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本田美登里監督インタビュー(前編)

日本サッカー界初のプロ女性監督がつくる勝つ組織

2015/9/14

「女性マネジメント」において、本田美登里監督(50=AC長野パルセイロ・レディース)は二つの顔を持つ。就任3年目の今シーズン、なでしこリーグ2部で前期は負けなしで首位を快走。9月6日にスタートしたばかりの後半戦初戦では今季初の黒星を喫したが、残り7試合で昇格最有力のチームを率いる。

日本サッカー協会職員としてユース年代の強化に従事した後、2001年、岡山県美作市に創設された「岡山湯郷ベル」の監督を務め、宮間あや(カナダW杯キャプテン)と共に、なでしこリーグ1部の強豪クラブを育てた。

大学女子サッカー代表監督を務めたユニバーシアードでも銅メダル(2005年トルコ・イズミル大会)を獲得し、さらに2007年には、Jリーグのプロ監督に就任できる「S級」(正式名称は日本サッカー協会公認S級コーチ)を取得するなど、圧倒的な男性社会ともいえるサッカー界で常に女性の存在感を示してきた。

本田美登里(ほんだ・みどり) 1964年静岡県出身。清水商業時代は男子選手に混じってサッカー部の練習に参加。高2のときに日本女子代表に選ばれ、1985年に読売ベレーザに加入すると1988年から全日本女子サッカー選手権を2連覇。1994年に引退して日本サッカー協会に就職し、女子サッカーの普及と強化に奮闘した。 2001年、岡山県に設立された女子チーム、岡山湯郷Belleの初代監督に抜てきされると、人柄を慕って高2だった宮間あやが入団。2004年にL・リーグ2部で優勝して1部昇格を果たした。2005年、ユニバーシアード・女子代表チームの監督を任され、トルコ・イズミル大会で3位に。2007年には女性として初めて日本サッカー協会公認S級ライセンスを取得した。U-20日本女子代表コーチを経て、2013年にAC長野パルセイロ・レディースの監督に就任し、現在なでしこリーグ2部で首位を独走している

本田美登里(ほんだ・みどり)
1964年静岡県出身。清水商業時代は男子選手に混じってサッカー部の練習に参加。高2のときに日本女子代表に選ばれ、1985年に読売ベレーザに加入すると1988年から全日本女子サッカー選手権を2連覇。1994年に引退して日本サッカー協会に就職し、女子サッカーの普及と強化に奮闘した。2001年、岡山県に設立された女子チーム、岡山湯郷ベルの初代監督に抜てきされると、人柄を慕って高2だった宮間あやが入団。2004年にL・リーグ2部で優勝して1部昇格を果たした。2005年、ユニバーシアード・女子代表チームの監督を任され、トルコ・イズミル大会で3位に。2007年には女性として初めて日本サッカー協会公認S級ライセンスを取得した。U-20日本女子代表コーチを経て、2013年にAC長野パルセイロ・レディースの監督に就任し、現在なでしこリーグ2部で首位を独走している

女性サッカー界のパイオニア

女子日本代表「なでしこジャパン」の大躍進によって、今でこそ、女子サッカーは常に大きな注目を集める。しかし1995年から昨年まで400人を越える男子がS級を取得したが、女子はわずか4人(本田、高倉麻子、半田悦子、野田朱美各氏)と、企業でいえば管理職を目指し、資格を取得する女性の比率増加が停滞する状況と似ている。

そんな中、男性スタッフと協働し、スポンサー企業の社長、役員らに支援の協力を仰ぎ、クラブ組織のトップに立つ。女性の活躍、昇進を妨げる見えない障壁とされる、いわゆる「ガラスの天井」を自ら打ち破ったパイオニアとしての顔、それが1つ目。

もう一つ、女子チームを引っ張る女性監督としての顔がある。男性指導者にはおおむね「男子と違って難しい」と受け止められる女子選手の指導を、女性が行うと何が、どう違うのか、彼女たちの力をいかに引き出すのか。現場で、結果を残すための女性マネジメントの手腕を常に問われる。

選手たちが働く会社で母親のような気遣い

長野で取材した本田は、常に躍動していた。長野駅で、大切なスポンサーに偶然会うと、はつらつとした声で「先日はありがとうございました」とあいさつした。レディースの選手たちはアマチュアのため、地元の信用金庫や老舗など、長野を代表する企業で1人でも多く雇用してもらえるよう監督も奔走する。

途中立ち寄ったレストランでも、まず現場の代表にあいさつに行く。

「ちゃんと仕事していますか? ご迷惑をおかけするようなことはありませんか」

心配そうに、まるで母親のように深く頭を下げながら勤務態度を聞く。「練習で疲れている日も、いつも元気でお客さまにも評判がいい」と言われ、ほっとした様子を見せる。

24人の女子選手、3人の男性コーチを束ねている

24人の女子選手、3人の男性コーチを束ねている

千曲川の河川敷で行われている練習では、大声を出すシーンはなかった。ピッチで選手に指摘する仕事のほとんどをコーチ陣に任せているようだ。スタッフ間の強い信頼関係がうかがえる。監督はよく立ち位置を変える。見る角度を変える。それは、サッカーの組織、機能を細かくチェックするためであり、選手の顔色をしっかりと把握するためでもある。

1. 1を褒めて、9は叱る。そのためにも選手の顔色、調子をできるだけ細かく見る。

2. 女性だから、といった特別な前提で指導しない。

3. どんなに時間をかけても、答えは現場で、選手自身に気づかせる。

4. 同性に対する厳しい視線を、自分も意識する。

女子チームをマネジメントするうえで欠かせない4箇条だという。

AC長野パルセイロ・レディースは、2位のノジマステラ神奈川相模原に勝ち点差6をつけてなでしこリーグ2部の首位に立っている(第19節時点)

