連載キックオフ企画:村井満チェアマン 第2回
護送船団方式を止め、競争主義でJリーグを変える
2015/7/14
Jリーグは日本全国でサッカー文化を育むために、小さなクラブを保護してきた。いわゆる「護送船団方式」だ。
しかし、その弊害でビッグクラブが生まれづらい状況になっていた。
今、村井満チェアマンはその問題に取り組もうとしている。スポンサー収入や放映権料に実力主義を導入し、格差が生まれるのを許容し始めたのだ。
村井チェアマンの構想に、スポーツライターの金子達仁が迫る。
【第2回の読みどころ】
・降格があると投資家が投資しづらい
・債務超過ゼロの健全経営で勝負
・護送船団方式から脱皮
・スポンサーへの貢献度で広告収入を配分
・有料TV加入者数に応じて放映権料を配分
・順位に応じて分配金に傾斜
投資家がJリーグにちゅうちょする理由
金子:アメリカのメジャーリーグサッカー(MLS)には年俸600万ドル(約7億2000万円)を超える選手が出てきました。一方でJリーグは1億円台で踏みとどまっている。この差をどう埋めますか。
村井:これはプロ野球の特徴でもあるのですが、アメリカのMLSはクラブ数を制限し「降格」がありません。そのため投資家としては出資するリスクが小さい。
その点、JリーグはJ1のときに投資しても、下位ディビジョンに降格する可能性があり、投資する立場からするとリスクが大きい。この差は確かに大きいと思います。あくまで投資家の目線で考えれば、より安心・安全なのは昇降格制度のない大会方式でしょう。MLSはそうして投資家を呼び込める方式を重視していますね。
健全経営で投資を呼び込む
金子:昇格・降格があるJリーグとしては、どうしましょう?
村井:日本にしかない優位性をきちんと評価して、それを活用していくことに活路を見いだしています。今年4月、ロンドンで世界のリーグ関係者に向けて講演する機会があったのですが、2014年度J1、J2クラブの決算において、前年度は16クラブあった、3年連続赤字・債務超過のクラブがゼロになったと発表したら、非常に大きな反響がありました。
加えて、Jリーグでは八百長が一度もない。世界のリーグ関係者にとって、この2つはすごく画期的なことだそうです。
日本からするとJリーグは入場者数や放映権料がヨーロッパのトップリーグに比べて見劣りするように思えても、世界で誇れることがあるんだと。そのことに気づかされました。投資家にとっても、債務超過のクラブがないのは大きなプラス材料になるはずです。
金子:健全経営はアドバンテージなるわけですね。
村井:なります。破産しそうなクラブには誰も投資しないですよね。連続赤字や債務超過のクラブをなくすのは大変なことですが、Jリーグではライセンスを導入し、3年間の猶予期間を設けたところ、J1、J2全クラブがそれに適応しました。(編集部注:昨年創設したJ3は2016年度決算までを猶予期間としている)
リーグ創立から約20年かけて、ようやく債務超過ゼロを実現し、経営上のベースラインに立てた。今は成長戦略に入っていく分岐点だと思います。
護送船団方式からの脱皮
金子:分岐点にするための方策は?
村井:今までJリーグは護送船団方式で収益をクラブへほぼ均等配分していましたが、それを少しずつ傾斜配分へ変えていきます。
去年、理事会で侃々諤々(かんかんがくがく)の議論のうえ、最終的には全クラブの合意を得て3つのポイントで傾斜配分することが決まりました。傾斜角度は慎重に設定していきますが、今後は経営努力に応じて、配分額を変えていきます。
スポンサーへの貢献度に応じて配分
まず1つ目はスポンサー収入です。
これまではスポンサー収入を全クラブに均等に配分していました。しかし今年からは、各クラブがJリーグパートナーの活動にどれだけ協力したかで、金額に傾斜をつけます。
たとえば、今年から明治安田生命さまにリーグタイトルスポンサーになっていただきました。そのパートナーシップの一貫として、生命保険に関するアンケートをスタジアム周辺で取るとしましょう。
各クラブが協力するには、人手もコストもかかります。そこで今後は、リーグスポンサーのアクティベーションやキャンペーンへの協力度に応じて、配分金の額を変えることに決めました。
金子:極めてまっとうな判断だと思います。
有料TVの加入者数に応じて配分
村井:2つ目は放映権料です。Jリーグの試合を放送していただいている「スカパー!」さまからの放映権料を、段階的に傾斜配分することにしました。
スカパー!のJリーグの視聴を申し込む際に、どのクラブのサポーターかという質問を設けて、加入数に応じて放映権料を分配するのです。
順位に応じて分配金に傾斜
そして3つ目は順位です。少なくとも今後2年間は、J1では順位に応じて分配金の額を変えることに決めました。
全体の配分金が決まった中でのゼロサムゲームなので、総論賛成、各論反対とする意見が多く、相当に議論が白熱しましたけどね。
金子:それを押し切られたわけですね。
村井:各論での反対はありましたが最終的には総論となるJリーグ全体の成長戦略に全クラブが合意し、傾斜配分へのシフトを決議することができました。これからは経営努力をしたクラブに報いていきます。
男の子がなりたい職業1位
金子:それにしてもチェアマンがおっしゃったように、給料未払いゼロってなかなかないですよね。
村井:Jリーグは世界に誇れるものをいっぱい持っているんですよ。家族でスタジアムに行けるという観戦環境は、世界中に胸を張れます。もしスタジアムにおけるテクノロジーやITに投資できるなら、世界の観戦環境をリードできる可能性すらある。
選手の育成システムも、アジアの中では優位に立っています。そういう無形資産も、どんどんアピールしていきたい。
金子:決して年俸は高くないんですが、コツコツ力をためてきたことが実ろうとしていますね。
村井:Jリーグに関わる前まではJリーグがこんなに可能性を秘めているとは想像していませんでした。何よりも期待を持てるのは、調査会社のアンケートで「男の子がなりたい職業」の1位が5年連続でサッカー選手なんですよね。
そういう子どもたちが企業の経営者になったとき、Jリーグをスポンサードすることに興味を持ってくれるはずです。まだ今は企業に「スポンサーをお願いします」と営業に回っても、サッカーをやられていた方は少ない印象ですが、この先は変わる。日本サッカーが置かれた状況は、悲観するようなものではないと思います。
生まれたときからJがある世代
金子:来年の大学新卒、社会人1年生は生まれたときからJリーグがある世代ですもんね。
村井:自分のホームタウンに、プロクラブがあるのはすごく幸せなことだと思います。居場所があるわけですから。
サラリーマンは会社を辞めると、急に居場所を見つけることは難しいですよね。でもスタジアムに行けば、2週間に1回のペースで仲間に会えるわけじゃないですか。自分の生活に居場所があるのはかけがえのないことだと思います。
(構成:木崎伸也、写真:福田俊介)
*「Jリーグ・ディスラプション」のキックオフ企画となる村井満チェアマンインタビューは、月曜日から金曜日まで5日連続で掲載する予定です。