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コンセプトは「日本まるごとブランディング」

『LEON』で300億円稼いだ男が創る、真のキュレーションメディア

2015/9/28

カリスマエディターの起業

観光ブームに沸き立つ日本。2014年時点で、訪日外国人による旅行消費額は2兆円を超えるなど、「観光」はビジネスとしても急成長中だ。

しかし、いざ海外旅行客の目線で見てみると、日本についての外国語での情報はまだまだ乏しい。アート、伝統文化、宿、食、ファッションなどの情報は十分には世界に発信されていない。特に、ラグジュアリー、プレミアム分野となればなおさらだ。

「日本のプレミアムをキュレーションし、その魅力を世界と日本に届けたい」

そんなビジョンのもとに、9月28日、新しいウェブメディアが立ち上がった。その名もずばり「Premium Japan(プレミアムジャパン)」だ。
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媒体のテーマは、日本中のあらゆるプレミアムをキュレーションしてくることだ。

今や「キュレーション」という言葉はIT用語になりつつあるが、もともとはアート分野から生まれた言葉だ。美術館や博物館で、各所から集めた作品や資料を展示する企画者をキュレーターと呼んできた。

Premium Japan」は、その本来の「キュレーション」の意味にのっとって、伝統工芸、宿、和食から、ファッション、アニメ、おもてなしの心まで、日本のプレミアムをキュレーションし、それを多言語で発信していくウェブメディアだ。

同メディアの編集長兼エグゼクティブ・キュレーターを務めるのは、西園寺薫氏。「ちょい不良(ワル)オヤジ」で知られる、ファッション&ライフスタイル誌『LEON』で編集長、総編集長を務めてきた、カリスマエディターである。

西園寺氏がカリスマたるゆえんは、その編集力に加えて、ビジネス創出力にある。西園寺氏が、『LEON』の編集長、総編集長を務めた15年間に、世界のラグジュアリーブランドなどが『LEON』に出稿した広告費の合計は300億円をくだらない。広告によって売れた商品の販売額まで含めれば、日本に数千億円のブランドビジネスを生んできたとも言える。

そんなメディア界のカリスマが、『LEON』を発行する主婦と生活社の常務の地位を捨て、新メディアの立ち上げに踏み切ったのだ。

欧州ではいまだに「日本=サムライ」

なぜ今回、西園寺氏は、勝手知ったる「欧州のプレミアム」ではなく、「日本のプレミアム」に目をつけたのか。その背景には、いくつかの原体験がある。

西園寺薫(さいおんじ・かおる)1960年生まれ。ファッション&ライフスタイル誌『LEON』、ウェブサイト「Web LEON」の編集長、総編集長を歴任。ラグジュアリーライフスタイル分野において、その目利きの能力とビジネスセンスが国内外で高く評価されている。日本の伝統文化や工芸にも造詣が深く、ライフワークとして日本各地の工房や伝統工芸の職人を取材。その経験と知識を生かし、メイドインジャパンの素晴らしさと魅力を世界と日本に伝えるための新会社「CURATION JAPAN」を設立

西園寺薫(さいおんじ・かおる)
1960年生まれ。ファッション&ライフスタイル誌『LEON』、ウェブサイト「Web LEON」の編集長、総編集長を歴任。ラグジュアリーライフスタイル分野において、その目利きの能力とビジネスセンスが国内外で高く評価されている。日本の伝統文化や工芸にも造詣が深く、ライフワークとして日本各地の工房や伝統工芸の職人を取材。その経験と知識を生かし、メイドインジャパンの素晴らしさと魅力を世界と日本に伝えるための新会社「CURATION JAPAN」を設立

1つ目は、人間国宝にもなった義理の父親の存在だ。

その父親とは、東京芸術大学学長も務めた、陶芸家の藤本能道。義父との交流を通じて、20代の頃から、日本の伝統文化、伝統工芸の神髄に触れることができた。『LEON』を担当するまではフリーの書き手として、伝統工芸を各地で取材してきたこともあり、いつか日本の伝統文化に携わる仕事をしたいという思いを持ち続けてきた。

2つ目は、アジアなど世界における、日本のポップ・カルチャーへの興味の高まりだ。

西園寺氏は、日本の『LEON』を成功させた後、中国版LEON、韓国版LEONの立ち上げも担当。世界中の人々と付き合う中で、日本への興味の高まりを節々で感じてきた。

