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広島、岡山、西宮で活躍の若手リーダー(前編)

マッキンゼー出身者が地方行政マンを選んだ訳

2015/8/3

安倍政権の旗振りもあり、地方創生が注目を集める。都心で活躍していた若手プロフェッショナルが地方に赴き、地方創生の旗手として手腕を発揮しつつある。本連載では11回にわたって、地方の若手リーダーたちの姿にフォーカスする。今回からの2回は、マッキンゼー出身で、今は岡山県と兵庫県西宮市で非常勤職員として活躍する出島誠之氏のキャリアと地方への思いを描く。

軽い気持ちで入社したマッキンゼーでカルチャーショック

東大法学部、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、現在は県の非常勤職員──。この経歴を聞いて、どんな境遇を思い浮かべるだろうか。実家からの要請に応えてのUターンか、それとも、東京での暮らしに疲れてゆとりある暮らしを求めたIターンか。

30歳を前に広島県庁の非常勤職員となった出島誠之は、そのどちらでもない。地方行政に関わりたいという強い思いで、自ら志願した。今は4年間勤めた広島県庁を辞し、週に3日は兵庫県西宮市、週に2日は岡山県の職員として地方行政に関わっている。

マッキンゼーに入ったのは「たまたまだった」という出島。もともと行政に関わりたいという思いがあり、東大卒業後は官僚になるつもりだった。

ちょうど道路公団の民営化が注目を集めていたころで、マッキンゼー出身の川本裕子が道路公団の議論に参加していた。その活躍に刺激を受け、日本の行政は従来のままでいいはずがないという漠然とした思いも強くなり、官僚になる以外にもいろんなアプローチがあると考え始めていた。

国家公務員試験を受ける気マンマンだったのに、何となく足を運んだマッキンゼーの説明会が面白く、呼ばれるままに面接を受けていたら内定が出てしまった。

「マッキンゼーの採用面接で会った人が、みなさんとても魅力的で。面接を受けているうちにここで働きたいって思うようになりました。入社を決めるときもあまり悩むことはなくて。ただ、高級官僚になると信じていたおばあちゃんは泣いてましたけど」

マッキンゼーに入社後は、それまでとはまったく異なるカルチャーにショックを受けた。受験マインドを捨て、自分の頭で徹底的に考えるようにたたき込まれた。コンサルタントとして行政改革に関わることも多かったが、「マッキンゼーの中の人と外の人では仕事のスピード、質が圧倒的に違いました。あのときにたたき込まれたことは、今でも自分のベースになってますね」。

出島誠之(でじま・まさゆき) 1981年福岡県北九州市生まれ。2004年東京大学法学部卒後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。2010年香港科学技術大学経営大学院でMBAを取得後、デロイト トーマツコンサルティングを経て、2011年5月広島県入庁(任期付一般職)。2013年より広島県経営企画アドバイザー兼岡山県政策企画員(ともに非常勤特別職)。2015年3月、広島県庁の職を辞し、4月より兵庫県西宮市政策アドバイザーに就任。週の半分を西宮市、半分を岡山県庁で勤務する

出島誠之(でじま・まさゆき)
1981年福岡県北九州市生まれ。2004年東京大学法学部卒後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。2010年香港科学技術大学経営大学院でMBAを取得後、デロイト トーマツコンサルティングを経て、2011年5月広島県入庁(任期付一般職)。2013年より広島県経営企画アドバイザー兼岡山県政策企画員(ともに非常勤特別職)。2015年3月、広島県庁の職を辞し、4月より兵庫県西宮市政策アドバイザーに就任。週の半分を西宮市、半分を岡山県庁で勤務する

年収大幅ダウンも「自己投資」として地方へ

地方行政へのキャリアチェンジは、香港のビジネススクールへの留学を経て、デロイト トーマツ コンサルティングでコンサルタントをして1年ほど経った頃だ。

マッキンゼー時代の先輩から、広島県の湯崎英彦知事が参謀となるスタッフを探していると聞いた。湯崎知事は、もともとは通商産業省(現・経済産業省)の官僚出身ながら、スタンフォード大学MBAの留学経験もあり、起業したこともある人物。知事になり、民間の手法を行政に持ち込みたいと考えていた。

アイデアはいっぱいあり、それを実行するスタッフを求めていたわけだ。シニアなポジションと聞いたので、自分は経験不足かもしれないと思いながらも、出島はダメ元で湯崎知事に連絡をした。

湯崎知事はすぐに時間をつくってくれ、東京で90分ほど膝を詰めて話すことができた。「ぜひ、広島県に来てほしい」。湯崎知事にそう言ってもらえた。共感できるポイントもたくさんあり、出島もすぐに広島県への転職を決めた。

「収入は大幅にダウンしました。でも、30代でもう一度留学しようかとも思っていたので、気になりませんでした」。出島にとっては、県庁への転職は将来への投資のようなものだった。

プライベートでは、婚約中だった。彼女も東京での仕事に区切りをつけようとしていたので、広島への移転を機に結婚した。

「妻は、『あなたが本当にやりたいことならやってみたら』と言ってくれました。縁もゆかりもない広島に引っ越すことに不安もあったと思いますが、あのとき背中を押してくれたことは今も感謝しています」

現場職員に常にリスペクトの姿勢

広島県では、プロジェクトの進捗状況や投資効果を見るためにKPI(重要業績評価指標)やIRR(内部収益率)といった指標をプロジェクト管理に導入した。民間企業では一般に見られる指標だが、役所では聞いたこともない人がほとんどだ。それを、出島流で役所に浸透させていった。

「県庁の職員は、むちゃくちゃ優秀。論理的な思考をする人も多い。だから、導入する目的と方法を説明するときちんと理解してもらえました」

この言葉からもにじみ出ているのは、相手を常にリスペクトする姿勢だ。自身が歩んできたキャリアに自信も誇りもある。しかし、それを誇示するのではなく、あくまでも現場の職員に歩み寄り、問題点を解きほぐし、解決へと導いていく。

出島の評判を聞きつけ、岡山県の伊原木隆太知事からも「手伝ってほしい」と声がかかった。広島県の湯崎知事と伊原木知事はスタンフォード大学MBAの同級生だ。2人の知事が合意し、出島は週に3回を広島県庁、2回を岡山県庁で勤めることになった。(文中敬称略)

(撮影:菅野勝男)

*来週火曜掲載の後編、「マッキンゼーで学びを生かし、地方の公教育にメス」に続きます。本連載は毎週火曜に掲載します。

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