社員に情報を隠す会社と、社員に情報を出す会社。一昔前ならどちらも成立したが、今や「ガラス張り経営」は必須だ。ただし、導入したものの、途中で挫折する会社も実は多い。ガラス張り経営の導入後に起きる混乱を整理し、それを未然に防ぐ方法、対処する方法を事例で考える。

(写真/PIXTA)
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<特集全体の目次>
・GMO 熊谷正寿氏「給与の公開直後は大混乱も、今の私にはストレスがない」
・未来志向の会社は情報を公開し、過去にこだわる会社は情報を隠す
・情報をオープンにしたら、役員の多額の交際費がばれる?
・他部門の数字に関心を持たない社員の意識をどう変える?
・経営数値を共有するのは無意味?
・中途社員との賃金格差を表沙汰にしたくない


あなたは、自分の給与(役員報酬)を社員に公開する勇気はあるだろうか。GMOインターネットの熊谷会長兼社長は、覚悟を決めて公開した。「多くの役員が辞めた」という混乱を乗り越えた独自の哲学を聞く。

<span class="fontBold">くまがい・まさとし</span><br> 1963年生まれ。91年ボイスメディア(現GMOインターネット)を設立。95年にインターネット事業に参入。99年に株式上場。インフラ、広告、金融などネット事業を広範に展開。2020年12月期の売上高は2106億円
くまがい・まさとし
1963年生まれ。91年ボイスメディア(現GMOインターネット)を設立。95年にインターネット事業に参入。99年に株式上場。インフラ、広告、金融などネット事業を広範に展開。2020年12月期の売上高は2106億円

役員全員の報酬をオープンにしているそうですね。

熊谷:ガラス張り経営とは、言い方を変えると「信頼」なんです。役員間の信頼やパートナー(社員)間の信頼。ガラス張りにすることで信頼が醸成される。逆に、ガラス張りでないために一番疑心暗鬼になるのが、給与の問題です。

 「あいつのほうが働いていないのに、自分より給与が高い」と真実を知った瞬間にやる気を失い、組織は崩壊する。だから、各人の目標とその結果、それに連動する報酬をガラス張りにすることが、互いの信頼を厚くするための一番のベースだと考えています。

信頼関係のベースが給与を開示することだと。

熊谷:以前の私にとって一番のストレスは、役員と報酬を交渉することでした。毎年「この私の腕を来年はいくらで買ってくれますか」と言ってくる。包丁1本さらしに巻いて、の世界と同じです。

 けれど神様でも、その人の能力に見合った正しい報酬額は分かりませんし、誰もが、他人が思うより自分のことを高く評価している。「私は彼よりも成果を挙げていて、仕事ができるから、年収2000万円はもらって当然だ」とか。自分のことを一番分かっていない人が自分なんですよ。

 この難題をどうすれば解決できるだろうと考えに考え抜いた結果、よし、給与は本人たちに決めさせようと思うに至りました。ただし、一対一で決めることはしない。

 報酬をどのように決めるかという算出方法から役員たちに委ねた上で、各人の目標、結果、報酬をオープンにする。そうしたら誰からも文句が出ないし、役員との給与交渉が一切なくなるということに気づいたのです。

 役員の給与公開を始めたのは2009年。それ以来、私は役員と給与の議論をしたことがありません。誰からも文句が出ない「GMO式ガラス張り報酬システム」を発明したのです。

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誰からも文句が出ない

発明ですか。

熊谷:どうして文句が出ないかを説明しましょう。

 GMOグループは今103社あり、そのうち10社が上場企業です。グループ全社で6100人のパートナーと呼ぶ社員がおり、うち200~300人が役員です。その役員に私はこう尋ねました。

 「自分たちの給与を決めたい人は手を挙げて」。すると3、4割が挙げた。手を挙げない人たちは、面倒くさいとかいろいろでしょうが、その中には、後になって文句を言う人もいる。それで「(報酬ルールを決めた後に)文句を言う人は手を挙げて」とも質問しました。