「10年前ぐらいから、海外の人たちとお酒を飲みながら話すと、必ず日本の原宿や漫画やアートのことを聞かれるようになりました。特に5年前ぐらいからは、日本に対する興味が極端に高くなったという印象です」

そして3つ目は、欧州での経験にある。

西園寺氏は、『LEON』を通じて、クリエーター、モデル、ラグジュアリーブランドの幹部など、多くの欧州人と15年にわたり触れ合ってきた。さまざまな人々との交流を通じて、日本への強い興味を感じるとともに、情報ギャップも痛感した。

「欧州のクリエーターやラグジュアリーブランドの人たちは、日本の文化の持つ濃縮度、優れた歴史、独特の精神文化とそれに根ざした工芸品に、とても興味を持ってくれています。その一方で、他国の文化や歴史にあまり興味のない人たちの多くは、日本がどこにあるかさえ知らず、“日本=サムライ”といったイメージしかありませんでした」

日本の伝統文化の素晴らしさを知る西園寺氏にとって、日本が表層的にしか伝わっていないことがショックだった。さらにもどかしさを感じたのは、当の日本人自身が、日本の伝統文化の魅力に気づいていないことだ。

「戦後70年になりましたが、その間ずっと日本人は、『俺たちはたいしたことがない』『欧米のほうがすごい』と思い込んで、自分たちを卑下しているところがあるように感じます。ですから、僕みたいなメディアの人間が、『いやいやそうじゃないですよ、日本の伝統文化はこんなに素晴らしいのだから、正々堂々と海外に発信していきましょう』という流れをつくるお手伝いをしたいなと思っています」

クロスカンパニー石川氏との出会い

以前から西園寺氏は、「いつかは日本の伝統文化、歴史、ものづくりの素晴らしさを世界に伝える仕事をしたい」との希望を持っていた。政府の広報の仕事をするため、内閣府に応募しようと思ったことすらある。

しかし、『LEON』の仕事などで多忙を極めたこともあり、なかなか決断に踏みきれなかった西園寺氏に、ひとつの転機が訪れる。自分とまったく同じ思いを抱く人間と出会ったのだ。

その人物とは、アースミュージック&エコロジー(earth music&ecology)のブランドを手がける、アパレル企業・クロスカンパニーの石川康晴社長だ。

石川氏は、一代にして1000億円企業を育てた起業家として知られるが、現代アートのコレクター、キュレーターとしても名をはせている。昨年開催された同社の20周年記念パーティーの際には、オペラシティを会場にして、自身のコレクションの展示会を行ったほどだ。

石川氏自身も、海外での経験を通じて、「日本はもっと売れる、日本をもっとアピールしたい」との思いを抱くとともに、メディアを通じて世界に日本を発信していく必要性を感じていた。

そんな二人が昨秋に出会うと、瞬く間に意気投合。トントン拍子で話が進み、今年6月には石川氏が会長、西園寺氏が社長としてキュレーションジャパンを設立した。そして、9月28日に立ち上がったのが、「Premium Japan」である。コンセプトはずばり「日本まるごとブランディング」だ。

石川康晴(いしかわ・やすはる)1970年岡山市生まれ。1994年クロスカンパニーを創業。1999年に、アースミュージック&エコロジー(earth music&ecology)を立ち上げ、現在では他ブランド含め、グループ全体で約1000店舗を運営している。宮﨑あおいを起用したテレビCMでも注目を集める。女性支援制度を中心とした社内制度の充実、環境活動や地域貢献活動にも積極的に取り組み、東日本大震災で被災者180人の雇用を行ったことでも話題となった。現在、京都大学大学院に在学中

石川康晴(いしかわ・やすはる)
1970年岡山市生まれ。1994年クロスカンパニーを創業。1999年に、アースミュージック&エコロジー(earth music&ecology)を立ち上げ、現在では他ブランド含め、グループ全体で約1000店舗を運営している。宮﨑あおいを起用したテレビCMでも注目を集める。女性支援制度を中心とした社内制度の充実、環境活動や地域貢献活動にも積極的に取り組み、東日本大震災で被災者180人の雇用を行ったことでも話題となった。現在、京都大学大学院に在学中

