2020年は欧州の自動車産業にとって転換点となった。新型コロナウイルスの感染拡大で経済活動が停滞し、欧州自動車工業会によると欧州主要18カ国の新車販売は1080万台と前年に比べ24.5%減で、統計開始から最大の落ち込み幅となった。

 その一方、欧州各国で電気自動車(EV)の販売が急増。ドイツのEV販売台数は前年比3.1倍の19万4000台。英国は前年比2.9倍の10万8000台だった。独英では新車販売に占めるEVの割合が前年の2%程度から7%程度に急伸した。しかも尻上がりに販売が伸び、12月のEVのシェアはドイツで14%、英国で17%と急上昇している。

独フォルクスワーゲンが今年発売した電気自動車(EV)とヘルベルト・ディース社長。電池の需要拡大に対応し、ノースボルトと電池生産のための合弁会社を立ち上げた
独フォルクスワーゲンが今年発売した電気自動車(EV)とヘルベルト・ディース社長。電池の需要拡大に対応し、ノースボルトと電池生産のための合弁会社を立ち上げた

 背景には需要側と供給側の事情がある。需要側では経済対策として各国でEVの購入補助金が拡充された。購入者はドイツで1台当たり最大9000ユーロ(約113万円)、英国で3000ポンド(約42万円)の補助を得られる。

 供給側である自動車メーカーには、20年から新車に対し二酸化炭素(CO2)の排出規制が導入され、規制値を達成できない場合は罰金が科された。規制値をクリアするために各社がEVの販売に力を入れており、生産も増えている。ドイツではEV生産が月を追うごとに伸び、最新データの11月には新車生産に占めるEVの割合が15.9%と、前年同月に比べ10.1ポイント上昇した。

 自動車各社のEVシフトは鮮明だ。仏ルノーのルカ・デメオ最高経営責任者(CEO)は中期経営計画の説明会で、EV「ゾエ」が欧州で最も販売台数が多いEVであることを強調した上で、「EVのリーダーになる」と意気込みを語った。

 アジア勢に電池調達を依存することへの危機感が高まる

 ただ、欧州には根深い悩みがある。EVの技術的な核であり、コストの約3割を占める電池をアジアメーカーから調達していることだ。欧州には韓国のサムスンSDIやLG化学が工場を建設し、欧州メーカーは両社や域外のアジアメーカーから電池を調達している。産業政策としてEVの普及を後押ししても、今のままでは収益や技術的なノウハウが域内に残りにくい。

 そこで、欧州では域内で電池産業を育成することが重要課題になっている。17年に欧州委員会が「欧州バッテリーアライアンス」を結成し、官民を挙げて欧州域内で電池産業を育成する方針を明確にした。

 その中で、最も期待を集めているのがスウェーデンの電池スタートアップ、ノースボルトである。米テスラの調達担当幹部だったピーター・カールソンCEO(本記事の最後にカールソンCEOのインタビューを掲載)らが16年に設立。米ゴールドマン・サックスや独フォルクスワーゲン(VW)、独BMWからの出資のほか、欧州投資銀行の融資を受け、「資金調達額はおよそ35億ユーロ(約4400億円)に達する」(カールソンCEO)見込みだ。

最大手CATL、米テスラが参入する中で欧州勢はいかに

 ノースボルトは今、スウェーデン北部で工場建設を進めている。20年12月末に日経ビジネスの取材に応じたカールソンCEOは「21年はコロナによる移動制限が懸念材料だが、今のところ建設はスケジュール通り進んでいる」と言う。21年9月まで設備などの準備を進め、10月以降に電池の供給を開始。22年から供給量を16ギガ(ギガは10億)ワット時に拡大する予定だ。 

 さらに、VWと共同で独北部に工場を建設し、23年から16ギガワット時の電池を生産する計画だ。30年にはノースボルト全体で150ギガワット時の電池を生産することを目指している。

ノースボルトがスウェーデン北部で建設を進める電池工場。21年から電池供給を始める予定だ
ノースボルトがスウェーデン北部で建設を進める電池工場。21年から電池供給を始める予定だ

 欧州ではノースボルトのほかにも続々と電池工場の建設計画が立ち上がっている。欧州勢では仏グループPSAと仏トタル子会社がフランスに、英スタートアップのブリティッシュボルトが英国に電池工場を建設する計画がある。中国系では世界最大手の寧徳時代新能源科技(CATL)やファラシス・エナジーがドイツで工場を稼働させる予定だ。

