偽のインフルエンサーをでっち上げるドキュメンタリー映画が浮き彫りにした、「有名である」ことの意味

有名になることを夢見る3人の若者を、華やかな暮らしを装ったフェイク写真や金で買ったフォロワー数を駆使して“インフルエンサー”にでっち上げる──。そんなドキュメンタリー映画『Fake Famous』が、このほど米国で公開された。そこから浮き彫りになるのは、Instagramで有名になることの容易さと、楽しいことばかりではないインフルエンサーの現実だった。
偽のインフルエンサーをでっち上げるドキュメンタリー映画が浮き彫りにした、「有名である」ことの意味
PHOTOGRAPH BY HBO

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ロサンジェルスのメルローズ・アヴェニューとノースハーパー・アヴェニューが交わる一角は、世界的な観光スポットになっている。エッフェル塔やベルリンの壁のようなものだ。

そうはいっても、有名な建築物があるとか、生きた歴史を体感できる何かがあるというわけではない。ファッションブランド「ポール・スミス」の鮮やかなピンクの外壁の前で写真を撮るために、人々が列をつくるのである(コロナ禍以前の話なので過去形で言うべきだろう)。

この壁は、パントン色見本帳の「Pink Lady」という色で3カ月ごとに塗り直されている。そして世界で最もインスタ映えする場所のひとつとして、数え切れないほど多くの写真の背景になっている。

単なる壁が、なぜこれほど有名になったのだろうか。おそらく、この壁の前でポーズをとる人々が、有名になった自分の姿を想像するからであろう。ここに立って写真を撮り、みんなに気に入られることを期待してアップする。何百もの「いいね!」がもらえたり、知らない人も「いいね!」してくれたりすることを願ってだ。

「有名だから」有名になる

Instagramでは、こうした写真をアップすることで有名になれる。有名になりたいという思いから、人々は世界中のあらゆる場所へと移動し、現実を写真映えするものへと歪め、物質的にはほとんど価値のないように思えるものに高い価値を見出す。このピンクの壁のように。

この壁が有名なのは、高い芸術性があるからでもないし、エモーショナルな体験を呼び起こすからでもない。Instagramで人気を集めるものの大半と同様に、ただ「有名である」から有名なのだ。

ジャーナリストのニック・ビルトンは最近、この現象の検証に乗り出した。ビルトンは以前から、ソーシャルメディアの擁護者として、このテクノロジーが社会に対してもつプラスの影響について幅広く記事にしてきた。

しかし、ビルトンにとって初めての映画『Fake Famous』(米国ではHBOで2021年2月2日から放送)は、ソーシャルメディアへの不安をわずかながら増大させるものになっている。具体的には、写真に特化するInstagramへの不安だ。

なぜ、誰もがInstagramで有名になりたがっているように見えるのか。有名になるには何が必要なのか。この映画は、ピンクの壁から始まり、いくつかの哲学的な問題を提示したあと、数カ月後にネット界でスターの座に就くことのむなしさを暗く警告するかたちで終わる。

ネットで有名人をつくる社会実験

だからといって、Fake Famousが気の滅入る映画というわけではない。また、20年秋にNetflixで初公開されたドキュメンタリー映画『監視資本主義: デジタル社会がもたらす光と影』のようにアンチ・テクノロジーをテーマとする映画でもない。

この作品の核は“社会実験”にある。すなわち、「ネットで有名人をつくり上げることはどんなに簡単か」を検証することなのだ。

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ビルトン(たびたび画面上に登場し、本当に楽しそうに見守っている)は、有名になりたい人をロサンジェルスで募集し、そのなかから実験の参加者3人を選んだ。このうちドミニクは、オーディションのないときは店員として働いている女優志望。クリスは、ファッションデザイナーの腕を試すためにロサンジェルスに越してきた。そしてウィリーは、ビヴァリーヒルズで不動産業者の個人秘書になることを目指している。

「誰もが何かで有名になりたいと思っているんです」と、映画の冒頭でクリスが言う。Instagramがその手段になると、クリスは考えているのだ。

つくられた人気

実験の一環として、ドミニク、クリス、ウィリーの3人は、スタイリストのチームによって大変身する。カメラマンのサポートを受けながら独創的な写真を撮り、Instagramのフィードに追加したのだ。