AC長野パルセイロ・レディースは、2位のノジマステラ神奈川相模原に勝ち点差6をつけてなでしこリーグ2部の首位に立っている(第19節時点)

なでしこキャプテンの宮間あやを「遊んで」育てた

──女性活躍推進法が成立するなど、女性のマネジメントについて企業、社会が取り組みを変えようとしていますね。

本田:年のせいか、講演依頼のテーマにもそこへフォーカスするものが非常に多くなりました。

自分は、ただ単純にサッカーが好きで、引退し、指導者を続けてきただけでしたが、今は、女性指導者の在り方が、企業や社会にも女性を生かすヒントになるかもしれない、と強い関心を抱いてもらえる空気を感じますね。

スポーツは結果と連動しますし、誰が見てもわかりやすい点も重要かもしれません。

──まず女子チームの女子監督としてのお話を。ユース年代から大学生、なでしこリーグ、とあらゆるカテゴリで女子選手を見てきましたが、本田監督がタレントを見いだすポイントは?

選手の自由とわがままは表裏一体です。統率するうえでわがままはチームに影響を及ぼす一方で、選手の強い個性を引っ張り出すためには、今風に表現するなら、選手をリスペクトするよう心掛けます。

年齢やキャリアは関係なく、サッカーを通じて一緒に伸びようとする気持ちが先にあり、上からの目線や、こうすべき、と監督の立場を押し付ける指導はしません。

小学5年生の宮間を見いだしたときも、ものすごくいい素質を持った選手だ、と思いましたが、教えるというより、一緒にサッカーをする、そんな感覚でした。

──千葉から、ベレーザ(稲城市)の下部組織、メニーナまで2時間半かけて通っていたんですね。小学生が。

ええ、すでに強い個性の持ち主でした。そういう所に、サッカーの技術と同時に彼女が伸びる一番の魅力を感じましたね。結果を出したいと思っている女の子たちは、独特で個性も強い。

一般的な社会で女性が期待される像とも違って、どこか収まりきらない。でも、それがとても大事。女性に対して「活躍して欲しい。でもそこまで活躍しなくてもいい」という制限付きの期待があり、女性は女性で、どこかで自主規制してしまうからです。

自分自身、現役時代は収まりきらないタイプでしたし、どちらかといえば扱いが簡単ではない選手、型にはまらない選手をじっくり見てみたい。

気配りで選手の心を引くような指導はしない

──女性指導者はいなかった時代、ご自分が指導される側だった経験が生かされるケースはありますか。

一人ひとりに違った声を掛けるほど気を配っていた監督もいらっしゃった。読売ベレーザや、当時の代表の選手は自己主張も強く個性的でしたから、本田美登里の取り扱いがあり、ほかの選手への対応もあり、と、かなり面倒くさかったのではないか、と。

──面倒くさい、とご自分で言うのですから、相当。

良い悪いではなく、そういう監督もいれば大ざっぱな監督もいる。ただその中で、女子選手はそこまで特別扱いをしないとついていかないんだろうかと不思議に思うことはありました。

たとえば、別の競技ですが、ある監督が女子選手のモチベーションを上げるために、選手の誕生日を忘れずに必ずメールを送るんだ、と。

ほかの男性監督との座談会で、「女子はそこまでやるんですか、大変ですね」と、感心していたのですが、私はそんな気配りを女子にやった試しがない。逆にお互いに面倒くさいと思う。

こびを売らない分、よく観察する

──よくわかりますね。女子を指導する女性監督のほうがもっとドライですね。男性とは正反対の指導法もある。ある意味厳しいですし、女性を指導する女性監督がどの競技でも多く輩出されると、「女子選手は難しいから特別に扱う」といった考え方も変わるかもしれない。最初に伺った2番目の信条ですね。

甘ったれた組織、関係にはしたくないので選手には9叱って、1褒めるようにしています。調子に乗ってもらったら困る、と。

――厳しいですね。

でもそのためには選手の顔色をいつもじっくり見ている。

へこんでいる選手はすぐにわかりますし、へこんでいるから厳しい言葉でさらにへこますほうが良いのか、優しい言葉を掛けたほうがいいのか、今はどちらがいいだろうか、と、私は掛ける言葉の内容と同時に、タイミングを考えます。

何かを言うまでに、準備の時間を取るほうです。そこは24人チーム全員を見なくちゃいけないと思っている。

今の選手は「帰れ」と言ったら本当に帰ってしまう

──これはやらない、と気をつけているマネジメントはありますか。

練習でもう帰っていい、とは絶対に言わないようにしています、本当に帰っちゃうから。

──それは今の若い選手だから?

私が言いたいのは、グランドの問題はグランドで解決すべきなのに、帰ってしまっては解決できないまま引きずらなくてはならない、というプロ意識の欠如です。

それこそ、会社なら泊まってでも、ある問題の答えを自分で出すまで考え抜いてほしい。教えられるのではなく、とことん自分と向き合って、自分が働く場所でこそ答えを見つけてほしい。それが次につながると思う。

身だしなみにこだわり、自慢できるリーダーになる

──ところでマニュキュアも、ペティキュアもキレイにしている。

女子選手の観察力は本当に鋭いでしょう。小さなピアス一つ変えても、あ、ピアス変えたんですね? と指摘してくる。少しくたびれたTシャツを着れば、そんなボロボロのTシャツどうしたんですか? と言われます。

男子はこういう話はしませんからね。身だしなみ、清潔感、そこは男女問わず基本としてとても重要です。彼女たちが自慢、とまでは言わないけれど、いつでも明るく元気な監督、と思ってもらえる指導者でありたいと心掛けています。

(文:増島みどり、写真:編集部)