【2018年特集】産業を作り、地域に貢献する。「理想的な資源開発」とは

2017/12/15
2015年、国連は161の加盟国首脳陣の承認のもと、世界が向き合うべき17のゴールと169のターゲット「SDGs」を採択した。国際社会が掲げるグローバル課題に対し、ビジネスを通じて解決を図るのが住友商事だ。SDGsを経営の主軸に据えた住友商事の“未来につながる事業”をひもとく。
人口増加とテクノロジーの発展にともない、先進国や新興国はより多くの資源を求め、世界全体で大規模な開発を進めている。
SDGsのゴールの一番目に、「貧困をなくそう」がある。資源開発は、途上国に新たな産業を生み出す一方で、周辺の自然環境や地域住民に対して大小さまざまなインパクトを与えることにもなる。
住友商事は現在、マダガスカルで世界最大級のニッケル・コバルト開発事業を展開している。途上国が抱える諸問題に詳しい、たかまつなな氏を聞き手に迎え、資源第一本部長の村井俊朗氏に事業の意義について聞いた。

世界最大のニッケル開発事業の実態

──資源開発のビジネスは、途上国の発展に直結する一方で、環境破壊や公害といった課題とも密接に関わるものです。
村井:そうですね。たとえば私たちが扱っている非鉄金属と言われる金・銀・銅・亜鉛・鉛・ニッケルなどは、人間が文明的な暮らしをするのに不可欠な資源です。
これらは地中深くに埋まっていて、そのまま眠らせておいては価値がなく、適切な方法で取り出して初めて価値が生まれます。
「適切な方法」とは、単に技術的な手法を指すのではなく、環境への配慮も含めた方法であるというのが、当社の考え方です。
実は、住友グループというのは、江戸時代に始めた別子銅山(愛媛県)の経営で成功を収めた歴史があります。しかしその過程には、社会や環境への被害を引き起こしてしまった苦い経験もあるのです。
そこで、煙害対策のために工場を別の島に全面移転したり、精製のプロセスを大きく変えたり、開発のための伐採で禿山になった山を緑化するなど、長期的視野にたった地域・環境との共生を最優先にして、鉱山経営にあたってきたという伝統があります。
マダガスカルで行っている「アンバトビー・プロジェクト」は、まさにその流れをくむ象徴的な事業といえますね。
たかまつ:(サンプルを手にしながら)これがニッケルですか? 見かけよりもすごく重い! 日頃なかなか目にする機会のないものですが、何に使われるものなんですか?
村井:ニッケルを使った金属で一番身近なのは、ステンレススチールですね。鉄にニッケルとクロームを混ぜて作る合金、要するに錆びにくい鉄で、ニッケルの需要は世界でおよそ年間200万トンもあります。
一方のコバルトは、鉄と混ぜると高温に強くなるため、たとえばジェットエンジンの部品などに使われています。
また最近ではパソコンやスマートフォンに使われるリチウムイオン電池の主な部材が、このニッケル、コバルトです。電気自動車(EV)の心臓部になるリチウムイオン電池の原材料としても使われるため、今後いっそう需要が増す資源として期待されています。
マダガスカルで一貫製造されているニッケルとコバルトの製品サンプル。
──「アンバトビー・プロジェクト」は、ニッケルだけで年間約6万トン、コバルトで約6千トンを生産するプロジェクトです。それぞれの世界シェアは3%、6%と非常に大規模なものです。
村井:鉱石から製品化までをカバーする一貫プラントとしては世界最大級の規模になります。マダガスカルの経済においても、農産品、繊維に次いで3番目の産業となっており、同国の全輸出の20%以上を占めているんです。
また、日本のニッケル地金の輸入シェアで見ても27%を占め、マダガスカルは日本にとっても最大の輸入国になっているのが現状です。
たかまつ:凄いですね。私は去年、JICAの青年海外協力隊の取材で、マダガスカルを訪れた経験があるんです。そのときに見た現地の暮らしはまだまだ未開というか、原始的で、とてもこのような大規模工場があるようには見えませんでした。
なぜマダガスカルを開発する事業をはじめたのか、その理由を教えてもらえますか?
村井:ニッケルは地中に埋まっているものですから、ある意味で場所は選べないんです。つまり、当社が鉱物資源の開発事業を行ってきた中で、たまたまニッケルが埋まっている場所に出合った、それがマダガスカルだったということです。
プロジェクトがスタートしたのは2007年です。カナダの技術企業と韓国の資源開発公社、計3社でパートナーシップを結んで進めていますが、住友商事の権益は47.7%で、当社は重要な責務を負っています。
たかまつ:当然、莫大な投資が発生する事業だと思うのですが、ビジネスとしての損益はどのように見込まれているのですか。
村井:鉱山経営というのは、マインライフ(鉱山寿命)を通じて、長期間を見越した事業です。
ニッケルはテクノロジーの進化と共に大量に使われるようになった資源ですから、需要はますます増えていくものと見込んでおり、ビジネスとしての収益も期待しています。