クリスは1時間50ドル(約5,250円)で借りたプライヴェートジェット機で旅行をでっち上げ、ウィリーとドミニクは高級ホテルに見えるよう細工した裏庭のプールでシャンパンを飲んでいる。そこに写っている非日常はとてつもなく愉快で、お粗末な小道具やセットを使ってInstagramの嘘を本物に近づけるコツがよくわかる。

ある時点でドミニクは、飛行機の窓の外を見ている自分の写真をアップする。実はこの窓は便座であり、景色を写した写真の前に掲げているのだ。トリミングして編集すれば、笑ってしまうほど違いがわからない。

また、ビルトンが購入した数千のボットを使って、Instagram上の「数」も増やしていった。フォロワー数を膨らませ、新しい写真が投稿されるたびに「いいね!」とコメントの数を少しずつ増やすのだ。

ボットは安くない。それなのに、あまり本物っぽくも見えない。クリスはある時点で、偽物のコメントを削除し始めた。あまりにも陳腐だったからだ。

ところが、ボットは本物の成果を生み出す。しばらくして、偽のフォロワーが現実の人々の関心を引き始めたのだ。さらには、この3人が本物の人気者になったと信じたブランドが関心を示すようになる。Instagramで影響力のある人物のふりをすることで、本当にInstagramで影響力のある人物になり始めたわけだ。

嘘の上に構築されたシステム

Fake Famousでは、こうした数字が増えていく様子を見ているのが楽しいし、何もかもが非常に簡単に見える。ビルトンがボットを購入し始めたとき、思わず自分もインフルエンサーになれるかもしれないと考えたほどだ。

しかし映画の終わりごろには、その考えが間違っていることを思い知らされた。ここでネタをばらすつもりはないが、誰もが偽の名声という現実に対処できるわけではない、とだけ言っておこう。

こういったすべては、何のためにおこなわれているのだろうか。偽の写真と偽のフォロワーに支えられたインフルエンサーの経済は、実際には維持することが非常に難しいライフスタイルから得た「偽の幸せ」が伴っているように見える。

その意味でこの作品は、ウォール街に焦点を絞って金融市場は実物財ではなく感情に支えられていると主張した『インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実』『クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落』などの映画と同方向にある。

こうしたドキュメンタリー映画と同様にFake Famousも、嘘の上に構築されたシステムから恩恵を受ける人々を暴こうとしている。ボットはInstagram上に氾濫しており、ビルトンがやってみせたように、購入は驚くほど簡単だ。

偽フォロワー問題が解決しない理由

インスタグラムは、なぜこの偽フォロワー問題を厳重に取り締まらないのだろうか。なぜなら同社は、成長や拡大を報告することで収益が上がる。そしてボットは、こうした数字をよく見せることはあっても悪く見せることはないからだと、ビルトンは主張している(インスタグラムは偽ユーザーを排除する手段を講じてはいるが、不十分であるとビルトンは指摘する)。

インフルエンサーのほうも、フォロワー数を増やすことに金銭的なメリットがある。フォロワー数が多ければ、広告主やスポンサーとの契約条件がよくなるからだ。

広告主の側もシステムを詳細に調べれば、ボットで“水増し”された契約を減らせるだろう。しかし、ビルトンの実験からわかるように、本物と偽物の境界線を引くことは難しい。購入した影響力が本物になることがあるからだ。

この映画の最大の功績は、インフルエンサーの経済状態を暴露したことではない。インフルエンサーのライフスタイルを明らかにしたことだ。写真をアップし続けなければ……というプレッシャーがあまりにも大きく、ほかのことをする時間はほとんどない。

Fake Famousの3人の場合、魅力的なふりをすることが、本当に魅力的になる上での妨げになっている。インフルエンサーとして影響を与えることは、思ったより楽しくないことがわかるのだ。

フォロワーが30万人いても、愛されているわけでもないし、高い評価を得ているわけでもないことを知る。それはちょうど、ポール・スミスのピンクの壁のようだ。つまりは二次元のコンテンツ、Instagramのフィードを埋める“商品”にすぎないのである。

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TEXT BY ARIELLE PARDES

TRANSLATION BY MIHO AMANO/GALILEO