2024/6/29

「何でも即レス」をやめた。人生後半戦を豊かにする時間術

フリーランス
通勤電車に乗って会社へ行き、忙しい一日を送る。このまま同じような毎日を過ごしていいのだろうか──。ふと、そんな疑問を抱いたことがある人は多いのでは?

『このプリン、いま食べるか? ガマンするか? 一生役立つ時間の法則』著者の柿内尚文さんもその一人。

ある出来事をきっかけに後悔しない時間の過ごし方について考えてきた柿内さんに、ガラッと大きく生活を変えず、日々を豊かにする時間の使い方について聞きました。
INDEX
  • 「記憶に残らない時間」への危機感
  • 同じ時間でも「意味付け」によって価値は変わる
  • 「1日24時間」ではない
  • マインドハックは「複数の視点を持つこと」

「記憶に残らない時間」への危機感

出版社で常務取締役として編集部を統括しながら、編集者としてもコンテンツ制作に携わっている柿内さん。
これまでに企画した本やムックの累計発行部数は1300万部以上に及び、自身の著書『パン屋ではおにぎりを売れ』『バナナの魅力を100文字で伝えてください』は累計30万部以上のベストセラーとなりました。
長年第一線で活躍を続けてきた柿内さんですが、あるとき「仕事がめちゃくちゃ忙しかった時期の記憶が抜け落ちている」ことに気付きます。
柿内「やばいなと思いました。このままでは記憶に残らない時間ばかり過ごしてしまうことになりかねない。加えて、40代半ばから男性更年期障害になったことで明らかな体調の変化もあり、これまでのように体を酷使した働き方ではダメだと危機感を抱きました」
働き方のシフトチェンジを真剣に考えるようになり、目を向けたのが時間です。「時間との向き合い方=人生との向き合い方」と捉え、時間の使い方を変える中での発見が新刊『このプリン、いま食べるか? ガマンするか?』のベースとなりました。
本書では時間を「幸福の時間」「投資の時間」「役割の時間」「浪費の時間」の4つに分類。
中でも「幸福の時間」を増やすことの重要性を指摘していますが、記憶がないほど多忙だった時期は「『役割の時間』と『投資の時間』が多かった」と柿内さん。
柿内「当時はひたすら目の前の仕事をやっていて、それでいいと思っていましたし、その蓄積は自分にとって意味のあることでもあった。だから後悔はしていませんが、もっと違うやり方があったとは思います」
(写真:UpPiJ / gettyimages)
中でも「もっとこうすればよかった」と思うのが、体をいたわること。特に記憶がない30代から40代頭にかけての柿内さんの生活は、とにかく仕事中心。平均睡眠時間は4〜5時間、徹夜も当たり前で、休みも気にしない日々だったと言います。
柿内「40代半ばで男性更年期障害に悩まされたのも、体に負荷をかけすぎたことが影響している気がしています。その反動が一気にきたというか、同世代と比べてもガタッと調子を崩した実感があって。
今の無理は10年後、20年後に響いてくる。だから長期的な視点で仕事人生を捉える必要があるのですが、当時の自分にその考えはなかったですね」

同じ時間でも「意味付け」によって価値は変わる

働き方を見直そう。そう思っても、目の前に迫り来る仕事を前にどうにかする余白はないのが現実です。そこで柿内さんが提案するのが、「時間を分解し、意味付けをすること」
柿内「全体で見ればしんどい仕事でも、好きな部分、やりがいを感じる部分、楽しい部分など、時間を分解して細部を見れば、何かしらプラスの意味付けができると思います。それだけでも少しは『幸福の時間』を増やせるはずです」
たとえ同じ時間であっても、「その時間にどのような意味を付けるかによって、価値は変わる」と柿内さん。
例えば、毎日の通勤時間を「仕事をする時間」と意味付ける。それだけでなんとなく過ごしている「浪費の時間」が「役割の時間」に変わります。
柿内「その際にはネーミングも大事だと思っています。僕は通勤電車を『電車オフィス』とネーミングしているのですが、これだけでだいぶイメージが変わりますよね。
人間は忘れる生き物なので、名前をつけることで『そうだ、仕事をする時間だ』と思い起こすことにもつながります」
大切なのは、小さな変化を意識すること。仕事のやり方を大きく変えたり、転職したりといった変化ではなく、日常を俯瞰して観察し、変えられそうなところからちょっとずつ変えることによって「複利効果で大きな変化につながっていく」と柿内さんは続けます。
柿内「大きく変化するのは大変じゃないですか。勇気がいるし、挫折もしやすいし、体力も必要です。それなら最初は『夜おいしいものを食べたい』といった小さなゴールでいい。
『1日をどう過ごせばおいしく夕飯が食べられるか』から逆算し、プロローグ化しながら、普段無意識に過ごしている時間に意味を付けていく。そうやって小さくゆっくりと『幸福な時間』を増やしていった先に、気付けば大きな変化があるのだと思います」

