The Sweater:30%の人工タンパク質素材が問いかける「アパレルの未来」

ザ・ノース・フェイスで知られるゴールドウインのオリジナルブランド「Goldwin」から、シンプルなリブ編みのセーターが発売された。その名も「The Sweater」。このセーターには、ゴールドウインとSpiberが共同開発した人工タンパク質素材「Brewed Protein」が使用されているという。いったい、どのような経緯から生まれた商品なのだろうか。ゴールドウインの社長・渡辺貴生と、Spiber代表執行役・関山和秀に訊いた。
The Sweater:30の人工タンパク質素材が問いかける「アパレルの未来」
PHOTOGRAPHS BY KOUTAROU WASHIZAKI

「獣毛」をアップサイクルするために

──今回の「The Sweater」は、どのような経緯で生まれたプロダクトなのでしょうか? そこには、渡辺さんと関山さんのどのような思いが込められているのでしょうか?

関山 Spiberの設立以来、石油由来の化学繊維、あるいはウールやカシミアといった動物性の繊維に対する「別の選択肢」を生み出すべく、日々研究を重ねてきました。2015年にゴールドウインさんとの共同研究が始まり、「植物由来のバイオマスを主原料とした人工的なタンパク質素材」である「Brewed Protein」の開発にようやくたどり着きましたが、実は共同研究をスタートした当初から、渡辺さんとは「将来セーターをつくろう」という目標を立てていたんです。

取材は、渋谷区松濤にあるゴールドウイン東京本社にておこなわれた。関山は、Spiberの拠点である鶴岡から参加。

関山 今回は単なる糸ではなくニットということで、以前にPLANETARY EQUILIBRIUM TEEをつくったときよりも技術的にさまざまな試行錯誤を繰り返しましたが、その結果、非常にいいものができたのではないかと思っています。

──カシミアやウールの代替を目指している、ということでしょうか?

関山 カシミアやウールが、相対的に環境負荷が高い材料であることは間違いありません。とはいえ、素材として優れていることは事実ですし、歴史や文化的な見地からも、一概に否定するべきではありません。実際、ぼく自身もウールやカシミアを着たいですし。

ただ、そうした獣毛素材をこの先も持続的に使い続けていくためには、リサイクルをはじめとする中長期的な視点が必要になってきます。リサイクルとなると、当然、何度も綿にして、紡績して……といったプロセスが発生しますが、そこにBrewed Proteinを加えることで、元々の製品よりも着心地や機能面での価値の付与につながり、リサイクルではなくアップサイクルになるのではないかと考えています。

実際、石油製品にしても動物製品にしても、10年先20年先といった近い将来までに使用をゼロにすることは現実的に不可能です。であるなら、そういった製品をいかに無駄なく、しかも環境負荷を可能な限り抑えながら使っていく道を模索することが必要なはずで、The Sweaterはその第一歩になると考えています。

地球の各生物は、ほかの生物のために生きている

──渡辺さんからも、The Sweaterの開発に込められた想いをお聞きできればと思います。

渡辺 地球上にいる生物の数は、いま発見されているものだけでも約175万種ほどだと言われています。「もしかしたら800万種くらいいるんじゃないか」と言う人もいるので正確にはわかりませんが、とにかく、非常に多様な生物が地球上に存在していることは間違いありません。

その数百万種の生物はすべて、バイオスフィアと言われる「地上から高度10㎞ほどの層」に住んでおり、そのほとんどが、酸素と水素と窒素と炭素の4つの元素で組成されています。それはつまり、「地球の各生物は、元々、ほかの生物のためになるようにデザインされている」ということを意味します。

2020年4月からゴールドウインの社長に就任した渡辺貴生。そのヴィジョンの一端がこちら

数百万種という生物が、実は「誰かの役に立つためにいるんだ」という前提でデザインされているのであれば、「人間がつくるもの」も本来、そうしたサイクルにつながるものでなければならないはずです。

地球全体のバイオマス重量の約82.5パーセント を占める植物は、太陽のエネルギーを蓄積し、あらゆる生命に必要な酸素を供給しています。一方われわれは、炭化水素の分子を生成するかたわらで二酸化炭素を植物にお返しする……という循環の営みがおこなわれています。

Brewed Proteinは、植物由来のバイオマスを主な原料とし、微生物発酵プロセスによってつくりだす人工タンパク質素材であり、そうしたサイクルに合致する素材です。そんな素材を使って、地球上の「生物の循環」に沿った商品をつくっていきたい。それが、わたしたちゴールドウインとSpiberが共同研究を始めた当初からの目標です。

これまでわたしたちは、Brewed Proteinを100パーセント使用したムーン・パーカや、コットン82.5パーセント、Brewed Protein17.5パーセント──この数字は、地球上のバイオマス重量における植物と微生物の比率にほぼ沿っています──という比率のPLANETARY EQUILIBRIUM TEEをつくってきました。

今回のThe Sweaterは、メリノウール60パーセント、Brewed Protein30パーセント、カシミア10パーセントという比率になっていますが、そのバランスには、元々地上に存在する「生物」と、われわれがつくりだした合成のタンパク質という「テクノロジー」の組み合わせによって「地上の生物だけでは成し遂げられないバランスにたどり着く」というメッセージが込められています。

ちなみにカシミアを入れたのはBrewed Proteinとカシミアが非常に近い繊維だからで、通常のメリノウールにはない質感を出したかったからなんです。

──The Sweaterのデザインは、非常にシンプルというか普遍的な印象をもちました。

渡辺 10世紀か11世紀ごろ、ノルマン人が狩猟や航海のときに身にまとった防寒用の衣類がセーターの起源だとされています。その「最初のセーター」は、きっとこんな感じだったんじゃないかというイメージでデザインしたんです。

──デザインは渡辺さんが!?

