会議やプレゼンの成功を左右する一つの要素は、いかに情報共有がしっかり行えているかだ。トヨタ式では、情報共有を徹底するべく、ボードに部署それぞれの目標や進捗を1枚のボードに記した「日常管理板」を使うという。製造業以外の業種でも活用するにはどのように運用するべきか。トヨタ式の業務改善コンサルティングを行うOJTソリューションズを訪ねた(月刊誌「日経トレンディ」2021年5月号の巻頭特集「ヒット企業直伝!最強の話し方・会議・プレゼン」 からご紹介します)。

 「カイゼン」などの「トヨタ生産方式」という現場マネジメントのノウハウが、世界中の企業で参考にされている。そんなトヨタ自動車の生産現場で活用されているノウハウから、実はオンライン時代のコミュニケーションも学ぶべきことがある。

 濃いコミュニケーションが取りづらいオンライン時代。その解決につながるトヨタ式の情報共有の方法が、「日常管理板」だ。

 日常管理板とは、会社の方針や目標を現場が取り組む課題にブレークダウンして、一枚のボードなどにまとめるという情報共有の方法だ。ボードに部署の目標やそれに関係する数値を記入していき、それを人目に付く所に大きく掲示。全員で共有する。

あらゆる部署の目標や進捗の数字などの情報が詰まった日常管理板の前で、議論をする光景
あらゆる部署の目標や進捗の数字などの情報が詰まった日常管理板の前で、議論をする光景

 トヨタ式の業務改善コンサルティングを担うOJTソリューションズの高木新治氏は、長年トヨタの生産現場で従事してきた経験を持つ。日常管理板について、「目標の指標に対してうまく進んでいるのか、あるいは良くないのかを明確化するとともに、どちらもその要因が何なのかを全員で共有するツールで、生産現場だけでなく、様々な職場で取り入れられる」と説明する。

トヨタ式の業務改善コンサルティングを担うOJTソリューションズの高木新治氏。右の書籍は『トヨタの日常管理板 チームを1枚!で動かす』(OJTソリューションズ著・KADOKAWA)
トヨタ式の業務改善コンサルティングを担うOJTソリューションズの高木新治氏。右の書籍は『トヨタの日常管理板 チームを1枚!で動かす』(OJTソリューションズ著・KADOKAWA)

 具体的には、ホワイトボードなどに紙を張ったり直接文字を書き込んだりして、縦横のマトリクス状に様々な情報を詰め込んでいく。一番上の列には課題に基づく「方針・目標」を掲示。その下の列には「達成するための数値目標」として、データなどを明示する。一番下の列は「改善・問題解決のテーマと進捗」で、目標達成にひも付く問題について、改善のための対策などを共有する。

 ポイントは、これを複数のジャンルについて同列に並べて見えるようにすることだ。それぞれのジャンルについて方針・目標から同様に落とし込んだ数値目標と進捗が並ぶ。

 ジャンルは、トヨタの生産現場では「安全」「品質」「生産」「原価」「人材育成」という「5大管理項目」に設定し、それにひも付く目標を掲げている。例えば品質なら「不良を作らない」、安全なら「職場災害ゼロ」となる。こうすることで、社内で自分の部署はもちろん、別の部署や担当が掲げている目標や進捗も一目で理解できるのだ。

これが実際に使用している日常管理板!

 「日常管理板を活用する大きなメリットが、目標を全員で共有できること」と高木氏は言う。会社が目指す目標と現場が実践していることがひも付けられ、一人一人が、自身がやっていることがどのように職場や会社の目標達成に寄与しているのか分かる。自分が役に立っている実感を得やすくなる。以下がトヨタの日常管理板だ。

