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自然のなかでハイキングをしているとき、杖が折り畳み式のスツールに“変身”してくれたらどうだろうか。あるいは包装紙が、自ら物を包んでくれたとしたら──。
自らの形状を変える能力をもつ「アクティヴマター」と呼ばれる物質の概念は、何十年も前からSF映画では定番となってきた。例えば、『ターミネーター2』に登場する液体金属ボディのアンドロイド「T-1000」や、スパイダーマンの敵「サンドマン」がそうだ。
こうしたアクティヴマターの概念がそれほど無謀ではないかもしれないことが、最近になって米国やオランダでの実験から明らかになりつつある。研究者たちはワーム(ミミズなどの足のない細長い虫)が集まってできた塊を生物学的モデルとして用い、同じようにさまざまな形状に変化する能力をもつ機械的デヴァイスの設計を目指しているのだ。
助け合うワームの生態
アクティヴマターが作用する原理を研究するために研究者たちが観察したのは、何万匹ものカリフォルニア・ブラックワーム(学名:Lumbriculus variegatus)である。このワームは、集団を形成することで脱水や暑さから逃れようとするつつましい生物だ。
研究者たちは、このワームの動きを観察した。すると、ワームたちは自らを守るために球状に寄り集まってから何匹かを外部に送り出し、手足のような感覚器を形成して水分や涼しい場所を探し求めたのである。
「このワームの塊は、手に取るとスライムのように指の間を流れ落ちます」と、ジョージア工科大学の化学生体分子工学の助教授サード・バームラは言う。「ところが、球状に丸めて地面に投げつけても、飛び散ることはありません。跳ね返るのですが、死んでしまうこともありません。まとまったまま形状を維持します。固体のようにも液体のようにもふるまいます。平らな面を移動することもできますし、物体の上を集団で這って越えることもできるのです」
バームラと博士研究員のヤセミン・オズカン=アイディンは、研究室に小さなワーム用の“体育館”を用意し、個々のワームがどのように仲間を引っ張ったり絡み合ったりしているのかを観察した(下の動画はカリフォルニア・ブラックワームが動く様子を撮影したものだが、この種の虫が苦手な人にはおすすめしない)
“引き手”の役割を担うワームは、2〜3匹で15匹分の塊を動かすことができる。そこでオズカン=アイディンは、備えつけた小さなてこやポールを用いて引き手の力を測定した。すると、一部のワームはより強い力を発揮することがわかったが、容器内の温度を上げると次第に動きが鈍くなり、やがて動かなくなった。
また、ワームが集団で明るい光から離れていき、寒くて暗い場所に向かって移動する様子も観察できた。ワームには引き手として機能するものや、“持ち上げ役”となって塊全体の摩擦を減らせるようサポートするものもいた。
ワームが球状の塊になる理由
ミツバチや鳥、アリは、交尾や捕食者からの防御を目的として群れをなす。これに対してカリフォルニア・ブラックワームは、互いに絡み合うことによって個々にない能力を得る。
通常は淡水の池の底に生息し、バクテリアやその他の微生物を餌にしているが、干ばつが続いて池の水が減ると、乾燥を回避して生き延びるための一種の集団的意思決定により塊を形成する。球状に寄り集まることで単独でいるときより表面積を減らせるので、水分を維持しやすくなるからだ。この塊は10万匹にまで膨れ上がることもある。
実際にバームラが初めてこのワームに出合ったのは、まだスタンフォード大学の大学院生だった17年に、キャンパス内にある干上がった池のほとりを歩いていたときだったという。そのときバームラは、干上がった池にやがてどんな生物が戻ってくるのか気になった。
「カリフォルニアはひどい干ばつを経験したのですが、そのときちょうど雨が降ったあとだったので、わたしは心を躍らせていました」と、バームラは振り返る。「それでこの池に興味をもったのです。これほど長い干ばつのあとに水が戻ったとき、いったいどんなことが起きるのだろう、そしてどんな生物が現れるのだろうとね」
バームラは水の入ったボトルとピペットをもって池に戻ると、活力を取り戻して数匹の塊を形成し始めていたワームを採取した。スタンフォード大学で分子工学博士号を取得し卒業したあと、バームラはジョージア工科大学に移り、それ以来ずっとワームの塊の実験を続けてきた。
プログラム可能なアクティヴマターが誕生する?