「1日24時間」ではない

目の前の仕事の時間に意味付けをして「幸福の時間」が増えたとしても、目の前の仕事が減るわけではありません。
膨大なタスクをToDoリストにまとめたものの思うように減らない。そんな多くの人を悩ませる問題に対し、「1日24時間という概念自体を変えること」を柿内さんは提案します。
柿内「睡眠や食事など、絶対に削れない時間を24時間から差し引いて、残った時間を1日の時間と考える。その結果、物理的に全部をやるのが無理な仕事量を抱えているなら、減らさざるを得ないですよね」
柿内さんが捨てたものの一つが「即レス」です。社内外から矢継ぎ早に来る連絡に対し、その都度すべてに反応するのをやめました。
柿内「そのために連絡ツールをメールなどに絞りました。いろいろなツールでやりとりをしていると、僕の場合、意識がどうしても分散してしまうので、連絡ツールを絞り込んでいます。予定は自分で管理したいのでスケジュールもオープンにしていません」
その目的は、単に業務量を減らすだけではありません。
柿内「僕にとって充実感のある仕事は、深く考えたり、自分で何かを生み出したりする仕事。でも、来たものに反応しているだけでは、目先の緊急度でしか仕事ができなくなってしまいますし、アイデアを考えるのも難しくなってしまう」
一般的に、若い頃ほど目の前の仕事に愚直に向き合い、手を動かすことが求められ、レイヤーが上がるほど考える時間の比率が上がるもの。年代や立場によって必要とされる働き方に合わせて、自分の仕事の仕方も見直す必要があるのかもしれません。
柿内「特に40代後半から50代は、終わりを意識する年代でもあります。何をするのが自分の仕事人生なのか、そこを考えなければ、最後まで来たものに反応するだけで終わってしまいかねないなと思います」

マインドハックは「複数の視点を持つこと」

いざ業務量を減らそうと思った時に、自分一人だけが働き方を変える心理的なハードルもあります。周りと同じように組織貢献に時間を割かなければと、同調圧力を感じてしまうことも。
それに対する柿内さん流のマインドハックは、「複数の視点を持つこと」です。
柿内「さまざまな視点で現状を見れば、自分にとっての当たり前が絶対ではないことが分かってきます。みんなと同じではない生き方をしている人は腐るほどいるわけで、視点をあちこちに散らばらせたときに見えるものを大切にするといいと思いますね」
特に勤続年数が長い人ほど、自社の「こうあるべき」に染まりやすいもの。意識的に自社以外の視点を持つ重要性は高そうです。
柿内「僕は『これ、インド人だったらどうなんだろな』とよく考えます。
例えば、世界を見渡せば時間にルーズな人の方がたぶん多いと思うんです。『時間に正確であるべき』は日本社会のルールであり、他国から見れば非常識かもしれない。
だから遅刻していいわけではないですが、『ワールドスタンダードではない』と思えるだけで見え方は変わりますよね」
視点の多様性を持って、変幻自在に視点を切り替えることで、目の前の捉え方を変えていく。同時に、長期的な時間軸を意識することも重要だと柿内さんは続けます。
柿内「働いて何十年も経ったときに、就職活動で行きたかった会社に受かった人とその会社に落ちた自分を比べたとしましょう。当時の差がそのままあるかと言われれば、そんなことないと思うんです。
だからこそ、遠い先を考えるといい。仕事の時間を減らして勉強をすることで一時的に成果が下がったとしても、10年後はより大きな成果が出せるようになっているかもしれません。
『目の前のことが全て』にならないためにも、視点の多様性を持っておいたほうがいいなと思います」
後編では、柿内さんの男性更年期障害の体験から見えてきた、40代後半以降の仕事人生を豊かにするヒントを紹介します。