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連載キックオフ企画:村井満チェアマン 第2回

護送船団方式を止め、競争主義でJリーグを変える

2015/7/14

Jリーグは日本全国でサッカー文化を育むために、小さなクラブを保護してきた。いわゆる「護送船団方式」だ。

しかし、その弊害でビッグクラブが生まれづらい状況になっていた。

今、村井満チェアマンはその問題に取り組もうとしている。スポンサー収入や放映権料に実力主義を導入し、格差が生まれるのを許容し始めたのだ。

村井チェアマンの構想に、スポーツライターの金子達仁が迫る。

【第2回の読みどころ】
・降格があると投資家が投資しづらい
・債務超過ゼロの健全経営で勝負
・護送船団方式から脱皮
・スポンサーへの貢献度で広告収入を配分
・有料TV加入者数に応じて放映権料を配分
・順位に応じて分配金に傾斜
村井満(むらい・みつる) 1959年埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、日本リクルートセンター(現在のリクルート)に入社。入社当初は求人広告の営業を行い、のちに人事部に異動。 2000年に人事担当の執行役員に就任し、2004年にリクルートエイブリック(のちのリクルートエージェント)代表取締役に就任。2011年にリクルートの香港法人の社長を任され、2013年まで務めて同社会長に昇格。一方、2008年からJリーグの社外理事を務め、2014年1月、5代目のJリーグチェアマンに就任した

村井満(むらい・みつる)
1959年埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、日本リクルートセンター(現・リクルート)に入社。入社当初は求人広告の営業を行い、のちに人事部に異動。2000年に人事担当の執行役員に就任し、2004年にリクルートエイブリック(のちのリクルートエージェント)代表取締役に就任。2011年にリクルートの香港法人の社長を任され、2013年まで務めて同社会長に昇格。一方、2008年からリーグの社外理事を務め、2014年1月、5代目のJリーグチェアマンに就任した

投資家がJリーグにちゅうちょする理由

金子:アメリカのメジャーリーグサッカー(MLS)には年俸600万ドル(約7億2000万円)を超える選手が出てきました。一方でJリーグは1億円台で踏みとどまっている。この差をどう埋めますか。

村井:これはプロ野球の特徴でもあるのですが、アメリカのMLSはクラブ数を制限し「降格」がありません。そのため投資家としては出資するリスクが小さい。

その点、JリーグはJ1のときに投資しても、下位ディビジョンに降格する可能性があり、投資する立場からするとリスクが大きい。この差は確かに大きいと思います。あくまで投資家の目線で考えれば、より安心・安全なのは昇降格制度のない大会方式でしょう。MLSはそうして投資家を呼び込める方式を重視していますね。

健全経営で投資を呼び込む

金子:昇格・降格があるJリーグとしては、どうしましょう?

村井:日本にしかない優位性をきちんと評価して、それを活用していくことに活路を見いだしています。今年4月、ロンドンで世界のリーグ関係者に向けて講演する機会があったのですが、2014年度J1、J2クラブの決算において、前年度は16クラブあった、3年連続赤字・債務超過のクラブがゼロになったと発表したら、非常に大きな反響がありました。

加えて、Jリーグでは八百長が一度もない。世界のリーグ関係者にとって、この2つはすごく画期的なことだそうです。

日本からするとJリーグは入場者数や放映権料がヨーロッパのトップリーグに比べて見劣りするように思えても、世界で誇れることがあるんだと。そのことに気づかされました。投資家にとっても、債務超過のクラブがないのは大きなプラス材料になるはずです。

金子:健全経営はアドバンテージなるわけですね。

村井:なります。破産しそうなクラブには誰も投資しないですよね。連続赤字や債務超過のクラブをなくすのは大変なことですが、Jリーグではライセンスを導入し、3年間の猶予期間を設けたところ、J1、J2全クラブがそれに適応しました。(編集部注:昨年創設したJ3は2016年度決算までを猶予期間としている)

リーグ創立から約20年かけて、ようやく債務超過ゼロを実現し、経営上のベースラインに立てた。今は成長戦略に入っていく分岐点だと思います。

護送船団方式からの脱皮

金子:分岐点にするための方策は?