上の段に方針、目標が書かれ、その下に達成するための数値目標。下の方にはテーマ別の達成状況や問題解決の提案が書かれている
上の段に方針、目標が書かれ、その下に達成するための数値目標。下の方にはテーマ別の達成状況や問題解決の提案が書かれている
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 目標を達成するための数値の推移や進捗が、日常管理板を通して共有されることで、目標に近づいているのかどうかも常にチェックできる。高木氏は、「目標は何でも数値化されていることが重要。漠然と目標に向かう夢を描くのではなく、目標に近づく行動ができているかどうかをシビアに検証しないといけない」と言う。

 目標達成したかどうかだけでなく、「目標をクリアしているものの、実は徐々に伸びが鈍化している」という場合もすぐに気付ける。この段階で対策を打つことで、目標未達につながる問題について、事前に対策できるを防ぐことができる。これは未然防止といい、トヨタで重視されている考え方だ。

 こうした業績の向上に直結するメリットの他にも、長期的にチーム力を高める効果も見逃せない。

 会社の目標とメンバーの役割が明確になっているので、メンバーの仕事にムダな努力が生まれない。成果となる数値は日常管理板に明示され、マネジャーはメンバーの頑張りに気付けるので、「褒める」「認める」機会が増える。前向きなコミュニケーションが増えて、マネジャーとメンバーの結束力を高めることにもなる。

 トヨタには、「なぜ」を繰り返し問うことで本質的な問題を探る「なぜなぜ分析」という手法がある。例えば、営業成績が伸び悩んでいる場合の分析なら「新規顧客を獲得できていないから」「なぜなら新規顧客と商談に持ち込めないから」「なぜなら新規顧客のニーズをつかめていないから」……と、より本質的な課題に気付くための問いかけになる。

 実績が明記された日常管理板を前にマネジャーがメンバーと一緒に、毎日のように行うことで、人材の育成に効果的といえる。

職場によって一部導入だけでも大きな効果

 「プロジェクトや部門横断で取り入れるのは難しい」という場合は、自分の担当範囲だけで取り入れるだけでもいい。マーケティングや広報でありそうなシーンを例に、実際に導入する際の考え方を示す。

 まずは方針・目標を決める。全体の方針を設定しづらい場合は、今の職場の困り事や役割から目標を設定してもいい。今回は「企業や商品の認知が広がっていない」ことを困り事とし、「メンバーがSNSアカウントを活用して、商品認知を2倍にする」ことを目標とした。

 次に、目標の達成に直結する指標を見つける。その際、目標を達成できたかを直接判断する「管理点」と、その数値を改善するための前提となる「点検点」の2つを設定する。今回の目標の場合は、管理点はどれだけリーチを達成できたかを示す「リツイート」や「いいね」の回数、点検点は「メンバーのSNS投稿の回数」と考えられる。

 そのとき、目標値は過去の実績などから設定する。推移をただ共有するだけでなく、数値が目標値を大きく上回った・下回った箇所にその要因や、それに対する上司のコメントも記載すれば、トヨタ式により近づく。

 最後に、改善や問題解決のための共有事項を明示する。このケースなら「多くいいねを獲得した」、あるいはその逆の投稿の分析を担当者が共有すれば、投稿の質の向上につながりそうだ。誰が何をやったかも共有できるため、投稿数が多い人や、拡散に成功した投稿をした人をマネジャーが評価して、やる気やチームワークを醸成する機会の創出にもつながる。

導入の一例。『トヨタの日常管理板 チームを1枚!で動かす』より編集部で作成
導入の一例。『トヨタの日常管理板 チームを1枚!で動かす』より編集部で作成
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即断即決できる会議になる

 会議についても、トヨタの哲学に基づいた進め方がある。

 「最も重要なのは、会議前の事前準備」(高木氏)。まず、日常管理板に代表される情報の共有は必須だ。目標や現状を参加者全員が共有していることで、会議の目的が明確になり、現状の説明といった不要な時間も削れる。有意義に意見が飛び交う会議にするために、先に紹介した「なぜなぜ分析」などを通して、課題を明確にしておくことも準備に含まれる。

