主題とする政治改革で、自民党内の派閥はいずれも衰退した。小泉純一郎政権誕生以後、福田康夫政権、2度にわたる安倍政権と清和会(旧福田赳夫派)系主流体制の確立で、党内でのチェックバランス機能派は大きく後退した。

民主党政権の不評で、「2大政党制の到来で、政権交代可能な緊張感ある政治状況がつくり出される」とした、政治改革で当初描かれた未来図も、大きくゆがみ始めている。

小選挙区制により党営選挙主体となり、公認権を含む執行部の権益は強化された。さらに、組閣、党役員人事でも「官邸主導」が定着し、トップへの従属が強まった。民主党政権時のような「野党体験」を再度経験したくないとの意識がまん延。

多様な意見を広言している世論とは対照的に、自民党内からは異論があまり聞こえず、肝心の多様性も一段と希薄化が進んでいる。

安倍は小泉政権時の官房長官時代に著した「美しい国へ」で「政治家は、自らの目標を達成させるためには淡泊であってはならない」とする父(安倍晋太郎元外相)の教訓を引用、自らを戒めていた。安保法制を急ぐ理由を聞かれた安倍は、「政治はモメンタム(勢い)だ」と、語ったという。

自民党総裁選で拳を突き上げる安倍晋三首相=東京都千代田区

自民党総裁選で拳を突き上げる安倍晋三首相=東京都千代田区

「政治家がつまずくのは、必ず得意の分野」との格言

「決める政治」を可能にしたのも民意だ。2012年の総選挙で政権を奪還させ、13年の参院選で「衆参のねじれ現象」を解消させ、14年暮れの総選挙で大勝させ、確固たる政権基盤を整えさせたのも、民意だった。

8月初旬、谷垣禎一幹事長は、「敵味方をはっきりさせて平和安全法制(安保法制)つくったら、次は国民統合を考えてください」と、安倍に進言した。

無投票で自民党総裁選に再選された安倍は、「『1億総活躍社会』を目指す」と、2014年度は491兆円だった国内総生産(GDP)を「600兆円達成目標」と打ち上げた。

祖父の岸信介首相が推し進めた安保改定などの政治路線を、次の池田勇人首相が「所得倍増論」に象徴される経済重視路線で国内の統一を図った歴史に学ぼうとしているのは明らかだ。

「経済重視を訴え続ければ、支持率は必ず回復する」と周辺は、思惑を語る。池田が打ち出したのは「所得倍増論」だけではない。政治路線を主眼とした「岸亜流政権」からの脱皮を目指し、「寛容と忍耐の話し合いで議会政治を確立したい。

そのためには(当時の)社会、民社両党首とも政策だけでなく、よもやま話をして友達の付き合いをすることも必要だ」と組閣直後の会見で語った。

永田町では言われ続けた格言がある。「政治家がつまずくのは、必ず得意の分野」だ。3度の国政選挙で、政権基盤を整備したはずの安倍政権だが、安保法制の成立では、多数の民意をほごにした。

安倍には、池田の「寛容と忍耐の政治」を見習い、異論であっても多様性ある民意を尊重してほしい。それが大宰相への道にもなる。(文中敬称略)

*本連載は今回をもちまして最後となります。長い間、お読みいただきありがとうございました。