村井:今までJリーグは護送船団方式で収益をクラブへほぼ均等配分していましたが、それを少しずつ傾斜配分へ変えていきます。

去年、理事会で侃々諤々(かんかんがくがく)の議論のうえ、最終的には全クラブの合意を得て3つのポイントで傾斜配分することが決まりました。傾斜角度は慎重に設定していきますが、今後は経営努力に応じて、配分額を変えていきます。

スポンサーへの貢献度に応じて配分

まず1つ目はスポンサー収入です。

これまではスポンサー収入を全クラブに均等に配分していました。しかし今年からは、各クラブがJリーグパートナーの活動にどれだけ協力したかで、金額に傾斜をつけます。

たとえば、今年から明治安田生命さまにリーグタイトルスポンサーになっていただきました。そのパートナーシップの一貫として、生命保険に関するアンケートをスタジアム周辺で取るとしましょう。

各クラブが協力するには、人手もコストもかかります。そこで今後は、リーグスポンサーのアクティベーションやキャンペーンへの協力度に応じて、配分金の額を変えることに決めました。

金子:極めてまっとうな判断だと思います。

有料TVの加入者数に応じて配分

村井:2つ目は放映権料です。Jリーグの試合を放送していただいている「スカパー!」さまからの放映権料を、段階的に傾斜配分することにしました。

スカパー!のJリーグの視聴を申し込む際に、どのクラブのサポーターかという質問を設けて、加入数に応じて放映権料を分配するのです。

順位に応じて分配金に傾斜

そして3つ目は順位です。少なくとも今後2年間は、J1では順位に応じて分配金の額を変えることに決めました。

全体の配分金が決まった中でのゼロサムゲームなので、総論賛成、各論反対とする意見が多く、相当に議論が白熱しましたけどね。

金子:それを押し切られたわけですね。

村井:各論での反対はありましたが最終的には総論となるJリーグ全体の成長戦略に全クラブが合意し、傾斜配分へのシフトを決議することができました。これからは経営努力をしたクラブに報いていきます。

部屋の奥に中西大介・常務理事と中野幸夫・専務理事の席が見える

部屋の奥に中西大介・常務理事と中野幸夫・専務理事の席が見える

男の子がなりたい職業1位

金子:それにしてもチェアマンがおっしゃったように、給料未払いゼロってなかなかないですよね。

村井:Jリーグは世界に誇れるものをいっぱい持っているんですよ。家族でスタジアムに行けるという観戦環境は、世界中に胸を張れます。もしスタジアムにおけるテクノロジーやITに投資できるなら、世界の観戦環境をリードできる可能性すらある。

選手の育成システムも、アジアの中では優位に立っています。そういう無形資産も、どんどんアピールしていきたい。

金子:決して年俸は高くないんですが、コツコツ力をためてきたことが実ろうとしていますね。

村井:Jリーグに関わる前まではJリーグがこんなに可能性を秘めているとは想像していませんでした。何よりも期待を持てるのは、調査会社のアンケートで「男の子がなりたい職業」の1位が5年連続でサッカー選手なんですよね。

そういう子どもたちが企業の経営者になったとき、Jリーグをスポンサードすることに興味を持ってくれるはずです。まだ今は企業に「スポンサーをお願いします」と営業に回っても、サッカーをやられていた方は少ない印象ですが、この先は変わる。日本サッカーが置かれた状況は、悲観するようなものではないと思います。

生まれたときからJがある世代

金子:来年の大学新卒、社会人1年生は生まれたときからJリーグがある世代ですもんね。

村井:自分のホームタウンに、プロクラブがあるのはすごく幸せなことだと思います。居場所があるわけですから。

サラリーマンは会社を辞めると、急に居場所を見つけることは難しいですよね。でもスタジアムに行けば、2週間に1回のペースで仲間に会えるわけじゃないですか。自分の生活に居場所があるのはかけがえのないことだと思います。

(構成:木崎伸也、写真:福田俊介)

*「Jリーグ・ディスラプション」のキックオフ企画となる村井満チェアマンインタビューは、月曜日から金曜日まで5日連続で掲載する予定です。

<連載「Jリーグ・ディスラプション」概要>
本連載はJ1クラブの社長を、スポーツライターの金子達仁がインタビュー。月曜日から水曜日まで社長インタビューを掲載し、木曜日にデロイト トーマツの会計士による経営分析、金曜日に総括を掲載する。7月20日から始まる第1弾では、浦和レッズの淵田敬三社長を取り上げる予定だ。