bizreach_08_bnr

星野佳路氏インタビュー

星野リゾート代表が語る 地方の「伸びしろ」

2015/9/28
安倍政権の旗振りもあり、地方創生が注目を集める。都心で活躍していた若手プロフェッショナルが地方に赴き、地方創生の旗手として手腕を発揮しつつある。この連載では10回にわたって、地方の若手イノベーターたちにフォーカスする。今回は、観光業で全国各地の魅力を高め、企業としても人材を引き付けている星野リゾート代表の星野佳路氏に地方の魅力を聞く。

「未開拓」だからこそ、ポテンシャルが大きい

──「地方創生」という政策が掲げられています。これまで地方で事業を展開してきた星野さんは、地方には東京と違うどんな可能性が秘められていると思いますか。

星野:「地方創生」という政策が出てきたことで、これからは地方に目を向けて重視していこうという機運が高まっているな、という感覚は確かにあります。

しかし、最も大事なのは、地方が「自立する」ことをどこまで真剣に考えるかということ。そこに正面から向き合わない限り、根本的な問題は解決していかない。何かに依存するのではなく「自分で自分の食いふちを稼ぐ」という気概が必要です。

僕は地方には「伸びしろ」があると思っています。

東京は大手企業がひしめき合って、優秀な人材、効率的な経営を武器に、世界を舞台にした熾烈な競争が繰り広げられている場所。その東京で利益を10%改善しようと思ってもそれはなかなか難しい。

一方で、地方はさまざまな事柄が「未開拓」、ほんの少しうまくやるだけで、ぐっと伸びるポテンシャルを持っている。その伸びしろは、非常にインパクトが大きいと思います。

──では、「伸びしろ」を最大限生かすべく、地方の成長で核になるものは何でしょう?

地方の同族経営の企業もその一つです。各地に必ずある名もない同族企業の多くは、長年同じ経営スタイルを受け継ぎ、大きな競争にはさらされず今日に至ってきた。

逆に言うと、変化がなかったからこそ、少しだけ刺激を与えると劇的に成長する可能性を秘めている。世代交代などが転機となって、大きく飛躍した地方の企業は多い。

たとえば神奈川県藤沢市のみやじ豚。養豚場の息子が、サラリーマンから起業しようとしたときに、親父が育てている豚肉の可能性に気づいた。親父の養豚場に就職し、それぞれ違った役割を担いながら一緒に会社を経営、生産から消費者の口に届くまでを一貫してプロデュースするという新しい手法で成功している。

新潟の三条市に本社を構えるアウトドアメーカーのスノーピークもそう。息子が跡を継いで、新しいスタイルをどんどん取り入れて会社を大きくしています。

そうやって、子ども世代が会社を継ぎ、新しいことを仕掛けることで、勢いに乗って大きくなれるチャンスが地方にはある。

その代わり、世代交代のスピードは早いほうが良いと考えています。親世代が「そろそろ代を譲ろうか」と言い出すのを待っていると時間がかかります。子どもは親から権力を「奪取する」くらいのスピード感で進めてほしい。経営権を持つなら30代で。遅くなればなるほど会社を変える力が弱くなってくる。私も「若いときにもっとスピーディに動いていたら、もっと最終到達地点が高かったかもしれない」と思うときがあります。

同族企業では親子間の対立があるほうが健全。若い世代は、我慢なんてしないで古い世代に立ち向かったほうがいい。

星野佳路 ほしの・よしはる 長野県軽井沢町にある星野旅館の4代目として生まれる。慶應義塾大学卒業、米国コーネル大学大学院修了。1991年に 星野リゾート代表取締役に就任後、次々と大胆な改革を行うことで収益体質を黒字化。数々の赤字ホテルの再建を成功させ、観光リゾート業界のキーマンとして活躍する。

星野佳路(ほしの・よしはる)
長野県軽井沢町にある星野旅館の4代目として生まれる。慶應義塾大学卒業、米国コーネル大学大学院修了。1991年に 星野リゾート代表取締役に就任後、次々と大胆な改革を行うことで収益体質を黒字化。数々の赤字ホテルの再建を成功させ、観光リゾート業界のキーマンとして活躍する

──地方だからこそ、「自分の力が発揮できる」という面もあるのでしょうか。

地方の企業に伸びしろがあるのと同じことが、人にも言えます。東京で目立つことは大変でも、地方で頭角を現すのは意外と可能だったりする。人が少ないということは競争相手も少ないということだから、その分、活躍しやすい環境であるはずです。

同じ能力でも、東京ではその他大勢なのに、地方で働くと責任や影響力のあるポジションに就ける可能性も増えてくる。そうすると自分のやっていることが地域に貢献しているという満足感もある。仕事面以外にも、豊かな自然、家賃や物価の安さ、家族やプライベートを大切にする時間が確保できるなど、地方で働くプラスは多いはずです。

