“世界”への接触が絶たれたと感じたならば、「底」を掘り下げつながればいい:2021年の「共生論」

物理的な接触が制限されるようになったいま、“世界”への扉は閉ざされたと感じるだろうか? わたしたち自身の内側に広がる「いのちの世界」に目を向け、このパンデミックの心震えた体験を掘り下げれば、他者と手を携えて生きる道が見つかるかもしれない。
“世界”への接触が絶たれたと感じたならば、「底」を掘り下げつながればいい:2021年の「共生論」
EUGENE MYMRIN/GETTY IMAGES

『WIRED』日本版編集部が気になるトピックスの2021年を、その道のエキスパートやイノヴェイターたちに読み解いてもらう「WIRED INSIGHTS FOR 2021」。
パンデミックを経た新たな世界の生き方を探る分野について読み解くのは、医師として心臓の治療を専門としながらも、人間の体全体の調和、心や芸術といったほかの領域との融合を通じて「全体と個」の関係を考察している稲葉俊郎。ウイルスというミクロの世界から地球全体までを射程に入れながら、人間の最深部に迫る「共生論」を説く。


わたしたちの周囲には、かつてないほどの人工的な情報が濁流のように溢れ返っている。そして、多くの人は外界をコントロールすることに明け暮れている。社会や自然という外界をつくり替え、人間関係という外界をつくり替え、自分の思い通りになるように外界を加工し編集することに明け暮れている。だが、外界にばかり目を向け、自分が外界をコントロールしようとすればするほど、わたしたちは内界という、内側に広がる「いのちの世界」から遠く離れ隔たれてしまう。

自分という存在は、どんなときでも常にいまここに、いる。自分の身体や心、命という存在は、外にはなく、常にいまここにある。外界ばかりに目を奪われていると、かけがえのない自分自身こそが盲点となり死角になる。

わたしたちの脳は外界を認識し、情報を統合し判断するために発達してきた。目、鼻、耳は外界に向けて開いているからこそ、わたしたちの脳は内界を知ることに長けてはいない。だからこそ、外界だけではなく、内界にある生命世界にも意識を向けようとしないと、「自分」の溝は深く裂け、分断されていく。社会への適応がいくら上達しても、「自分」という根源的な居場所に適応できなくなっていることに気がつかなくなる。

いまこそ思い出してほしい。わたしたちが見るべき世界は外側に広がる外界だけではなく、自分自身の内側に広がる内界にもあることを。外界が未知な世界である以上に、内界も未知な世界であり、そこには生命情報が溢れている。外に見せる顔も大事だが、自分の内側の顔こそが大事なはずだ。

そうした人間の内界と外界とが重なり合いつながり合い、響き合い深め合う通路は、文化や芸術の世界が担ってきた。そして、芸術だけではなく、医療には本来的にそうした内界と外界をつなぐ役割があるはずだと、臨床医として日々強く思っている。

生命にも、ふたつの異なる世界をつなぐ働きが備わっている。起きて、眠る、という内臓された意識のリズムは、外界(意識)と内界(無意識)とを毎日つなぎ合わせようとしている調和の力の一環だ。生命には調和の働きが備わっており、気づこうとも気づくまいとも、生命がもつ自然治癒力により全体性の調整が常に行なわれているのだ。

内界と外界という全く異なるふたつの極を、行ったり来たりしながら生命はバランスを取り続ける。わたしたちは自身の生命の当事者として、内界と外界の接続作業に協力する必要がある。自分自身がバラバラにならないためにも。

10の7乗の世界に見出すリアリティ

新型コロナウイルスが世界的に大流行している。人々の物理的な接触は絶たれ、経済活動はストップした。新型コロナウイルスは0.1マイクロメートルしかなく、10のマイナス7乗というミクロの世界である。

ウイルスと人間のサイズ感に、どれだけリアリティを感じられるだろうか。10の7乗のサイズは、ちょうど人間と地球の関係と同じくらいになる。つまり、ひとつのウイルスの存在を考えることは、ひとつの地球のことを考えることと同じくらいのサイズ感なのだ。

わたしたちが地球という極大の世界にリアリティを感じることができたときに、ウイルスという極小の世界にリアリティを感じることができるだろう。感染症(伝染病)の広がりにより、外の世界で前に進めないように思えるときは、自分の内なる世界を掘り進めるしかない。自分の心の底に、生命の水源にぶつかるまで諦めず掘り続ける必要がある。

