2024/6/22
地域に眠る“働き手”を発掘、働きにくさを解消し、1分単位で勤務
バターの副産物・スキムミルクのアップサイクルから生まれた那須の新銘菓「バターのいとこ」。2018年の発売当初、1日300枚だった製造は、5年で1日4万個に激増しました。
INDEX
- 100箱が10分で完売!? ミニマム製造の限界
- スケールアップに欠かせなかった福祉の存在
- 就労支援事業にフレックスや1分単位の“分給制”
- 福祉の考えをパートにも適用
- フレキシブルな働き方を可能にし、地域に大きな雇用創出
一部の工程に機械製造を取り入れているものの、ほとんどが手作業の製造部門。急成長を支えたのは、地域の“眠れる働き手”でした。
子育て中のママ、アクティブなシニア、そして障がいのある人──。誰にとっても働きやすい環境を追求したGOOD NEWSならではのジョブスタイルとは。GOOD NEWSの子会社GOOD NEWS PARTNERSで就労支援部部長を務める小宅泰恵さんに伺いました。
100箱が10分で完売!? ミニマム製造の限界
「バターのいとこ」のルーツともいえる森林ノ牧場から車で20分ほど南下した黒磯地区。オシャレな街歩きが楽しめると今注目のエリアにある「Chus(チャウス)」は、農産物直売・カフェ・宿泊施設を備えた複合施設です。2018年3月に販売を開始した草創期の「バターのいとこ」は、このChusの軒先に建てられた3坪の工房で製造されていました。
当初から携わり、製造を担当してきた小宅泰恵さんは当時のことを振り返ります。
小宅「森林ノ牧場のスキムミルクからジャムを作って、生地を焼いて、ジャムを挟み、一つ一つ手で包装する。一日に製造できるのは100箱、300枚がやっとでした」
都内での催事出店や、SNSや口コミで評判になると、那須・黒磯への客足も伸び、店頭に並べた100箱が10分で完売してしまう日も。
もはや飲食店の軒先で、ミニマムに製造する事業スタイルは限界に。半年ほどで、スケールアップに舵を切り、大きな転換期を迎えます。
スケールアップに欠かせなかった福祉の存在
スケールアップの際、働き手の確保を任されたのが小宅さん。実は、代表の宮本吾一さんが直接スカウトした逸材でした。
小宅「結婚を機に隣町の大田原市に移住する前は、看護師として千葉県内の病院に勤務していました。移住してからは、2人の子育てと認知症の義祖母の在宅介護に奮闘。宮本に声掛けされたのは、義祖母を看取り、看護師への復職を考えていた時でした」
「バターのいとこ」の商品性から、いずれスケールアップすることになると考えていた宮本代表は、製造に福祉作業所の機能を持たせることを念頭に置いていました。
医療関係者で福祉分野にも明るく、働く母親の気持ちも、介護の大変さもわかっている貴重な人材。Chus にたびたび訪れる小宅さんの人柄も相まって、白羽の矢が立ちました。
小宅さんもその頃、福祉の手が必要な子どもたちの将来に不安を感じていたときだったといいます。
小宅「2人の子どもは自閉スペクトラム症で、早期療育に通っていました。療育機関の待合室は療育が必要な子どもたちであふれかえっている。そんな現場を見て、親世代がいなくなった後のこの子たちの将来はどうなるのだろう、と。地域の福祉事業所などの現状を調べていたときでもありました」
宮本さんの考えに共感したとはいえ、福祉事業も労務管理も未経験の小宅さん。少々不安を感じながらも、「やるっきゃない」と持ち前の明るさで、突き進んだといいます。
2019年10月、「バターのいとこ」の専門販売店を那須町に開店すると、その2階に、就労継続支援A型事業所としての機能を備えた製造工場をオープン。「バターのいとこ」にまた一つ、地域課題の解決のストーリーが加わることになりました。
就労支援事業にフレックスや1分単位の“分給制”
就労継続支援A型とは、一定の支援があれば雇用契約を結んだうえで働くことができる人を対象にした障がい福祉サービスのこと。福祉のサービスを受けながら、より一般雇用に近い環境で働くこともでき、将来的な自立も目指します。
