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#排除する政治~学術会議問題を考える

日本学術会議を巡る異例の政治介入からは、人事を用いて異論を封じ込める菅政権の思惑がにじみます。識者と考えます。

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#排除する政治~学術会議問題を考える

「正当な理由なき拒否、法治国家と呼べない」元内閣法制局長官・阪田雅裕さん

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内閣法制局の元長官、阪田雅裕さん=2020年10月28日午後2時47分、木許はるみ撮影
内閣法制局の元長官、阪田雅裕さん=2020年10月28日午後2時47分、木許はるみ撮影

 菅義偉首相が日本学術会議の会員候補6人の任命を拒否した問題で、菅首相は国会で答弁する際、「法的に問題ない」との姿勢を崩していない。百歩譲ってもし法的に問題がないとしても、それで納得して是とできるかといえばそうもいかない。「行政における法の番人」と呼ばれる内閣法制局の元長官、阪田雅裕さん(77)に法的な問題の所在を尋ねた。【木許はるみ/統合デジタル取材センター】

憲法との関係を考慮した絶妙な表現「基づき」

 ――今回の任命拒否ですが、法的にはどう考えればよいのでしょうか。

 ◆少し細かい話になりますので、法律の立て付けから順にお話しします。日本学術会議法では会員の任命について、「日本学術会議の推薦に基づき、首相が任命する」と定めています。まずこの「推薦に基づき」という表現がポイントです。

 この「基づき」は、基本的には学術会議の推薦通りに首相が任命することを予定した表現といえます。逆に言えば、法は任命権者の任命拒否をあまり想定してはいません。もし任命権者の裁量を前提とするのであれば、例えば、「推薦された者の中から任命する」など、別の書き方がいくらでもあります。

 ただその次に、憲法との整合性を考える必要があります。学術会議は国の組織で、会員は特別職の公務員です。憲法15条では公務員の選定、罷免権は究極的には国民にあるとし、さらに65条では行政権は内閣に属すると定めています。これらの規定に照らすと、公務員である学術会議の会員人事にもかかわらず、内閣のコントロールが一切及ばない、という仕組みは憲法上許されません。このため、法律で常に推薦通りに任命する、つまりどんなに不適格な人でもおよそ首相が任命を拒否できないように定めるのは、憲法に違反することになります。

 ここで「基づき」と書かれた意味が見えてくると思います。もし条文が「(会員を)推薦された通りに任命する」とされていれば、憲法違反になってしまいますから、「基づき」という表現は、学術会議の中立性や自主性を確保しながら、憲法上の内閣の責任も担保するという絶妙なバランスをとっているのです。

 例えばこんな例があります。

 1969年の衆議院文教委員会で、大学の学長の任用のあり方が議論されました。当時の「教育公務員特例法」には、「大学の学長の任用は大学管理機関の申し出に基づいて任命権者(文部大臣)が行う」と書いてありました。ここでも「基づいて」という文言があります。当時の内閣法制局長官は、憲法で「公務員の終局的任命権が国民にある」という「国民主権の原理」を踏まえると、「文部大臣が、学長の任命に当たり、いかなる場合も何らの発言権を持ち得ないと解することは、その結果として国会に対しても責任を負えない」と答弁しています。つまり、今回の学術会議を巡る議論、論理構成とほぼ同じだったのです。

違法とまではいえないが……問われるのは法律の「運用」

 ――なるほど。学術会議法は83年に改正されましたが、その議論の際、当時の中曽根康弘首相は国会で「政府が行うのは形式的任命にすぎず、学術集団が推薦権を握っている」と答弁しました。所管する総理府(現在の内閣府)の長官も「推薦いただいた者は拒否しない、その通りの形だけの任命をしていく」としていました。今回の任命拒否と、当時の国会答弁の整合性はどうなのでしょうか。

 ◆これも細かく見れば、当時の答弁は「拒否しない」であり、「拒否できない」とは言っていません。先ほど述べたように、「拒否できない」と言ってしまえば、憲法に抵触する恐れが出てきます。

 ですから「拒否しない」という答弁は、中曽根内閣の当時の運用方針を表明されたのだと思います。当時は「拒否しない」という運用をして、それが以後の内閣でも続きました。ですが内閣の方針や社会の状況が変われば、法の運用が変わる、というケースはありえます。それはもちろん、違法ではありません。

 例えば税法をみても、過去に「一時所得」とされていたストックオプションの権利行使による利得(所得)が「給与所得」として課税されるようになったように、時代が変われば法の解釈や運用が変わることは時々あるのです。

 ――それはつまり、今回の任命拒否に大きな問題はない、という意味ですか?

 …

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