この記事は日経ビジネス電子版に『変わる音楽ビジネス ヒットの新潮流』(3月25日~4月1日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』4月5日号に掲載するものです。
国内のライブ市場が8割縮小し、新型コロナウイルス禍で青息吐息の音楽産業。デジタル時代の新たなヒットの潮流が、一段と大きなインパクトをもたらす。追いつめられる既存のレコード会社は、どうやって生き残るのか。
2020年12月末、東京・有明。同年6月に開業したばかりのイベントホール「東京ガーデンシアター」で、女性アイドルグループ「私立恵比寿中学(エビ中)」のライブが開かれていた。
シアターの最大収容人数は約8000人。さいたまスーパーアリーナや日本武道館など大舞台を経験してきたエビ中であれば、通常なら満員になるところだが、会場では観客が座席を1席ずつ空けて開演を待っていた。
幕が開けた後は、特に寂しい光景だった。アイドルのライブには「コール」と呼ぶ観客の掛け声がつきものだが、ファンはマスクをつけ、声を発しない。ペンライトがただ光るだけだった。
ぴあ総研は国内の20年の音楽ライブ市場(チケット販売額)について19年より83%縮小し、714億円と推計した。19年までの9年間で2.6倍の規模に拡大していただけに、落差が目立つ。
2回目の緊急事態宣言が解除されたが、音楽事業者にとって喜べる状況ではない。大規模イベントを巡る制限は残るからだ。首都圏の4都県では解除後に「最大1万人」となり、4月19日から「収容定員の50%以内」になる。
ぴあの小林覚取締役は音楽文化の基盤が崩れかねないと危惧する。「このままだとライブ関係の技術者が他の業界に行ってしまい、公演を開きたいときに実行できなくなるのではないか」
コロナ禍の影響はCD市場にも広がった。日本レコード協会によると、CDやDVDなどの20年の生産額は、19年に比べ15%減り1944億円となった。ピークの1998年(6074億円)からは68%の減少となる。
●各種商品・サービスの市場規模の推移
1回目の緊急事態宣言中は楽曲の創作活動そのものが止まってしまった。アイドルとの「握手会」のようなイベントへの参加権を付けてCDを売る、という手法を取れなかったことも、市場が落ち込んだ大きな要因だ。
日本の音楽市場は、配信ビジネスよりもCDなどパッケージ商品のほうが大きい。90年代、CDバブルといわれたときの名残や、モノとして音楽を残したい日本人気質などが要因とされる。CDに依存していた市場構造が、この1年の間に深手を負う理由となった。
ただ、コロナ禍の影響だけを見ていると、市場に起きているもっと大きな変化を見逃してしまう。今、レコード会社などが担ってきた旧来型のビジネスが音を立てて崩れ始めているのだ。
札幌からいきなり世界へ
「こんなに多くの人に聞いてもらえるなんて、思ってもいなかった」。こう話すのは女子高生2人組のテクノバンド「LAUSBUB(ラウスバブ)」のボーカル、高橋芽以さんだ。
2020年12月、作曲を担当する岩井莉子さんと楽曲「Telefon」を発表。すると21年1月、ドイツの音楽共有サービスであるサウンドクラウドの週間チャートで、世界で人気の高い韓国ボーイズグループ「BTS」などを抑え、いきなり首位に立った。
「サウンドクラウドでいいバンドを見つけたら女子高生だった。すごい」。こんなツイッター上の投稿をきっかけに、Telefonの再生数が急増。2人は北海道に住む普通の高校3年生だが、レコード会社に所属しないまま、知る人ぞ知る存在となった。
ラウスバブは、個人で曲を自作して配信までやってしまう、いわゆる“DIY(自作型)アーティスト”だ。今、こうしたアーティストが次々と曲をヒットさせている。
レコード会社がライブハウスを回ってスターの卵を発掘し、ラジオやテレビ番組への出演を通してPRする。そんなかつての「ゴールデンルート」は、曲をヒットさせる道筋としてはもう古い。レコード会社からアーティストへパワーシフトが起き、レコード会社は存在意義を脅かされている。
DIYアーティストが誕生するようになった理由はいくつか考えられる。
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