技術分野での“中国排除”が加速する米国、大統領選を経てどうなる?

テクノロジー分野において中国の技術やサーヴィスを排除する動きが米国で加速している。民主党も共和党も強硬姿勢で一致するなか、トランプは徹底した排除へと進み、バイデンは一部分野での協力も模索する。こうした動きに米大統領選の結果はどう影響してくるのか?
Xi Jinping
NOEL CELIS/POOL/GETTY IMAGES

大統領選挙を前に米国の分断は深まっている。ただし、中国の件に関してだけは例外だ。民主党・共和党の両陣営から、米中ハイテク経済のもつれの解消を求める声があがっている。

民主党も共和党も、非常によく似た中国批判を展開している。中国の通信機器大手ファーウェイ(華為技術)に対する厳しい規制、TikTokやWeChat(微信)といった中国製アプリの利用制限、中国に過度に依存したサプライチェーンからの脱却を目指す「Buy American(米国製品を買おう)」政策など、トランプ政権が実施した最近の措置には超党派の支持が寄せられている。

「中国企業とビジネスをしているということは、中国共産党とビジネスをしているということなのです」と、対中強硬派として知られるマルコ・ルビオ上院議員(共和党、フロリダ州選出)は昨年12月、国防総合大学(NDU)で語っている。中国対策で民主党の代表格となった元通信会社幹部のマーク・ワーナー上院議員(民主党、ヴァージニア州選出)は昨年のスピーチで、5G技術、人工知能(AI)、量子コンピューティングなどの分野において、中国の技術規格の国際標準化を目指す中国の計画は「世界支配」を目指す計画の一環だと警告した。

民主党と共和党の“ゆるい合意”

このふたりの上院議員は、10億ドルを超える政府の資金援助によってファーウェイに代わる5G技術の開発を目指す法案を共同提出している。これは以前の共和党なら嫌悪した産業政策アプローチだろう。

しかし、両陣営が支持する政策を詳しく見ていくと、これは“ゆるい合意”であることがわかる。大統領選に向けた選挙キャンペーンでトランプ陣営は、中国は意図的に新型コロナウイルスを広め、米国の経済破綻を目論んだと中国を非難した。7月にウィリアム・バー司法長官は、米国のIT業界と映画業界を「中国の手先」と非難し、「グーグル、マイクロソフト、ヤフー、アップルなどの企業はすべて、(中国共産党に)あまりにも前向きに協力する姿勢を見せてきた」と批判した。

民主党大統領候補者のジョー・バイデンと彼の外交政策上級顧問らは、中国を米国の主要な戦略的競争相手とみなしている。バイデンは、中国に対して弱腰だというトランプからの攻撃をかわし、トランプのことを「パンデミックを無視して中国の習近平国家主席にすり寄っている」として非難した。

「強硬姿勢については意見が一致しています」と、オバマ政権で国家安全保障問題アジア担当顧問を務めたジェフリー・ベイダーは指摘する。「甘いと思われたい人はいません」

インターネットの分裂につながる政策

ところがバイデン陣営は、中国を新たな冷戦で叩きのめす必要がある「目の敵」としてとらえるような終末論的な見解を退けている。むしろ、気候変動やその他の問題に関して中国と協力する分野を想定している。

さらにバイデンの顧問は、中国への投資と貿易の流れに関してより的を絞った制限を支持している。バイデンの上級顧問を務めるカート・キャンベルとジェイク・サリヴァンは、昨年秋に国際政治経済ジャーナル「Foreign Affairs」で発表した記事のなかで「過剰な技術制限は、ほかの国々を中国に向かわせる可能性がある」と警告した。

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独占からソーシャルメディアの誤用までさまざまな問題の批判の的になり、民主党寄りと広く考えられているテック業界は、選挙キャンペーン期間に目立つ行動を控えてきた。しかしテック企業幹部は、ファーウェイに対する半導体販売規制などの措置に反対しており、米半導体工業会(SIA)は「米国の半導体産業に大きな混乱をもたらすでしょう」と警告した。中国で事業を展開する米国企業は8月下旬、米国企業が広く使用しているWeChatの全面禁止は「甚大な悪影響」をもたらすと主張する報告書を発表した。

フェイスブックのように競合する製品があり、中国市場から事実上締め出されている一部の企業は、反中の流れに乗ることに熱心である。それでもテックコミュニティの多くは、中国との広範なデカップリングはあまりに安易で危険であり、インターネットの分裂につながり、米国企業と米国経済にリスクをもたらすと考えている。

規制が招きうる結果

中国とテクノロジーに関して重要な発言者であるグーグル元最高経営責任者(CEO)のエリック・シュミットは、「わたしたちがこのデカップリングを可能にしているのです」と指摘している。特にテック分野でのデカップリングは、「インターネットプラットフォームを分裂させ、米国企業の収益を減少させ、米国のテック企業が成功する機会をほとんど生み出しません」と、シュミットは言う。トランプ政権の多くの措置によって最終的に、中国は米国に損害を与える可能性のある対応をせざるを得なくなるのだと、シュミットは主張する。

こうしたリスクがある措置のひとつは、動画共有アプリ「TikTok」に対するトランプの大統領令だ。トランプ政権はデータ主権の問題があると説明している。行政当局は、主に米国の10代の若者に使用されているTikTokにおいて、運営会社がアクセスできるデータが悪用される可能性を懸念している。

