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【最新科学】「大人の発達障害」が急増している理由

NewsPicks編集部
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    (株)こうゆう 花まる学習会 代表

    どなたかも書いているが、実態は変わらないが急増しているのは「診断名をもらった人の数」であろう。
    少し不登校傾向だったりすると大半の親は一度は病院に相談に行く。すると簡単に症状名をもらってしまえる時代になったのだ。

    ちなみに何千人もそのような子を預かって教えた立場からすると、大事なことは「症状を持った子を見る目」で見られて二次被害として「自信をなくす」ようなことにならないこと。
    「君が大好きなんだ」と存在自体を心から愛する態度で大人たちがこぞって見つめる「居場所」があれば、肝腎要の自己肯定感は毀損されない。そこをキープしていけば14.5歳になるとメタ認知して自分を客観視する視点が育つので、自分の癖や傾向を見つめて社会の常識に「調整し合わせて」行くことができる。
    30年以上の現場経験でそう思ってきたが、2年前に立ち上げた不登校の小学生を預かる部門(症状名もらってる子が大半)の画期的成功を見て、上記のことこそがキモだと確信を深めている。


  • ICTエンジニア

    ADHDが増えたというよりは、今まで明るみにされてこなかっただけのように思える。SNSの影響で、人々が簡単に内面を吐露できるようになった結果、誰かから共感を得てアドバイスを得て病院に行ったら、ADHDだったみたいな感じ。

    ただ、ADHDの話が出ると、どこまでを病気として判断して良いのかと常々思う。本人の怠け癖とかに問題があり、自助努力でどうにかなるものまでをADHDと呼ぶべきなのだろうか疑問。


  • 大多喜紅源CAMPINGBASE

    先日、友人に「俺、ADHDかも。」と言われ、「みんなそうだよ」と言ってしまったことを後悔しています。
    人には注意欠如や無計画性といった症状が出ることが多くの人に少なからずあると思っています。
    それゆえの発言だったのですが、その時の友人は、自分は病気なのかもしれないと"悩んでいた"のです。
    本人が悩んでいたのならなぜその気持ちに寄り添ってやれなかったのか。
    ADHDが医者にとっても判断が難しいのであれば、ADHDか否かなんかより、本人が悩んでいたら周りの人が寄り添う姿勢こそが大事なのではないかと思います。


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