淵田社長の地道な取り組み
浦和レッズは行政を動かせるか
2015/7/22
浦和レッズはJリーグを代表するトップクラブであり、行政を動かすポテンシャルがある。
埼玉スタジアムの改修、埼玉高速鉄道の延伸による隣接駅設置の実現に向けて、浦和レッズは行政を動かすことができるのか。
淵田敬三社長の三菱自動車時代の仕事を含め、スポーツライターの金子達仁が浦和レッズの可能性に迫る。
【第3回の読みどころ】
・アメリカ時代に全米自動車労働組合と対峙
・工場閉鎖寸前のストライキを対話で解決
・クラブスタッフ育成に本腰
・浦和レッズの社員は現在45人
・モットーは自律・自立・行動
・プロ野球を参考に設備投資
・埼スタのゴール裏に屋根をつけたい
・埼玉高速鉄道の延伸を求めて活動
全米自動車労働組合と対峙した経験
金子:浦和レッズの社長になるって決まったときの心境はいかがでしたか。
淵田:複雑でしたね。2014年の2月にレッズに行ってほしいと言われたんです。
そのとき私は、関東一円の販売会社(関東三菱自動車販売)の社長を務めていました。決算前の追い込みの時期で、一番大事なときでした。このタイミングは、ある意味、敵前逃亡みたいなかたちになってしまうので厳しいと思いました。
ただ、レッズ側からすると、社長(クラブの代表)がシーズン途中で交代すると、ビジネス面で中途半端になってしまいます。前職は2000人くらいの会社規模でしたが、店長たちにあいさつしてレッズに来ました。
金子:三菱自動車時代の経験は、今サッカークラブの社長をやるうえでどう生きていますか。
淵田:私は組合関係を担当して、アメリカではUAW(全米自動車労働組合)と交渉しなければならないときがありました。
金子:それはタフな人たちと対峙(たいじ)しましたね!
淵田:はい。ストライキを打たれて、工場が閉鎖になるかならないかの瀬戸際に追い込まれたこともありました。千何百人いる従業員に対して、最後は一人ひとりに語りかけなければなりませんでした。
労働条件を改定しないと採算が改善しない、とにかく継続していくには条件を受け入れて協力してくれ、と訴え続けました。
そういう意味では、最後はともかくみんなで話し合えばなんとかなると思っています。
サポーターや、スポンサーとの関係で問題が起きても、熱意があれば絶対に解決できる。そういう意味での経験値って言うのは、役に立っていますね。
とにかく動き続け、それによって期待したような結果が出なくても、時間が解決してくれるときもあると思えば、前向きに進めます。
それはクラブ経営も同じ。毎日とにかく一歩一歩、地道でいいから積み上げていく。抜本的にすぐに良くはならないかもしれませんが、われわれは一歩一歩足にマメをつくりながら歩いていく。選手は足がつりながらプレーしていますから、われわれも足がつるくらい努力しなければいけないと感じています。
クラブスタッフ育成へ投資
金子:今、着手したいことのベスト3を教えてください。
淵田:チームへの投資、これが1番。それから育成への投資と、スタジアムへの投資。
またクラブで働く人材への投資も大事で、今年から各種研修を計画的に導入します。これまでほとんどできていなかった。
金子:それは社長の発案ですか。
淵田:そうです。私はずっと人事畑で、教育がすごく大事だなと思っているんです。
昨年(横断幕の)問題が起きたときに、クラブ内の若手から多くの質問が投げかけられました。社長たちが夜を徹して会議しているが、議論されている内容が伝わってこない、と。
そのとき三菱自動車時代の経験を参考にして、レッズでも部署を横断したクロスファンクショナルチームを立ち上げました。たとえばスタジアムの設備をどう改善するかを、いろいろな立場の人間が意見を出し合う、という感じです。
その活動の中から、教育に飢えているという声があがった。それだったら、すぐにやろうということになりました。
モットーは自律・自立・行動
金子:今、クラブでは何人が働いていますか。
淵田:社員としては45人です。ほかの契約形態も含めると60人くらいです。
金子:クラブの職員にはどんなことを訴えていますか。
淵田:これは三菱の販売会社にいるときから言っていることなんですが、自律・自立・行動と言っています。
自ら律して、自ら立って、自ら考えて動く。各自がそう動けば、必ず組織として何かが変わるはずです。忙しいとつい次の試合のことだけに精一杯になってしまうんですが、自分で時間をつくって新しいことをやっていく。そんなクラブにしたいと考えています。
私がサッカーを始めたときは、「日本サッカーの父」と呼ばれるデットマール・クラマーさんのサッカーの3Bという言葉がありました。ボールコントロール、ボディバランス、そしてブレインです。
ブレインというのは頭がいいという意味ではなく、自分で考えて行動するということ。監督に言われたからやるのではなく、自分で考えて動くことが大事。それはサッカーでもビジネスでも同じだと思います。
車の販売会社の社長だったときは、100店舗くらいありましたが、売れるセールスマンは一握りです。マネジメントとしては全体をいかに売れる集団にできるかですが、しっかりやれば結果が出ることを示せば、行動は変わってきます。売れるセールスマンは当たり前のことを、当たり前にやっているだけなんです。
プロ野球を参考に設備投資
金子:レッズの社長として、自動車メーカーが親会社のクラブには絶対に負けたくないというのはありますか。
淵田:それもありますが、すべてのチームに負けたくないと考えています。レッズだからといって偉ぶるつもりは毛頭ないですし、面白い取り組みを耳にしたらどんどん話を聞きに行っています。われわれにはない取り組みが他チームにはいっぱいあるからです。
たとえばマーケティングに関しては、ほかのクラブからたくさんのことを教えてもらいました。
あと野球はすごいですよね。埼玉西武ライオンズさんのところに行きました。話を聞いたら、決して西武さんはパ・リーグの中で取り組みが早いわけではなかったそうなんですが、設備に対してしっかり投資をしていました。
西武プリンスドームでは、Wi-Fiのアクセスポイントを数多く設置したそうです。パ・リーグではベースとなる仕組みがあって、導入の際には他球団の人たちが手伝ってくれたそうです。
今年から導入した入場の抽選システムは、東京ヤクルトスワローズさんを参考にしました。ヤクルトさんは違う目的で似たシステムを持っていて、それを応用したそうです。
地道な行政への働きかけ
金子:スタジアムについて聞かせてください。ヨーロッパのスタジアムや日本のプロ野球の球場は、改修を繰り返していくたびに新しくなる印象があります。Jリーグのスタジアムがそうなるためには、どうすればいいでしょうか。
淵田:行政に働きかけていきます。行政の方たちにはスタジアムの改修について相談していこうと思っています。
ただし、われわれとしてはゴール裏に屋根をつけたいんですが、なかなか難しい。屋根をつけると、日照エリアが狭くなって、芝の育成に良くないという反対意見もあります。
また、浦和美園駅から埼玉高速鉄道を延伸され、スタジアムの横に最寄り駅ができればアクセスは改善されます。私も推進メンバーのひとりになっています。ただ、なかなかハードルが高そうです。
金子:それが実現したら、アクセスが一気に良くなりますね。
淵田:あとは浦和美園駅付近の道路事情。バス専用レーンをつくれば、一気に試合後の渋滞が解消する。これからも地道に行政に働きかけていきたいと思います。
(構成:木崎伸也、写真:福田俊介)
*「Jリーグ・ディスラプション」の第1弾となる淵田敬三社長(浦和レッズ)インタビューは、月曜日から水曜日まで3日連続で掲載しました。木曜日はデロイト トーマツの会計士による浦和レッズの経営分析を掲載する予定です。