90%以上が現地人材。国に産業を作る

──事業地としてのマダガスカルには、どのような特性があるのでしょうか。
村井:マダガスカルはアフリカの東方にある、世界で4番目に大きな島です。アフリカ大陸から1億年くらい前に離れてできたとされていますが、意外にも住んでいる人々の多くは東南アジア系人種なんです。アジア的な顔つきなので我々としては親しみやすいところもあります。
アフリカ大陸南東、インド洋西部に位置するマダガスカル共和国。日本の1.6倍の国土に約2400万人以上の人口を擁する。主要産業は米やバニラなどの農業で、国民の約80%が従事。2015年の国民一人当たりの国民総所得(GNI)は日本の100分の1以下の420ドルであり、世界でも最貧国の一つに数えられる。
たかまつ:あ、それは私も感じていました。不思議な国ですよね。それに日本人みたいに、お米をすごく食べる印象を受けました。行く先々でお米が出てきたし、水田での農作業も体験したんですよ。
村井:そう、彼らは日本人の2倍も米を食べる民族なんです。1人あたり年間120キロを消費するとか。
たかまつ:ただ、風景は日本とまったく違いますね。
村井:手付かずの自然が残されているので、1000種類以上の希少生物が残っていると聞きました。
原猿類のワオキツネザルやアイアイが有名ですが、私が好きなのはカメレオン。世界中のカメレオン種の7割がマダガスカルに生息しているそうです。
マダガスカルの生物多様性は世界でも群を抜く。現在までに知られている野生動植物の種数は約25万種。そのうち8割がキツネザル類をはじめとした固有種(同地でしか見られない生物)とされている。
──そうした地域で、環境を守りながら、大規模な施設をイチから立ち上げるというのは、大変な難事業です。
村井:鉱山があるのは首都アンタナナリボの東側で、赤土の山です。赤いのは鉄分で、その中にニッケルが入っている。ここからトアマシナという港町まで、森の地中にパイプラインを通し、220キロの距離を1日で運んでいます。
パイプラインを通すためには森を切り開かなければなりません。しかし、生態系を破壊しないよう、ルートを24回も変更したという経緯があります。
たかまつ:鉱山だけでなく、精錬工場まで建てたわけですよね。電気も通っていない場所に、わずか数年でそれができてしまうということに驚きです。
村井:このプロジェクトの特徴として、中間製品として輸出するのではなく、一貫プラントとして精錬工場まで備え、製品化して輸出している点が挙げられます。
つまり、マダガスカルにとっては、より付加価値の高い輸出になっているわけです。
トアマシナに建造されたアンバトビー・プロジェクトのプラントは、約320ヘクタール(東京ドーム約60個分)の広さで、製造工程のすべてと付帯設備を完備する。
たかまつ:それは最終的にマダガスカルが経済的に自走できるように、という配慮でしょうか。
村井:もちろんそれもあります。一方で、同じ場所に一貫プラントを持つ方が効率的という考え方もある。一貫プラントを持ったことによって、マダガスカルという国には鉱業と工業、ふたつの産業が生まれたことになります。
たかまつ:現地に雇用も生まれたと思うのですが、従業員はどこの国の人が中心なんですか?
村井:工場建設時のピークには約2万人。完成後の現在は約7000人が操業にあたっていますが、90%以上が現地の人です。我々が日本から送り込んでいるのは、プラントに3人、首都アンタナナリボに3人だけですね。
このプロジェクトを計画した当初から、現地の人材で操業できることを目指し、マダガスカルの人材をトレーニングすることから始めました。ちなみに現在、我々のプラントはマダガスカルの就職先ランキングで3位です(現地人材派遣会社の調査による)
たかまつ:現地の人を90%も雇っているんですか? こう言ってはなんですが、現地の人々の暮らしをこの目で見ているので、ちょっと信じられません。
以前、JICAがマダガスカルで行っている農業支援を取材させていただいた時、現地の皆さんが口を揃えて「日本の製品は使えない」って言うので、驚いた記憶があるんです。
なぜならトラクターでも何でも、技術が発展し過ぎていて、壊れたときに誰も直せる人がいないと。
村井:そういう感覚が一般的ですね。たかまつさんも経験されたと思いますが、日の出と共に起きて、日が沈んだら寝る生活を送っている人が大半です。
だからこそ、我々のアンバトビー・プロジェクトでは、しっかりと工場の機器類の操作やメンテナンスの技術を身に着けてもらえるよう、従業員のトレーニングや教育を行っています。
将来的には、現地の人材だけで日常の操業ができるようになるのが理想ですね。