 給与を決めたい人、文句を言う人。この2つの人たちで報酬委員会を構成します。報酬委員会ではさまざまなKPI(重要業績評価指標)を出し合って検討し、評価方法と賃金算出のフォーマットをつくる。売上高、成長率、パートナーの数、上場か非上場か……など、さまざまなKPIをポイント換算し、報酬が決まる。

 GMOには「純度90」という言葉があり、何事も9割の人が賛成したらゴーする(前に進める)ようにしています。この給与の仕組みも、給与を決めたい人、文句を言う人に「純度90になっているか」と何度か確認。さらに他の役員からも意見を集めて「今年度の報酬決定システムはこの仕組みで、文句はないね」と最終確認した上で、社内ポータルサイトに開示します。

 こうした一連の流れを毎年続けています。だから、誰からも文句が出ないのです。

社長の報酬を抜く役員

熊谷さんは報酬委員会に入っているのですか。

熊谷:私は報酬委員会には入っていません。役員たちが決めた報酬決定システムに従って、私の給与も決まります。結果として、高い成果を出した人など、私より給与が高い役員は何人もいます。

 そして、私を含めて役員の給与は、今日入ったばかりのアルバイトでも、社内イントラネットで見ることができます。

役員の賃金総額をこれくらいに抑えようなど、原資のコントロールはしていますか。

熊谷:(付加価値に占める人件費の割合である)労働分配率を当てはめています。全体としての割合が変わらなければ、誰がどれくらいの金額を取ろうと経営的には問題ありません。役員報酬の割合は変わらないけれど、その決め方が極めてクリアになったという画期的な発明なんですよ。

パートナー(社員)の給与もオープンにしていますか。

熊谷:本体のGMOインターネットに所属するパートナーについては、各人の等級、そして等級ごとの賃金テーブルが開示されています。手当の有無で多少は上下しますが、「あの人は、これくらいの給与を取っているんだな」というのは互いに分かります。

導入当初は大混乱

給与をガラス張りにする過程で社内に混乱は生じましたか。

熊谷:ええ。脅すつもりはありませんが、私がこうして報酬決定システムのノウハウを話しても、簡単にはまねできません。これを導入すると、最初はものすごく組織が混乱して、かなり人も辞めますからね。それを皆さんが乗り切ることができるかどうか。

何人くらい辞めたのですか。

熊谷:十数年前のことなので忘れましたが、それまで、いいかげんな給与の決め方をして、人をたくさん採用してきたツケが出たとだけ言っておきましょう。

 弱い人はやはり抜けていきます。「自分はこれくらいの給与に値する」と思っていたら事実は違った。そんな人は何人も出てくる。成果も給与もガラス張りになったことで、他の役員のほうが自分より力があることが突きつけられるのです。完全な実力主義です。

 大混乱です。だから普通の会社ではあまりできないですよ。けれども、その時期を乗り越えたら組織はすごく強くなる。このことは知っておいてほしい。

熊谷さんに対する役員の態度も変わりましたか。

熊谷:冗談ではなく、私へのお世辞がすごく減りましたよ。私にお世辞を言っても、給与が1円も変わらないですから当然です。

 会社においては、役職と報酬を決めることが最大の人事権といえますが、社長がそのマネジメントパワーを握るという旧来型の経営を、私は否定しています。

 いいですか。設立してから20年間持つ会社はわずか0.3%だそうです。誰も失敗したくはない。経営者はみんな成功しようと思って創業したのに、300人に1人しか残りません。

 これは何を意味するかというと、他の会社と同じことをしていたら、絶対にだめになるということです。だから私は、他社と同じことをやらないと決めています。GMOはすべてをオリジナルでやるぞという決意で、創業から30年間、ずっと走ってきました。