 EV世界最大手の米テスラは、ドイツで電池の自社生産に踏み切る考えだ。そのテスラ向け電池で実績のあるパナソニックも動いている。20年11月にノルウェーのエネルギー大手エクイノールなどと連携し、欧州で電池事業の市場調査を始めると発表した。

 各社の生産能力を単純合計すると25年までに300ギガワット時を超える。独化学大手BASFやベルギーの非鉄大手ユミコアは正極材の工場を建設する予定で、サプライチェーンの構築も進みつつある。

欧州では生産時のCO2排出量やリサイクルで規制を検討

 ただ、電池事業では後発組の欧州勢が、コストなどでアジア勢に対抗できるのだろうか。欧州勢が切り札にしようとしているのが、環境性能だ。

 電池生産においては多くのエネルギーを用い、EVはガソリン車より製造時のCO2排出量が多いといわれている。そこで、ノースボルトは電池生産に水力発電由来のエネルギーを使う。また、リサイクル技術を開発しており、ノルウェーでは他社の電池の回収事業も始めている。カールソンCEOは「最も持続可能な方法で生産する」と意気込む。

 ここまで環境対策に注力するのは、EUの規制があるからだ。欧州委員会は20年12月に電池関連の規制案を発表した。24年7月から製造工程などライフサイクル全体におけるCO2排出量の申告をメーカーに義務付け、その後は排出量に上限を求める方針だ。

 電池のリサイクルも促す。欧州委員会は電池に含まれるリチウムやニッケルなどの原材料の使用量を開示するよう求め、その後は原材料に含まれる再利用材の割合に関する規制を導入する方針だ。

 米国でも環境規制なくしてテスラの飛躍は考えにくかった。米カリフォルニア州が一定比率以上の電動車の販売を義務付けるZEV規制を導入したため、EVの需要が高まり、テスラの販売が伸びた。ZEV規制においては規制を達成できない企業がしばしばテスラから排出枠を購入し、これが同社を支えた面がある。

 テスラは生産や財務面で苦境に立たされる中でも、実際に製品を供給し続けることでブランド力を高め、世界中にサプライチェーンを構築しつつある。欧州の電池産業が競争力を高めるための補助金や環境規制は、着々と整備されている。ノースボルトは今年から大規模供給を始める電池で、実績を示していくことが何よりも重要になるだろう。

ノースボルトCEO「最も持続可能な方法で電池をつくる」

 ノースボルトCEO 
ピーター・カールソン氏
最も持続可能な方法で電池をつくる

ノースボルトCEOのピーター・カールソン氏。2011~15年に米テスラで調達担当幹部を務めた後、16年にノースボルトを創業した
ノースボルトCEOのピーター・カールソン氏。2011~15年に米テスラで調達担当幹部を務めた後、16年にノースボルトを創業した

 私は米テスラで働き、市場が進む方向性を見た経験から、電池市場をもっと深掘りする必要があると考え、ノースボルトを創業した。市場の変化や技術の進展などから、非常に良いタイミングで創業できた。スウェーデンは人材が豊富で、水力発電によるエネルギーを使えるという利点がある。

     

 欧州でEVの需要が急増しており、従来は2030年までに600ギガワット時の電池需要があると想定していたが、今は800ギガワット時ぐらい必要だと思っている。我々は30年に150ギガワット時の生産を目指しているが、目標は変わるかもしれない。

 我々は他社と競合できるような品質の電池をつくっていることに加え、最も持続可能な生産方法を採用する。生産工程の全体で再利用可能なものを用い、リサイクルシステムを開発し、当社の電池は全て再利用する。ノルウェーの企業と合弁会社をつくり、他社の電池も回収する事業を始める。

 小規模のリサイクルは経済的に優れているとは言えないが、十分な規模になったら電池のリサイクルコストは原材料購入のコストと同じか、それより安くなることさえあるはずだ。

 我々は欧州の自動車メーカーのみに焦点を当てているわけではない。自動車メーカーはジャストインタイムでの調達を求めるため、欧州で自動車を生産する日本メーカーに電池を供給する可能性もある。その後に、域外でも協力していく青写真を描いている。

 テスラは、完璧な電池はなく、電池技術の発展とエネルギー密度の増加、より優れたバッテリー設計の組み合わせが必要だということを示した。また、大規模生産やサプライチェーンの構築、リサイクルの強化も重要であり、テスラは大局的な視点でこのエコシステムをとらえてコストを削減し、大きなメリットを享受しつつある。テスラとは公式に提携していないが、常に注目している存在だ。

このシリーズの他の記事を読む
まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中