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「安倍1強」の進展で、多様な党内論戦は消えてしまった

日本政治:自民党に総裁選が必要な理由

2015/8/28
「総裁選は党活性化の源泉」。次のリーダーを目指し、競争の中でもまれることで人材が育つ。自民党に脈々と流れてきた思想が途絶えようとしている。9月に予定されている総裁選だが、党内では「安倍続投」が既定路線となり、出馬が有力視された実力者も見送りを決めた。かつて派閥が担ってきたリーダー育成システムの代替案を見いだせない中で、無投票の総裁選は長期的に自民党の危機につながるのではないか。ベテラン政治記者が自民党の今後を考察する。

田中真紀子元外相の投書

一世を風靡(ふうび)した田中真紀子元外相の名を、久々に毎日新聞紙上(8月22日付朝刊東京本社版)で見ることができた。投書欄に、前文部科学相の肩書で、「『新国立』政治家は責任取れ」と投稿していた。

「都合の悪いことは官僚に押し付けて、リーダーシップを取るべき政治家たちがほっかむりし、事なきを得ることは断じてあってはならない」

「この際、為政者が姑息(こそく)で身勝手な考えを捨てて、潔く責任を取ることが国民の政治離れをつなぎとめるひとつの道であると考える」

現役当時と変わらぬ歯切れの良い言葉が並んでいた。確かに、政治家としての田中は数々の失態を演じた。それだけに、安倍政治を指弾できる立場を確保しているとは到底、思えない。だが、前回の東京五輪が開催された1964年当時の、「時代の息吹」を体験した者からすると、2020年に向けた政府、東京都の諸政策は「新国立」に限らず、ふがいなさばかりを感じる。

戦後の高度成長期に開催された前回の東京五輪には、アジア初の開催を筆頭に国際社会で日本の存在感を示すかっこうの舞台が用意されており、国民の関心を引く要素が幾多も盛り込まれ、国を挙げての一大イベントになっていた。それに向けて政治も躍動した。

中でも第3次池田勇人内閣でオリンピック担当相も務めた河野一郎建設相(河野洋平元自民党総裁の実父)は、東京を近代都市に変貌させるべく、首都高速道路網を建設したり、水飢饉(ききん)に備えようと利根川の水を引き込む武蔵水路を建設したり、大いに辣腕(らつわん)を振るった。前例踏襲の官僚政治にくさびを打ち込み、政党政治家として異彩を放っていた。

当時と今日の政治を対比すると、劣化ぶりに改めて驚かされる。田中の投稿が掲載された同じ日の毎日新聞には、「(参院平和安全法制特別委で)また首相やじ『まあいいじゃん』」や、自民党総裁選での有力対抗馬と見られていた石破茂地方創生担当相が「不出馬固める」とも報じられている。

総理席からのやじが原因で政権の行方が大きく狂う前例を挙げたい。世にいうところの「バカヤロー解散」だ。1953年衆院予算委で、当時の吉田茂首相は、社会党右派の西村栄一(後の民社党委員長)の質問に興奮し、「無礼なことを言うな」「無礼者」「バカヤロー」と暴言を吐いた。

その場で取り消したものの、野党はこれを機に懲罰動議と内閣不信任案を提出。与党内からの造反者も加わり、いずれも可決、成立してしまった。前回の「抜き打ち解散」からわずか7カ月後にもかかわらず、吉田は再び解散に打って出ざるを得なかった。

産業構造の変化と都市化現象の進展により、農村地域を金城湯池としてきた自民党は長期低落傾向にあった。それにストップをかけ、党勢回復の手がかりとなったのが、党員選挙を導入した1978年の総裁選といわれている。その総裁選の結果も予想外で、最大派閥である田中派の応援を得た大平正芳幹事長が現職の福田赳夫首相を破った。以来、総裁選は党活性化の源泉と受け止められてきた。

新総裁に決まり、石原伸晃氏や石破茂氏と握手する安倍晋三氏 =東京都千代田区の同党本部で2012年9月26日、毎日新聞提供

新総裁に決まり、石原伸晃氏や石破茂氏と握手する安倍晋三氏=東京都千代田区の同党本部で2012年9月26日、毎日新聞提供

歴代の長期政権の特徴

歴代の長期政権には共通した特徴がある。後継者候補を競わせ、忠勤競争に導くことで、政権の安定を図ってきた。最長の7年余続いた佐藤栄作政権における「三角大福中」、5年の中曽根康弘政権での「安竹宮」が典型だ。

中曽根をしのぐ5年余の小泉純一郎政権でも「麻垣康三」と呼ばれた4人を要職に登用。この中の安倍晋三と福田康夫、麻生太郎はいずれもその後、トップの座に就いている。

安倍自身も、明治維新以後の節目の年の首相はいずれも同じ長州出身者であることを強調、「明治維新150年の2018年も山口県出身者で」と、自らの続投に意欲を見せているが、過去の長期政権のように後継者を育てようとはしていない。

一方、石破。前回の総裁選(2012年)では、地方票で安倍を圧倒し、一時は「ポスト安倍」の最有力候補と見られていた。だが、「安倍1強」状況の出現で、お膝元の細田派はもちろん、額賀、二階、麻生、山東各派も安倍再選支持で固まっている。党内の関心は安倍再選後の人事に移っている。

石破が総裁選に出馬するには、閣僚を辞任することが前提になる。敗色濃厚の情勢だけに、安倍再選後の人事では冷遇を覚悟しなくてはならない。反安倍色が鮮明な元党幹部は「石破にはその腹構えができていない」と突き放す。

初の女性宰相を目指す野田聖子前総務会長は、地元・岐阜に戻り「初当選以来、それを目標にしてきた」と、自らを鼓舞するような見通しを語っていた。野田にとって総裁選出馬への最大の障害は、20人の国会議員による推薦人名簿を自前で集めることだ。45人を数える岸田派に隠然たる影力を持ち、かつ野田の後見人的存在でもある古賀誠元幹事長の動向がポイントになろう。

その古賀は「無投票では自民党が持っていた良き多様性が失われ、党は地獄を見ることになろう」と、インタビューでは語っていた。追い込まれた状況の中、野田は「総裁選はおそらく無投票になることはない」との見通しを述べ、意欲を隠さない。

古賀の指摘通り、「安倍1強」の進展で、多様な党内論戦は消えてしまった。一部のベテラン幹部を除くと、入閣待望組の中堅からは、異論がほとんど聞こえない。

多様性喪失は、選挙制度の改編と政党助成金の導入など一連の政治改革によるものだ。衆院への小選挙区制の導入で、党営選挙色が強まり、党内の派閥が衰退した。反比例するように、国政レベルでの公認権と政党助成金の配分を握る執行部の権限が増した。選挙改革を断行した当時の自民党総裁、河野洋平は「選挙改革の一環として小選挙区制を導入したのは失敗だった」と、最近ではざんげしている。

党中党的存在の派閥がのさばる政治の復活を望んでいるわけではない。だからといって、派閥が担っていた指導者育成機能に代わるシステムを、自民党は見いだせないでいる。トップをはじめとする指導層にこれほど世襲議員が集まるのも異常だ。中曽根が「政治家がサラリーマン化したら終わりだ。『三角大福中』には世襲議員はいない」と嘆いていたことを思い出す。(文中敬略称)

(松田喬和記者の記事はこちらで読むことができます)

*本連載は月5回掲載の予定。原則的に毎週金曜日に掲載し、毎月第5回目はランダムに掲載します。