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広島、岡山、西宮で活躍の若手リーダー(後編)

マッキンゼーでの学びを生かし、地方の公教育にメス

2015/8/11
安倍政権の旗振りもあり、地方創生が注目を集める。都心で活躍していた若手プロフェッショナルが地方に赴き、地方創生の旗手として手腕を発揮しつつある。この連載では11回にわたって、地方の若手リーダーたちにフォーカスする。前回に引き続き、マッキンゼー出身で今は岡山県と兵庫県西宮市で非常勤職員として活躍する出島誠之氏のキャリアと地方への思いを描く。

0.75+0.9を誤答する子どもたち

岡山県の伊原木隆太知事の依頼を受けて同県でも働き始めた出島。岡山での県庁職員として勤める生活も今年で3年目になる。

6月のある日、出島は岡山県浅口市で開催された学力向上推進協議会に出席していた。浅口市内の小中学校から教務担当者が出席する研修会で、全国学力・学習状況調査の分析結果について話すためだ。

この調査で、岡山県の学力は、47都道県中、小学校が45位、中学校が42位(2012年の正答率順位)という順位に甘んじていた。

「何となく順位が低いという認識はあったものの、全国平均との差はわずか。点数のデータはあっても、それを分析しようとしない。数点の違いを気にする必要がないという雰囲気でした」と出島は振り返る。

伊原木知事は重点課題に教育を掲げており、出島はその課題点の洗い出しの命を受けていた。出島のマッキンゼー流の課題解決ノウハウを見込んでのことだ。

出島はまず、正答率の傾向を徹底的に洗い出した。すると、岡山県には基本的な学習事項が定着していない弱点がはっきりと浮かび上がった。

たとえば、0.75+0.9という小数の足し算。答えは1.65だが、小数の掛け算を習うと、小数点をそろえるという足し算の基本を忘れ、0.84と答えてしまう。

小数の足し算を習った直後はできていたはずの基本問題が、上の学年になると定着していない証拠だ。全国の正答率が7割なのに、岡山県が6割というのは、基礎の定着が弱いことを示す。

正答率だけを見れば、3割を切るような難しい問題もあるが、そのような応用問題は、全国的に見ても正答率は低い。全国平均と比べて初めて、基本的なことでつまずいていることが浮きぼりになった。応用問題の正答率を上げることよりも、基礎力の定着に力を入れるべきことが明白だ。

出島はここに目をつけた。教員たちに、基礎力が定着していないこと、学年を少し戻って復習をすれば効果が上がりそうだということを、県内の学校に説いて回った。

最初は校長らも、点数の分析に懐疑的だった。出島に教員経験がなく、彼らとは縁遠いコンサルタント出身というキャリアも、教員たちにはどこかうさんくさいと映った。

出島誠之(でじま・まさゆき) 1981年福岡県北九州市生まれ。2004年東京大学法学部卒後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。2010年香港科学技術大学経営大学院でMBAを取得後、デロイト トーマツコンサルティングを経て、2011年5月広島県入庁(任期付一般職)。2013年より広島県経営企画アドバイザー兼岡山県政策企画員(ともに非常勤特別職)。2015年3月、広島県庁の職を辞し、4月より兵庫県西宮市政策アドバイザーに就任。週の半分を西宮市、半分を岡山県庁で勤務する

出島誠之(でじま・まさゆき)
1981年福岡県北九州市生まれ。2004年東京大学法学部卒後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。2010年香港科学技術大学経営大学院でMBAを取得後、デロイト トーマツコンサルティングを経て、2011年5月広島県入庁(任期付一般職)。2013年より広島県経営企画アドバイザー兼岡山県政策企画員(ともに非常勤特別職)。2015年3月、広島県庁の職を辞し、4月より兵庫県西宮市政策アドバイザーに就任。週の半分を西宮市、半分を岡山県庁で勤務する

最下位の美咲町が1年で県内トップに

だが、興味を持っていなかった教員たちも、出島の話を聞くと態度が一変する。「図抜けて優秀な人は違いますね、と感心する」と、岡山県浅口市教育委員会の今井豊は話す。

出島の指摘通りに、基礎力の定着に力点をおいて指導をした美咲町は、岡山県内最下位から1年で県内トップの平均点になった。成功事例ができると、評判はすぐに近隣の自治体に広がる。

「テストを受けた学年が違うので最下位の子どもたちがトップになったわけではありません。でも、低迷していた美咲町が1年で最下位からトップになったというのはインパクトがありました」