持続的に産業を残すための「事業精神」

たかまつ:アフリカは「ポテンシャルが高い地域」だという話をよく耳にするんです。でも、ポテンシャルだけでは現実を変えられないとも感じていて……。村井さんはどのように思われますか?
村井:鉱山のニッケル埋蔵量から、このプロジェクトの寿命はひとまず30年だと想定しています。しかし、工場の設備はしっかりメンテナンスすれば100年使えるものです。
つまり、今のプロジェクトが終わっても、他に新たな鉱脈が見つかれば引き続き工場の操業は継続できるはずです。
たかまつ:なるほど。立地的に言えば、アフリカの隣国から運んで来ることも可能ですね。プラントのすぐそばが港町ですし。
村井:ええ、プロジェクトが終わって我々がいなくなった後も、産業として残せる点は非常に大きいと思っています。そのためにもトレーニングが重要なんですけどね。
たかまつ:ただ、やっぱり気になるのは、現地の人々の気質です。以前、カメルーンで農業支援に参加した時に、現地の人にプログラムに参加した理由を聞いてみたら、「米が食べたいから」と言うんです。
なら、たくさんお米を作って売ればいいと提案すると、「なぜ? 仕事が増えるじゃないか」と嫌がられてしまいました(笑)。
村井:お金にあまり価値を感じていないからでしょうね。物々交換的なやり方で近所の人と都合し合えば十分生きてはいけるわけですから。
たかまつ:でも、それでは経済的な発展は見込めません。だからこそ住友商事のような企業が事業として参入し、その国の未来を考えて新たな産業を生み出すことは、とても大きな意義があると思います。
村井:資源開発というと、 以前は途上国の貴重な資源を持ち出す“搾取型”のビジネスというイメージで見られる方も多かったと思います。
確かに、長い歴史の中ではそういわれても止むを得ないような事例もあったのだと思います。
しかし、そんなやり方では、持続的なビジネスにはなり得えません。もっと長期的な視点から、企業利益のためではなく、社会利益も考えて取り組むべきものだと思います。
たかまつ:企業は自分たちの事業の「利益を損なわないため」にCSRをやるものだと思っていました。が、住友商事さんの考え方はそれとは本質的に異なるように感じます。
村井:そうですね。マダガスカルでは、アンバトビー以外にも住友商事として独自にCSR活動をしています。
農業振興として、アンバトビーで副生産物として産出する硫安(窒素肥料)の国内流通促進プロジェクトを支援したり、環境への取り組みとして植林も行っています。
また人材育成という観点では、アンタナナリボ大学の日本語学科の学生に対し、奨学金の支給も行っています。
これらは決して企業利益のためや、目先の対策のためのCSRではありません。マダガスカルの持続的な経済発展、地域社会の発展への貢献を目指した取り組みです。
2017年7月に新たに発行されたマダガスカルの最高額紙幣「20000アリアリ」(2017年12月現在のレートで約700円)。「アンバトビー・プロジェクト」のプラントが描かれている。
400年にわたり受け継がれてきた住友の事業精神に「自利利他公私一如」という言葉があります。これは、住友の事業は、住友を利するだけではなく、社会や国家をも利するものでなければならない、というものです。
住友家が別子銅山の経営で学んだ、社会や環境との共生の重要性もしかり、これはまさに現代のSDGsを先取りした精神規範だと思っています。
たかまつ:実は私、SDGsについても、結局は企業のイメージアップのための目標設定だと勘ぐっていたところがあるんです。
でも、今日のお話を聞いていると、そうではない可能性を感じました。日本企業のこういう考え方が、もっと世界に知られてほしいと思います!
(編集:呉琢磨、構成:友清哲、撮影:岡村大輔、デザイン:九喜洋介)