集まれない時代の社会契約:水野祐が考える新しい社会契約〔あるいはそれに代わる何か〕Vol.3

法律や契約とは一見、何の関係もないように思える個別の事象から「社会契約」あるいはそのオルタナティヴを思索する、法律家・水野祐による連載。「移動の自由」が形成されてきた歴史をひもときながら、水野は人々が動けない、集まれない時代における社会契約の行方を探る。(雑誌『WIRED』日本版Vol.38より転載)
集まれない時代の社会契約:水野祐が考える新しい社会契約〔あるいはそれに代わる何か〕Vol.3
ILLUSTRATION BY HARUNA KAWAI

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歴史家レベッカ・ソルニットは『ウォークス 歩くことの精神史』において、単なる手段ではない意識的、文化的な行為としての歩行の始まりにはルソーがいる、と書いている。また、歩きながら思考した哲学者として、道中で浮かんだアイデアを書き留めるためにインクつぼ付きの杖を持っていたというホッブズのエピソードを紹介している。

社会契約論の父たちが、「移動の自由」の夜明けの時代に歩行を重視したことはおそらく偶然ではない。居住移転の自由は、人民を領内にとどめおく封建制度から解放され、自由に移動することが可能になった近代自由主義・資本主義社会の前提として、社会契約の重要な一部を構成するとともに、近代以降の移動のダイナミズムに積極的に寄与してきた。ペストやコレラが引き起こしたパンデミックも、長期的には、この移動の自由をとどめるには至らなかった。

だが、移動の自由は、これまでも無制約に認められてきたわけではない。日本国憲法では居住移転の自由は「公共の福祉に反しない限り」と限定されているし、海外渡航の自由についても入国・出国制限は当然に認められている。移動の自由の背後には、常に国境という問題が横たわってきた。この国境という制約を超え、移動の自由とそれに伴う経済的な自由を極限まで進めた構想がEUだったが、ブレグジットに代表されるように、EUが理想としたような国境間の自由な行き来は、コロナ禍以前にも移民・難民や格差の問題で崩壊寸前まで追い詰められていた。移動の「不」自由という実態は、コロナ禍以前からすでに発露しており、近代民主主義・資本主義を支えた「移動の自由」というコンセプトは、実は欺瞞に満ちたものであることが明らかになりつつあったのだ。

コロナ禍を契機として、動けない、あるいは集まれない時代の社会契約をどのように考えればよいのだろうか。移動の自由のなかでも、とりわけ集会の自由が公衆衛生の名の下に容易に制約されることで、政治的表現の自由が阻害され、保護・孤立主義、さらには全体主義的傾向を強めてしまう懸念がある。また、思想家の東浩紀は、身体的な移動に不可避的に随伴する偶然性により人が変化していく機会が制限されれば、社会は停滞するだろう、と主張している。

一方で、新しい潮流もある。ひとつは、「MaaS」と呼ばれる移動・交通に関するテクノロジー・サーヴィス群である。移動には貧富や地域による格差の問題がつきまとうが、このような格差をMaaSにより解消する方向性が志向されている。ふたつ目は、AR/VRを含めたMR(複合現実)による「メタヴァース」あるいは「ミラーワールド」化である。過日の検察庁法改正案の問題で、アーティスト藤嶋咲子は、Twitterで「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグを1RTするごとにアヴァターの数が増えていく仮想デモのプロジェクトを行ない話題になった。フィルターバブルが叫ばれるなかで、可視化されたアヴァターの感触は、ネット世論と泡の外にあるリアル世論との乖離をつなぐ何かを感じさせるものだった。それはフォートナイトでのトラヴィス・スコットや米津玄師らのライヴでも感じられた共感覚だ。

もちろん、これらの動きをもって、もはや移動が不要になると主張したいわけではない。ただ、これらの潮流には、身体的な移動の自由を無自覚に称揚してきた時代の社会契約を見直す契機がある。コロナ禍において身体的な移動の自由を盲信することはノスタルジーにすぎないばかりか、農耕・牧畜革命による人類の定住化・都市化とウイルスの繁茂というアンビヴァレントな関係性を看過している。移動が身体性を必ずしも伴わない時代にあって、わたしたちは身体的移動を伴わずとも、変化していけるのか。わたしたちの「ワンダーラスト(移動への渇望)」が身体的移動をやはり必要とするのか。移動という営為の本質があらためて問われている。

水野 祐|TASUKU MIZUNO
法律家。弁護士(シティライツ法律事務所)。Creative Commons Japan理事。Arts and Law理事。東京大学大学院人文社会系研究科・慶應義塾大学SFC非常勤講師。グッドデザイン賞審査員。著作に『法のデザイン -創造性とイノベーションは法によって加速する』など。Twitter:@TasukuMizuno なお、本連載の補遺についてはhttps://note.com/tasukumizunoをご参照されたい。


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TEXT BY TASUKU MIZUNO