わたしたちが悩み苦しんでいるというのは、別の言い方で表現すれば「心が動いている」ということだ。この地球上で同時代に生きる全員の「心が動いている」ということこそが、いま大事なことなのではないだろうか。「不安」と感じられるかもしれないが、それは「心が動いている」証拠なのだ。いままでは心を止めていても生きていける時代が長かったのかもしれない。

内なる「井戸」を掘り「水脈」で社会につながる

わたしたちの社会は、助け合いから生まれた。自然界のなかでは社会的弱者である人間は、弱いからこそ協力し合い、社会をつくりあげ、自然の猛威から身を守ってきた。その原点を思い出す必要がある。

「弱さ」を自覚することこそが、真のつながりを生み出す母体となる。前へ進めないように思えるときこそ、自分の存在の底を掘り、いのちの底を掘り、それぞれの水源が「深い井戸」を介して地下水脈でつながることが大事だろう。そうした深い井戸を介したつながり方こそが、次の時代の共生としてのつながり方だろう。表層や上辺だけではなく、それぞれの根元がしっかりとつながるために。医療も含めて次の時代のつながり方は新しい局面を迎えている。

そうした前提として、わたしたち個人が、内界と外界とをしっかり結び合わせて生きる必要がある。それは誰もが人生をかけて取り組む大仕事だろう。そうして、内界と外界とが適切に結び合わさることは、わたしたちの生命の健康にもつながり、社会の健康にもつながる。

医療現場にいると、一見すると解決できない問題に直面し悩み困っている人に出会う。近い場所を見るのではなく、遠い先を見てほしい。視点が近くなると苦しみから逃れられないように見える。そういうときは、もっと遠い先を見てほしい。10年後や100年後を見てほしい。そして、現在を過去の結果としてだけではなく、未来への準備として見てほしい。

わたしたちは、現在を未来への準備として見ながら、遠い先を見て、共に生きる共同体の在り方を基礎からつくりなおす時期に来ている。わたしたちの祖先は、そうして過去を乗り越え、まだ見ぬ未来の人々へと大切なものを手わたしてきた。わたしは、そうした果てしない生命の流れの帆先に立っていることに、誇りと責任を感じる。いままさに、生命の力を呼びさます共生の場を創造していく岐路に立っているのだ。


「WIRED INSIGHTS FOR 2021」シリーズのほかの記事はこちら。また雑誌版の『WIRED』日本版VOL.39では、世界中のヴィジョナリーやノーベル賞科学者、起業家たちに問いかける「THE WORLD IN 2021」を掲載している。CRISPR-Cas9で2020年ノーベル化学賞を受賞したジェニファー・ダウドナをはじめ、フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグ、気鋭の経済思想家・斎藤幸平、クレイグ・ヴェンター、エレン・マッカーサーなど、錚々たるコントリビューターたちが寄稿しているので、そちらもお見逃しなく! 詳細はこちら


稲葉俊郎|TOSHIRO INABA
1979年熊本生まれ。医師、医学博士、東京大学医学部付属病院循環器内科助教を経て、2020年現在、軽井沢病院総合診療科医長、信州大学社会基盤研究所特任准教授、東北芸術工科大学客員教授などを兼任(山形ビエンナーレ2020 芸術監督)。著書に『いのちを呼びさますもの』(アノニマ・スタジオ) 、『いのちは のちの いのちへ』(2020年)(アノニマ・スタジオ)、『ころころするからだ』(2018年、春秋社)、『からだとこころの健康学』(2019年、NHK出版)など。ウェブサイトは、https://www.toshiroinaba.com


WIRED INSIGHTS FOR 2021

限定イヴェントにも参加できるWIRED日本版「SZメンバーシップ」会員募集中!

次の10年を見通すためのインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりの記事を、週替わりのテーマに合わせて日々お届けする会員サーヴィス「WIRED SZ メンバーシップ」。限定イヴェントへの参加も可能な刺激に満ちたサーヴィスは、無料トライアルを実施中! →詳細はこちら


RELATED ARTICLES

OPINION
パンデミックはいかに“秩序”を崩し、そして人々の心を解放するか(前篇)

STORY
菌類の秘密の生態は、人類に生きるヒントをもたらしてくれる


TEXT BY TOSHIRO INABA