渡辺 はい。「最初のセーター」を想像し、それが「未来のセーター」とつながるようなイメージでぼくが勝手にデザインしました(笑)。

セーターは、身体から出る汗由来の水分を外に出す放湿性や吸湿性のほか、ウールが出す湿潤熱による保温性ももつ多機能な衣類です。今回は、極めてシンプルで、使いやすく、耐久性があることに加え、「たとえ濡れたとしても身体を守る」というセーターが本来もつ機能を損なわないことをこころがけました。

なので、1×1のリブ編みにし、糸は32番の双糸を2本取りにして、それを強撚(きょうねん)しています。それによってハリとコシが生まれ、風や雨といった環境の変化から身体を守る機能ももたせることができました。

──「The」という定冠詞が付いている理由がわかってきました。

渡辺 過去への追憶と未来への展望をひとつに合わせた、いわゆる「ヴィスタ」の考え方をもつ無二の商品、つまりは「これこそセーター」ということで、ネーミングはThe Sweaterしかないなと(笑)。

「Goldwin」発であることの意義

──ムーン・パーカやPLANETARY EQUILIBRIUM TEEはザ・ノース・フェイスからの発売でしたが、今回のThe Sweaterは、オリジナルブランドGoldwinからの発売となりました。その意図はどこにあるのでしょうか?

渡辺 社名を冠したブランドであるGoldwinは、会社創業から続くモノづくりの精神を大事にしつつ、2014年からリブランディングをスタートしました。2018年の丸の内への出店を皮切りに、19年にはサンフランシスコ、20年の春には原宿、10月にはミュンヘンと、少しずつではありますが、自分たちの考えていることをしっかり伝えていける場所づくりを丁寧に進めています。

そんなGoldwinブランドならば、わたしたちが考えている「ものづくりの在り方」や「Brewed Proteinという素材がもつ可能性」等々について、世界の人々に直接お話することができます。それがまずひとつ。

もうひとつは、ゴールドウインという会社の成り立ちにまつわる話です。創業後、メリヤス工場からスポーツ工場へと転換した際、登山セーターやスキーセーターがとても重要な役割を果たしました。創業の地である富山のGOLDWIN TECH LAB.には、当時の真っ赤なセーターと帽子と靴下が飾ってありますが、われわれにとって象徴でもあるセーターを、実は創業70周年でもあるこの年に、まったく新しい素材を使った「未来に対して問いかけられるクオリティのもの」として発表したいという想いがありました。

現時点ではBrewed Proteinの生産量の問題もあり、多くの人の手に取っていただくわけにはいかないのが残念なのですが……。

──生産量という点では、Spiberが進めるタイのプラントは、いつから本格稼働する予定なのでしょうか?

関山 タイのプラント工場は、85パーセントくらい完成しています。コロナ禍の影響も若干ありましたが、ほぼ遅れはなく、予定通り21年中には商業生産を開始できる見込みです。

タイに加えて、ADMというアメリカの大手穀物プロセッサーに生産を委託する契約を締結しました。タイのプラントが稼働すると年間数百トン規模、アメリカでの稼働が始まると年間数千トン規模での生産が可能になります。フル稼働までには時間を要するかと思いますが、タイは21年から、アメリカはまだまだ準備が必要なので、早くても23年以降からになると思います。

渡辺 われわれが消費しているアパレルの量は、20年前と比較して60パーセント増えている一方で、使用期間は50パーセントに下がっています。さらに言うと、例えば1枚のコットンのTシャツをつくるのに2650リットルの水を使っていますが、これは、ひとりの人間が1日2リットル水を飲むとしたら3年半の水の量にあたります。そして、そのコットンを1㎏つくるのに、綿農家の人たちは5㎏の農薬を使っています。

そうした視点で考えると、大量の水や農薬を必要としないBrewed Proteinが普及することの意味は、少なくないと思います。かつてレイチェル・カーソンが『沈黙の春』で提示した環境の問題に対し、50年経ってようやくソリューションが生まれ始めてきたのかなと。

われわれはこれまでも、ひとつのものを長く使おうという姿勢を貫いてきました。例えばザ・ノース・フェイスは、10年使ってほしいという思いでものづくりをしていますし、環境に配慮しながら、それでも不要になったものは回収してリサイクルをおこなってきました。

さらに、そこに新しいテクノロジーを加えることによって既存の考え方や設備を改修し、アップサイクルしていくことで、世界がより早く改善されるのではないか。そのケーススタディを、われわれはつくろうとしているんです。

TEXT BY TOMONARI COTANI

PHOTOGRAPHS BY KOUTAROU WASHIZAKI