しかしこのデータ管理の試みは、欧州のように当局者の一部がデータを米国に保存したくないと考える地域で事業を展開する米国企業にとって、危険な前例をつくる可能性があるとシュミットは指摘する。フェイスブック傘下のInstagramを率いるアダム・モセリは9月11日、TikTokの禁止でフェイスブックが得る短期的な利益よりも「インターネットの断片化のリスクのほうがはるかに大きい」と語っている。

提案されているWeChatに対する規制は、これとはまた別の問題を提起する。WeChatは中国で最大のメッセージアプリであるだけでなく、主要なモバイル決済システムでもある。スターバックスやマクドナルドといった米国の小売業者は、WeChatのモバイル決済アプリを使用できなくなると、大多数の中国の消費者が離れてしまう可能性がある。


シリーズ「米中対立」:21世紀の覇権争いが向かう未来

世界経済をけん引し、貿易やテクノロジー開発、国防などを巡り緊張を高めながら互いの溝を深め続ける米国と中国。ふたつの大国による世界の覇権争いは、果たして21世紀における冷戦であるのか。刻々と激化する米中対立の歴史と今後のシナリオを考察する。


得をするのは中国企業?

この短絡的なアプローチで得をするのは、トランプ政権が罰したいと考えているファーウェイなどの中国企業だろう。一方、収益のほぼ6分の1を中国に依存しているアップルのような企業は、壊滅的な打撃を受ける可能性がある。

一部アナリストによると、米国の利益を損なう可能性があるとしても、テック業界の暫定的な反発は熱狂的な反中ムードに圧倒されている。「この議論なしの現状は、どんな犠牲を払っても中国を苦しめたいという願望によって主に推進されています」と、ジョージ・W・ブッシュ大統領のアジア顧問を務めたことがあり、中国の専門家で現在はカーネギー国際平和基金に務めるエヴァン・フェイゲンバームは言う。

多くの政策専門家は、市場を支配する世界標準や世界的プラットフォームと競争するための米国主導の取り組みを推進すべきだという、異なるアプローチを主張している。この考え方では、インターネットを対立領域に分割するよりも、世界標準を設定しようとする中国の試みに対抗するほうが理にかなっている。

元グーグルCEOのシュミットは民主党の大口献金者であり、中国でビジネスを展開しようとするグーグルの取り組みを長らく擁護してきた。シュミットは中国がもたらす深刻な安全保障と競争上の課題を認めている。しかし米国は、技術の重要分野を特定、開発、保護するために考え抜かれた戦略が必要だとも指摘している。

シュミットは国防長官に技術革新の育成方法について助言する米国防総省の有識者会議「Defense Innovation Board」のメンバーだ。彼は米国が人工知能などの5つまたは10の重要な技術を特定し、セキュリティ管理を課すことを含め、その重要分野に焦点を当てることを提案している。このアプローチの新しいスローガンは「高い障壁、小さな区画」である。

「バイデン政権」が実現すればどうなる?

複数のテック政策立案者は、バイデン政権がより微妙なニュアンスを重視したアプローチを推進すると見込んでいると、『WIRED』US版の取材に説明している。一部はバイデンの選挙キャンペーンにかかわっている。

「バイデン政権は、米国がイノヴェイションの創出で世界トップを維持する方法をじっくりと論理的に考えるでしょう」と、アジアの専門家でテクノロジーとセキュリティの相互作用の専門家でもあるアニエ・マヌエルは予測している。アスペン・セキュリティ・フォーラムのディレクターを務めるマヌエルは、以前の複数の共和党政権に仕え、3人の元ブッシュ政権閣僚と影響力のあるコンサルティング会社を共同設立したにもかかわらず、バイデン選対本部寄りだ。


連載「ザ・大統領選2020 アメリカ/テック/ソサイエティ」

“トランプ大統領誕生”の衝撃を経て迎えた2020年の米大統領選挙は、バイデン政権の誕生が決定的となった。その過程においてアメリカ社会が遂げた巨細に及ぶ変貌は、いかに争点として表出していったのか──。その真意/コンテクストを、デザインシンカーの池田純一が追った。


このアドヴァイザーは、中国が他国で技術を購入して米国の制裁を回避することを防ぐために、欧州の同盟国や日本と協力して世界的な輸出規制を設定することを提唱している。そして研究開発費を増やし、基礎研究に資金を提供し、中国や他国の学生が米国の大学に入学できるようにしたいと考えている。この頭脳集団は最終的に米国に利益をもたらすのだと、彼らは主張する。

このような意見にバイデン政権は耳を傾けるだろうと、元オバマ政権当局者のべイダーは言う。「トランプとは異なり、バイデンは実際にディールメーカーです。それが彼の資質なのです。米国がイデオロギーに基づいた態度を示す必要があると発言するようなことは、バイデンは決してないでしょう」

トランプが残すナラティヴ

それでも、米中経済のデカップリングがすでに勢いづき、バイデンが勝利して大統領になったとしても、そのまま残るのではないかと危惧する人もいる。「この方向性は、いま踏み固められています」と、中国で事業を展開する企業に助言を与えるフェイゲンバームは主張する。「1年後、この件に関連するものごとの多くは逆戻りさせることが難しくなるでしょう」

ほかの人々は、最悪の過剰な反中の高まりを押し戻す余地があると見込んでいる。それでも、現時点での強硬な反中ナラティヴの力は否定し難い。

「政治闘争に勝つには、ニュアンスと差異は役立ちません」と、元オバマ政権高官でスタンフォード大学でグローバル・デジタル・ポリシー・インキュベーターを指揮するアイリーン・ドナヒューは指摘する。「ドナルド・トランプは、『中国は悪』という単純な政治思想で支配的な政治ナラティヴを掌握することに成功したのです」