小宅「障がいがあっても“働きやすくて、続けられる”環境をどうやったらつくれるかを第一優先に考えました。例えば基本時間は10~15時ですが、福祉事業所では珍しいフレックスタイム制を取り入れています。時間通りに来るのが難しい利用者さんもいますので、来た時間=就業開始にして、1分単位のタイムカードを導入しました。延長も短縮も自由で、帰る時間が退勤時間。一般就労を目指して週30時間勤務にも挑戦できます」
さらに、キャリアパスも設けているといいます。
小宅「出勤日数、出勤率、協調性や責任感など5項目設け、障がいの状態を考慮しながら半年に一度、評価をしています。2段階で昇給もできるので、やる気をもって取り組んでもらえると思います。
製造は、工程ごとに細分化しているため、利用者の特性に合わせて配置しています。手が震えてしまう利用者さんには、手が震えてもできる生地を混ぜ合わせる仕事を、車いすの利用者さんには、箱づくりなど座った姿勢でできる工程をお願いしています」
現在、統合失調症、適応障害、うつ、発達障害、ADHDなどの精神疾患、知的障がい、身体障がいなど30人ほどが利用しています。
福祉の考えをパートにも適用
そして、就労支援の考え方を、パートにも適用したのがGOOD NEWSのアイデアです。
小宅「このエリアは、一日中フルタイムで働きたいというニーズよりも、子どもが幼稚園や学校に行っている間の短い時間だけ働きたいというニーズが多い地域。長時間預かる保育園も少なく、フルで働けるお母さんは少ないです。だからこそ、基本時間を10~14時の4時間勤務としています。幼稚園の降園バスの時間に合わせて13時30分に退勤する方もいます。決まった曜日や週何回という日数も決めず、毎月20日までに翌月の希望を出してもらい、前日の12時までに連絡をくれれば翌日、勤務することも可能です」
自分や家族の都合に合わせて、勤務できると好評ですが、日によって労働力が偏ってしまうことももちろんあります。
小宅「働き手が多いときは、翌日分を修正して多めに焼いたり、厨房に入りきれないようなときは、梱包や箱づくりなどほかの業務にもついてもらったり。今では、バターのいとこ以外にドーナツやプリンなどの商品も生産しているのでお仕事はたくさんあるんです。
ただ、急なお休みはお互い様。
この気持ちだけはお互い持って、気持ちよく働こうということは、皆さんに常にお話ししています」
フレキシブルな働き方を可能にし、地域に大きな雇用創出
このフレキシブルな働き方は、眠っていた主婦層、とりわけ子育て中の母親にコミット。今では那須地区の人口1.5%にあたる300人ほどが登録し、4つの製造工場で、1日150人ほどが勤務しているとい言います。
小宅「工場自体は8~22時まで稼働しているので、朝早い時間帯はシニアが、日中はママや福祉事業所の利用者さんが、夜の時間は本業を終えたダブルワーカーが活躍してくれています」
複雑な勤怠管理やお給料振り込みの数が多くて大変ですけど、と笑顔を見せながら、小宅さんは続けます。
小宅「誰かとつながっている、という感覚がとても大切だと思います。土地が広い地域だからこそ、自ら出ていかないとつながれないという側面もあります。障がいのある人、子育て中のママ。地域で孤立しがちな方々と“働く”を通してつながれたらいいなと。そのためにも働きづらさをなるべく減らしたジョブスタイルで、長く働き続けられる環境を整えていきたいです」
次回は、社会課題解決型スイーツから始まったGOOD NEWSが那須の地でかなえたいネクストステージとは。『農×観×福』を実現する社会還元型ビジネスの全体像に迫ります。
取材・文:原知子
編集:岩辺みどり
撮影:工藤朋子
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集:岩辺みどり
撮影:工藤朋子
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)