ジョージア工科大学のチームは、研究室で実施したワームの研究に基づいて、ワームの塊の類似体(アナログ)となる単純な機械も構築している。オズカン=アイディンはワームの行動に基づいて設計図を描き、3Dプリントで体長3~4インチ(約7.6 ~10.1cm)ほどのロボットを6台つくった(実際のワームとは異なり2本のアームとふたつの光センサーを備えている)。そして、このロボットにいくつかの動きをプログラムし、ロボット同士が絡み合う様子を観察できるようにした。
この実験では、将来的にエネルギー効率の高い群ロボットを開発するための知見を得ようと、各ロボットが用いるエネルギー量を測定した。この結果、這う動きよりもボディをくねらせる動きをしたほうが、ロボットの消費エネルギーが少なくて済むことを、研究チームは明らかにしている。ジョージア工科大学の研究者たちは2021年2月に、ワームの塊とロボットの類似体を用いたこの実験の結果を『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に発表している。
ジョージア工科大学の物理学教授であるダニエル・ゴールドマンは、この種の研究が、やがてプログラム可能なアクティヴマターの開発につながるかもしれないと語る。アクティヴマターはこのワームの塊のように、物質の小さな粒子が刺激やプログラムに反応して自らを組織化し、形状を変化させられる仮説上の物質である。例えば、冒頭に挙げたような自ら物を包む包装紙や、必要な作業に合わせて自律的に形状を変える液体金属製の工具などを思い浮かべるといいだろう。
「こうしたロボットモデルは、生物学的な仮説を検証するための理論モデルや計算モデルのような役割を果たすことができます」と、ゴールドマンは言う。「ロボットによる物理的なシステムを実際に動かしてみることで、より優れた工学的デヴァイスの開発につながるインスピレーションを得られるのです」
SF映画のようなロボットは実現するか
アクティヴマターの概念は、オランダのアムステルダム大学の博士研究員アントワーヌ・ドゥブレも研究している。ドゥブレは鑑賞魚の餌に用いられる別の種類のワームでの実験で、運動のメカニズムを理解するためにその集団行動を観察した。その結果、類似するものとして、多くのプラスティックを構成する大きな分子であるポリマーの粒子の性質に注目している。
ドゥブレらが20年に物理学専門誌『Physical Review Letters』に発表した実験では、イトミミズ(学名:Tubifex Tubifex)の塊を特殊な装置に入れ、周囲の液体の粘性を測定した。液体の温度が下がるとイトミミズは液体の粘度や濃度を変化させ、液体を泥状の塊に変えた。これはプラスティックやその他のポリマーが冷却されたときに起きる現象と同じだ。ドゥブレは次のステップとして、用途に応じて素早く自律的に変形できる何らかの活性ポリマーやプラスティックの開発を目指すという。
ドゥブレは、ワームとロボットでつくるその類似体を用いたジョージア工科大学の実験が、狭い空間にも入り込めるようにプログラム可能な新しいデヴァイスや物質の開発につながるかもしれないと語る。まるでSF映画に出てくるような、あちこちに忍び込む能力をもつモンスターを思わせるものだ。
「こうしたワームやボットは、状況によって多様な用途の可能性が考えられます」と、ドゥブレは言う。「厳しい環境や紛争地域では、建物の狭いところや険しい地形を通り抜けることもできるかもしれません。そういったさまざまなことが思い描けます」
当然ながら、アクティヴマターやプログラム可能な形状可変物質の設計・開発は、まだ遠い先の話である。それでもバームラとゴールドマンは、物質を構成する微細な分子鎖や粒子を、実験室の生きたワームのように異なる形状や強度に変化させたり、流体や固体のように作用させたりできる日が来ると考えている。
だがそれまでは、絡み合ったワームの極めて奇妙な行動を観察するだけでも満足だとバームラは言う。そして、「もし自らの形状を変える能力をもつ生命体を思い浮かべるとしたら、このワームの塊はそれに最も近いものと言えるでしょうね」と語る。
「ワームはある場所から別の場所へと移動するために、あらゆる種類の摩訶不思議な行動をします。形状可変ロボットをつくることを目指すなら、これ以上に研究に適した対象などあるでしょうか?」
※『WIRED』によるバイオミミクリー(生物模倣)の関連記事はこちら。
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TEXT BY ERIC NIILER
TRANSLATION BY KAREN YOSHIHARA/TRANNET