2030年の温暖化ガス削減について、菅義偉首相は13年比46%減にするとの目標を打ち出した。政策の「積み上げ」では届かない目標をあえて設定し、イノベーションを誘導する方向に賭けた。環境をテコにした各国の主導権争いがあり、対応を間違えば日本企業が国際供給網から締め出されかねないからだ。

 「積み上げの議論だけではない」──。

 小泉進次郎環境相は4月22日夜、従来の13年比26%減から46%減へ目標を引き上げた背景について記者団にこう語った。従来の経済産業省が重視してきた「積み上げ式」では、投入できる政策から実現可能な目標を定める。ところが国際的な温暖化対策の枠組みであるパリ協定では、各国が挑戦的な数値を示す。日本が「消極的」と見られると、国際的なサプライチェーンから締め出されるリスクも現実味を帯びていた。

22日夜、温暖化ガスの削減目標について説明する小泉進次郎環境相
22日夜、温暖化ガスの削減目標について説明する小泉進次郎環境相

 英国は35年までに1990年比で温暖化ガス排出を78%減にするとぶち上げた。22日の気候変動サミットでジョンソン首相は、まだ見ぬ技術革新について「明らかに政治的挑戦」と語った。各国首脳は「ambition(野心)」という言葉を連発。あえて高い目標を掲げ、企業に対応を求める。この競争が地政学と複雑に絡んでいる。

 日本の産業界に脅威となりつつあるのは、欧米が導入を目指す「国境炭素調整措置」だ。

揺れる産業界

 欧州連合(EU)は環境をテコに域内企業を保護する思惑もある。脱炭素への取り組みが不十分な国からの輸入に、2023年1月までに追加関税を導入するよう検討している。

 22日にはフォンデアライエン欧州委員長が「炭素には価格が必要」と強調した。フランスのマクロン大統領は域内の取引で環境影響を評価するだけでなく「貿易でも重要」と踏み込んだ。

気候変動に関するオンライン首脳会合で、画面(右)に映る菅首相。左端はバイデン米大統領(写真:共同通信)
気候変動に関するオンライン首脳会合で、画面(右)に映る菅首相。左端はバイデン米大統領(写真:共同通信)

 バイデン米大統領も19年に候補者だったときから、気候変動対策が不十分な国からの輸入に「炭素調整料金」または割り当てを課す構想を示してきた。米国は中国に対抗する手段として、脱炭素を名目に実現しかねない。

 新たな関税には、炭素が1トン当たりの価格を決める必要がある。自国内で高い脱炭素目標を設定すれば、国内の炭素価格は排出量取引で上昇し、輸入品への課税単価も引き上がる。EUは30年に90年比55%減との脱炭素目標を、米国は30年に05年比50~52%減の目標を立てた。

 日本は世界貿易機関(WTO)ルールとの整合性を問うが、関税を課されたら輸出の打撃になる。ニコンやソニーグループなど208社が日本政府に「50%削減を目指してほしい」と、気候変動イニシアティブ(JCI)の提言に賛同していた。富士フイルムホールディングスの川崎素子執行役員は「気候変動対応はグローバルビジネスの参加条件」と言う。

 ただ、産業界は一枚岩ではなく、経産省と環境省のあつれきの背景となってきた。日本製鉄の橋本英二社長は経産省の会議で再生可能エネルギーについて「現実的なものが必要」と慎重姿勢を示した。高炉は鉄鉱石の還元で二酸化炭素が出る。クリーンな水素還元の技術確立には巨額投資が必要という。

 小泉環境相は今回の目標が固まる前々から「重要なのは数値だけではない」と周囲に語っていた。現在の延長線での発想を転換しないと、むしろ世界で不利になる。今後は国内でカーボンプライシング(炭素の価格付け)の導入議論が本格化する。「妥当な価格」は欧米勢の課税に異議を唱える根拠となるだけに、その行方は産業界全体の今後に大きな影響を与えそうだ。

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中

この記事はシリーズ「1分解説」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。