石川は、「Premium Japan」をクロスカンパニーの利益のためだけに運営するつもりはないと言い切る。目指すのは、「日本をブランディングするためのプラットフォーム」だ。

「このメディアを通じて、日本の素晴らしいモノやコトを伝えることができれば、日本全体をより高い位置にブランディングできるのではないかと思っています。企業、行政、メディアなど、日本をブランディングしたいと思っているあらゆる人たちと連携していきたい。日本の人たちはもちろん、海外からやってくる観光客、特にやや中間層から上の人たちにとって、日本を旅行する際のバイブルになればいいなと思っています」(石川氏)

日本の2つの強み

西園寺氏が再三強調する「日本の伝統の素晴らしさ」。では、世界にアピールすべき「日本の強み」とはどこにあるのだろうか。いち早く、世界でブランドを築き上げている欧州のブランドから何を学べるのだろうか。

西園寺氏は、欧州のスーパーブランドの強みは、結局2つの点に還元できるという。

「1つ目の強みは、ものづくりのクオリティの高さです。結局、ヨーロッパのほとんどすべてのブランドは、自分たちが昔から築き上げてきた、ものづくりの技術力の高さを売りにしています。もう1つの強みは、ヒストリーがしっかりあることです」

そして、この2つの強みは、日本にも共通すると西園寺氏は言う。

「たとえば日本の47都道府県の田舎の工房、工場(こうば)、地場産業の本当に小さい作業場の多くが、欧米のブランド並みの要素を備えていると思います。ですから、そうした日本のプレミアムをストレートにわかりやすく紹介していくと、海外の人たちは素直に感動してくれるはずです」

Premium Japan」は、まずウェブメディアを通じて、日本のプレミアムな伝統工芸、伝統文化、宿、食、ファッションなどを紹介する。具体的には、16のカテゴリに分け、毎日合計で10本の記事を掲載していく予定だ。
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カテゴリは、「CULTURE(工芸品、盆栽、アニメ、漫画など)」「DESIGN(アート、建築、インテリア)」「TRAVEL(旅行、温泉、宿)」「EAT&DRINK(和食、日本酒、国産ワイン)」「FASHION(靴、メガネ、かばん)」から、BUSINESS、TECHNOLOGYまで多岐にわたる。

コンテンツを創るうえでは、「テクノロジー」をフル活用していく。一つの売りがドローンを使った、日本全国の観光名所や宿の空撮だ。たとえば、「「一度は泊まりたいプレミアム温泉宿 vol.1『坐忘林』」と題した記事では、ドローンを使って4K動画で撮影を行っている。

「テクノロジーは、アートや伝統文化とまったくかけ離れた世界だと思われがちですが、実はしっかり結びついています。伝統工芸の世界でも最先端の技術を使って、温度管理をしたり、製造工程の管理をしたりしています。伝統とテクノロジーの両輪があって、初めて素晴らしいプロダクトが生まれてくるわけです」

ネットからリアルへの進出も狙う

西園寺氏も石川氏もビジネスのプロ。「Premium Japan」を単なる“慈善事業”にする気は毛頭ない。しっかり稼ぐためのビジネスモデルも描いている。

当初は、ウェブメディアに掲載する広告収入が中心になるが、ゆくゆくは、eコマースや企画開発支援事業にも展開していくプランだ。優れた日本産品を、グローバルにeコマースで売っていくとともに、eコマースに不慣れな小規模事業者の支援も行う。また、インバウンド商品拡大のための事業支援や、イベント、エキシビジョンなども行う予定だ。

「最初は記事のコンテンツの力でページビューを伸ばしていきますが、その後は、日本酒や陶器など希少価値があるものをeコマースのモールにアップしていく予定です。日本橋や銀座や新宿のデパートに行かなくても、日本中の一流の職人がつくったモノが買えるようにしたい。将来的には、ネットで売れた商品をリアルに展開していく構想もあります。オムニチャネルの逆パターンのようなイメージです」(石川氏)

文化事業としても、メディアビジネスとしても興味深い「Premium Japan」の挑戦。当初は、日本語のみの掲載となるが、来年には英語、中国語など多言語で展開していく見込みだ。

Premium Japan」が世界のインフラとして根づいたとき、日本というブランドはもう一歩、先のステージに進めているかもしれない。

(撮影:福田俊介)