 社内の仕組みは、他の会社と全く違う。例えば、普通の会社ならばおべっかを使って社長にすり寄ってきた人に「来年は役員にしてやるよ」と言いますが、GMOは立候補制です。役員になりたい人が手を挙げ、パートナーの前でプレゼンをしてもらい、みんなで決める。私が選ぶのではない。

なぜ立候補制なのですか。

熊谷:世間の会社では、「君にこの事業を任せる」と言って、実質的には社長が役員を選びますが、できなかったら、それは任せた側の責任です。私は違う。

 役員に何も頼まない。できる人にやらせます。「この事業を誰がする? 立候補してくれ」と。立候補して、事業がうまく進められなかったら、本人の責任です。そのほうがいいと思いませんか。

 役員は立候補制で、報酬はガラス張り。これは究極のマネジメント形態です。人事権の放棄ですよ。自走式の組織をつくるためには他の会社と、真逆の考え方をすることが非常に重要です。

在宅勤務で生きた仕組み

普通の会社がそこまで振り切るのは大変そうですが、ガラス張りにしたときの混乱期は、我慢して耐えたのですか。

熊谷:痛みは我慢せざるを得ないですよね。でも、その大混乱を乗り越えた今の私にはストレスがありません。役員と給与の交渉もしないし、こちらから役員に仕事を頼むこともない。こうしたやり方が企業体質として当たり前になると、最強の組織です。

GMOは昨年、新型コロナの感染拡大を受け、いち早く全社的な在宅勤務を導入して注目されました。ガラス張り経営で自走式の組織にしたことも、在宅勤務の成功要因でしょうか。

熊谷:要因の1つです。私たちは組織を強固にするために、自分たちが大切にする考え方「GMOイズム」の共有を通して、もともとコミュニケーションの〝貯金〟をしてきました。長い期間、在宅勤務をしても組織としての体が崩れることがないのは、そうした仕組みがベースにあるからです。ガラス張り経営もその1つです。在宅勤務を取り入れてから1年がたちますが、全社の業績に影響がないのも、仕組みづくりの結果です。

私は「ラッキー野郎」

経営者は権力を手放さない人が多い。熊谷さんの考え方がほかの人と違うのはなぜですか。

「GMOポーズ」をする熊谷会長兼社長。一番いいサービスを提供することを意味する
「GMOポーズ」をする熊谷会長兼社長。一番いいサービスを提供することを意味する

熊谷:僕が怠け者だからです。けれど、良い経営者とは、パートナーや役員のことを心から大事にしながら、事業を思う方向に展開しつつ、経営者本人は「自由人」でなければならない。毎日、役員との交渉に頭を悩ませているのは、強い経営者じゃないですよ。

 創業経営者の私がいなくなっても世の中に貢献し、成長をし続け、100年先まで持続する仕組みをつくることが、私の仕事です。

 創業経営者の多くがなぜ、短期間で消えていくかということを研究すると、単にラッキーな部分が多いだけなのに、自分の実力だと勘違いするからです。

 私が今、GMOの代表をしているのは私の力ではなくて、私が偶然、インターネットと巡り合って、偶然、こういうポジションに居させていただいているからです。いい仲間と巡り合って、いいサービスと巡り合った。全部が偶然です。「自分の実力だ」と思った瞬間から会社は終わる。

達観していますね。

熊谷:何よりも怖いのは、経営者の思いつきです。1つ目の事業がうまくいって、また次の事業の種を思いついた。内容は大したことがなくても、経営者が「これをやろうぜ」と言ったら、組織が動いてしまうわけです。それで失敗して会社を潰すんですよ。

 私は偶然、インターネットに巡り会って成功した「ラッキー野郎」です。そこは強く自覚しています。だから私は仕組みづくりに専念し、優秀な人たちに任せておいたほうが、うまくいくんです。

(この記事は、「日経トップリーダー」2021年3月号の記事を基に構成しました)

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