そういう意味では、能力がある人ほど、地方で働くメリットが大きいのかもしれません。活躍するチャンスがたくさんあるから、それに比例して収入も上がっていくだろうし。結局は、都会で働き続けるより生涯年収が高くなるということもあり得ると思います。

地方は失敗に寛大な土壌がある

──人材を受け入れる側の地方には、どんな思いがあるのでしょうか。

まず、地方は、人口減少と高齢化による人材不足です。そのため、地方に移り住んできた人は、仕事上の裁量、自由、責任を早く手に入れることができる。さらに言えば、たとえ失敗したとしてもそれが許される土壌があります。

なぜなら、受け入れる側にとってはせっかくこの土地で働くと言ってくれた人が、東京に戻ってしまうのが、一番悪い結果だとわかっているから。失敗したからといって、その人に責任を取らせたところで、その人に代わる人材がいるわけではないのです。つまり、失敗を通じて育ってほしいと思っている。そういう意味では、仕事上の自由がある割に、リスクやプレッシャーを恐れずに働けるとも言えます。

星野リゾートは、観光事業を通じて地方経済に貢献していく役割を担っていると思っています。そして、そういう現場で活躍してくれる多くの意志のある若い人に入社してもらいたいとも思っていますが、同時に、一人ひとりに早く力をつけてもらう環境を整えることに力を入れています。どれだけ早く成長してくれるかという、育成のスピード感が重要です。

──今回の取材を通しても、働く場所として、地方の魅力が増しているのがわかりました。これからどのような人材が地方で活躍していくと思いますか。

今まで地方では見かけなかったような新しいタイプの人が増えているのは私も実感しています。「この人は何で稼いでいるのか、よくわからないな」というような(笑)。だいたいそういう人は、地方のNPOで地元が抱えるさまざまな課題を解決する仕事に就いていたりする。

たとえば、地元カンパニーの児玉光史さん。彼は非常に優秀なのですが、彼がやっていることは、すごく自由でなかなか一言では語れなかったりします。でも、彼のような独特のビジネスセンスを持った人が、これからどんどん地方に来てほしいと思っていますし、増えていく予感がしています。

その理由として、地方で働くことが“都落ち”と思われなくなったというのがありますね。ともすれば、地方で働くことがカッコいいというイメージすらある。

たとえばワイナリーだって、仕事自体は農作業です。でもそれに新しいセンスを持ち込んで、ワイナリー経営という製造からマーケティングまでの概念を当てはめるだけでも、より創造的な事業になり、周りの見方はずいぶんと変わってきます。

中央だろうが地方だろうが、企業が雇いたいと思う優秀な人材は同じ。でも、そういう優秀な人たちが「地方で働くこと」に魅力を感じてもらえるようにしていくことが大事だと思います。

星野リゾートに応募してくる人たちは、新卒はもちろん、中途採用も行っており、商社やメーカーなど一部上場企業やIT関連出身者も多い。弊社は基本的に地方に配属になりますが、彼らは皆「地方で働くことへの覚悟」を持っています。

観光業はほかの産業とつながり、新しい可能性を見いだせる

──地方が発展していくうえで、星野リゾートのような“観光産業”が果たす役割も大きいのではないでしょうか。

地方では資源も自然も、農業もまだまだ集約化が進んでいません。そういう中で、観光業はほかの産業とつながることで新たな可能性を見いだしています。

たとえば箱根には寄木細工という素晴らしい伝統工芸があるのですが、伝統を受け継ぐ職人の数はどんどん減っていることに加え、つくるものは安物のお土産が多く、職人たちも意欲を失っていたのです。

「星野リゾート 界 箱根」では、職人の皆さんに掛け軸やテーブルなどホテルで使う調度品の制作を依頼。顧客の皆さんに地域ならではの魅力を楽しんでいただくことを通して、昔ながらの優れた技術を残していくという役割も果たしています。

「界 箱根」では伝統的な工芸「寄木細工」を体験できるアクティビティも提供している

「星野リゾート 界 箱根」では伝統的な工芸「寄木細工」を体験できるアクティビティも提供している

「星野リゾート 青森屋」では、特産のりんごをテーマにした料理を展開。ここでも地域の魅力を紹介することを通じて、この場所の特産物の広報に貢献できていると考えています。

これはフランスワインが有名になった手法と同じです。フランスワインはワイナリーのある田園風景に観光に来てもらい、現地でワインの味を知って覚えてもらう。そして、国に戻ってからまたワイナリーで味わったワインを買って飲んでもらう、というように。観光と特産物がうまくリンクし相乗効果を上げている。これも観光産業の重要な役割です。

観光業は、地方にあるさまざまな技術やほかの産業をサポートできる。そういう意味で非常に面白い仕事だし、地方の力になっていくものだと思います。

(聞き手:久川桃子、構成:工藤千秋、撮影:稲垣純也)