 会議の場では、どうしても決定権を持つマネジャー、管理監督者が話す割合が多くなりがちだ。しかし、「会議は多くの人たちの意見を集める場。上位者になるほど、自分の役割を理解したうえで、意見を出しやすいようにする工夫が必要」(高木氏)と言う。

 そこで取り入れたいのが、人材育成と意見を出しやすい雰囲気づくりにつながる「1分間スピーチ」だ。喫緊の問題について議論するような場合でなければ、特に発言の少ない若手に、会議の中で自分の考えを1分間にまとめて話す機会をあえてつくる。これが自分の考えをまとめて、分かりやすく話す訓練になる。

 会議後にも注意を払いたいのが、会議の決定事項の〝風化”を防ぐことだ。「決めたことをやらなくなる、そもそもやり方が伝わらず徹底されていないというのは、教え方が悪い」(高木氏)という考えのもと、トヨタには風化防止のための資料まである。会議そのものをムダにしないために、一人一人の働きぶりの定期的なチェックは欠かせず、ここでも日常管理板が活躍する。

他にもある! トヨタで実践されている人生育成のツボとは

●トヨタ式 4つのキーワード
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(1)未然防止する

問題が発生する前に、その兆候を発見する

 日常管理板に掲示した目標達成のための数値の推移は、「目標値をクリアしているか」だけをチェックするのではなく、「数値が悪化していないか」「成長が鈍化していないか」という部分までチェックする。このような兆しが見えた段階で対策を打つことで、数値が大きく悪化したり、問題が顕在化したりする前の未然防止ができる。また、高い達成度が実現できた場合にはその要因を確認することで、よい状態の維持継続にもつながる。

(2)横串・横展する

他部署のノウハウを自身の業務に取り入れる

 トヨタでよく耳にするキーワードの一つが「横展(横展開)」。日常管理板は各部署の課題や、解決のための対策が載る「改善ネタの宝庫」なので、自部署の他の人が担当している部分や他部署の内容もチェックすべき。有用なノウハウは、自身の業務や自部署に“ヨコテン”したい。また、トヨタは日常管理板の一つのジャンルについて、課を横断してマネジャーが管理する「横串」スタイルを取る。これは、各課の悪い慣習などの改善につながる。

(3)脱・死料

会議のために余計な資料を作らない

 日常管理板を作ったら、会議の資料としてもフル活用する。職場の課題や改善策について議論する多くの場合、そのまま資料として使えるはずだ。日常管理板をリアルで作る場合は、ホワイトボードを使うなど移動できるようにしておく。トヨタが「死料」や「紙料」と呼ぶ、終わったらすぐ捨てられてしまうような会議のための無駄な資料を作る必要は無い。それに費やす時間を別の仕事に充てることで、職場の効率化が図れる。

(4)カンコツ習得

誰がやっても質の高い仕事ができる

 テレワーク時代では綿密なフォローが難しく、若手の育成が難しいと感じている人は多いだろう。だがトヨタには、テレワークをやっていない時代から、メンバーに仕事の要諦を伝えるための方法がある。ベテラン社員を中心に全員で効率的な、質の高い仕事をするための、細かなやり方をまとめた「作業要領書」を作っているのだ。通常のやり方だけではなく、品質・効率の維持の要所となる「カンコツ(勘やコツ)」まで明記するのがトヨタ式だ。

photo/川柳まさ裕、古立康三
イラスト/福原やよい

月刊誌「日経トレンディ」

 2021年5月号では巻頭で「ヒット企業直伝!最強の話し方・会議・プレゼン」を特集しています。新型コロナウイルスの影響でオンライン会議が当たり前になり、「空気読んでよ」「仲良くなってなんとか」というコミュニケーションが通用しなくなった今、会議やプレゼンなどビジネスでの話し方がますます重要になっています。

 コロナ禍でも成果を出しているヒット企業の共通点は実は、会議を重要視していることでした。効率よく、最も伝わる会議やプレゼンをするためにどんな工夫をしているのか。新年度に学びたい、リーダーのための話し方も紹介します。

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