1年前は出島側から依頼しないと教員たちは話を聞いてくれなかったが、今は、学校からの引き合いが絶えず、いつも岡山県内を飛び回っている。

4月に実施された全国テストの結果が、間もなく発表になる。「今年は、岡山県が苦手とする算数で、初めて県平均が全国平均を上回ると予測しています」と出島は自信を見せる。

「1点、2点上げることよりも、生きる力を養うべき、と言う先生も中にはいます。僕は何も生きる力を否定しているわけではありません。でも教室に行けば、目の前に、小数の足し算ができずに困っている子どもがいる。公教育は、そういう子どもにこそ目を向けないといけない」

生きる力をつけることが長期的な目標だとすると、計算力は短期的な目標だ。長期的な目標だけに力を入れるからといって、短期的な目標をおろそかにしていいはずがない。バランスが重要だ。これは、出島がビジネスの現場でも徹底的に学んできたことだ。

現在は学力向上に取り組んでいる出島だが、岡山では全国でも最下位レベルだった不登校の問題も、データを分析することで課題を洗い出し、大きく改善した。

「岡山にとって抜けていたところを、マッキンゼーで鍛えられたデータ分析スキルや課題解決力で補完することができているんでしょうね」と、当たり前のことのようにさらりと言う。それが嫌味に聞こえないのも、出島の誠実で温和な人柄こそだろう。

外からバンバン人が入る大阪市の改革は合わない

広島の自宅から週の半分は岡山へ出張する生活が1年を過ぎようという昨年の冬、出島は大阪への転居を決めた。きっかけは、2人目の赤ちゃんの誕生だ。

親類や友人がいない場所で2歳と0歳という幼い2人の子どもを育てることは容易ではない。妻が、実家のある大阪への引っ越しを希望するのも自然な流れだ。

仕事の面でも、広島県庁での在籍が4年目に入ろうとしており、自分の役目はひと段落ついた気がしていたのも転居を決めた理由のひとつだ。

「県庁の職員が同じ方向に動き始めたのを感じられるようになったんです。自分が役に立てる局面が減ってきて、卒業を考えるようになりました」

関西をベースに仕事を探したところ、兵庫県西宮市が民間からの人材を公募していたので、手を挙げ、希望がかなった。今は大阪市内の自宅を拠点に、週の半分を西宮市に、半分を岡山県に通う生活だ。

大阪市と言えば、橋下徹市長が掲げる都構想について、熱い議論の真っ最中だった。大阪市の行政改革に興味はなかったのだろうか。

「大阪市は、外からバンバン人を入れて改革を進めていた。僕は、内から改革を進めるスタンスのほうが好きなんです」。中にいる職員と協調しながらの改革が出島の一貫したスタイルだ。

「地方には仕事がない」のうそ

東京での外資系コンサルタントから広島、岡山へと身を投じた出島だが、「地方創生の旗手」という認識はあるのだろうか。「ないですね」。出島はきっぱりと否定する。東京の人に、もっと地方に目を向けてほしい、とも特に思わない。

「ただ、本当に東京が好きですか、と聞いてみたい」。東京では家が狭かったり、通勤電車のラッシュがひどかったり、帰宅が遅くて家族の顔が見られなかったり、自然が少なかったり。地方では、これらを解決できるかもしれない。収入が減っても不動産が安いので、可処分所得が上がることさえある。

「独身時代は東京でがむしゃらに働くのもいい。家族を持ってみて、地方で働くことも選択肢に入れる、くらいでいいと思ってるんです。地方のためではなく、あなたのために、地方で働く選択肢もあることを知ってほしい」

出島によると、地方にはトップマネジメントに近いところでできる仕事がたくさんある。知事のすぐ近くで働くことは、ビジネスで言えば大企業の社長のすぐ近くで働くのと同じ。そこで、組織全体を改革することに関われる。

これはマッキンゼーのコンサルタント時代も味わえなかった醍醐味(だいごみ)だ。「地方には仕事がない、と言う人がいるけれど、真剣に探してないだけじゃないかと思う」

「地方のため」ではなく、「あなたのため」の地方創生が、日本のどこかであなたを待っているかもしれない。(文中敬称略)

*出島誠之氏のインタビューは今回で終わりです。本連載は毎週火曜に掲載、次回は「元国交省若手官僚が感じた中央の限界」です。

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