多くのアジア系移民が米国で成功を収めてきた。統計的にもアジア系移民は他の人種グループより高い教育を受け、より豊かな傾向があるという。だが依然として、東アジア系が米国の組織のリーダーとして注目される事例は極めてまれだ。とりわけ大企業や大学では、アジア系の中ではインド出身の人物がトップに出世しているケースが目に付くが、東アジアの日本・中国・韓国出身者は存在感がない。中国出身である米マサチューセッツ工科大学(MIT)のジャクソン・ルー助教授が慎重に分析したところ、いわゆる「差別」や「格差」とは違ったところに、大きな要因があったという。5カ国語を話すというルー助教授に、日本語で聞いた。

「竹の天井」は手ごわい(写真:PIXTA)
「竹の天井」は手ごわい(写真:PIXTA)

ルーさん、今日は日本語での対応をありがとうございます。中国出身ですね。

ジャクソン・ルー米マサチューセッツ工科大学(MIT)助教授(以下、ルー):はい、実は学生時代に日本語を専攻し、早稲田大学に留学したことがあるのです。英国にも住みました。

ルーさんは、「Why East Asians but not South Asians are underpresented in leadership positions in the United States」という共著論文を2020年初め、学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences (科学アカデミー紀要)」に発表しました。まず、主に米国の著名な大企業で東アジア系がインド人をはじめとする南アジア系に比べて出世しづらい理由を調べています。
 米国にはバンブー・シーリング(竹の天井、欧米社会でアジア系が昇進しづらい状況のこと。女性が昇進できない見えない壁を指す「ガラスの天井」をもじった言葉)があり、実力のあるアジア系がなかなか昇進できない現象が指摘されてきました。しかし、ここではさらに踏み込んで、南アジア系と東アジア系など各グループ別の「天井」の違いとその原因を比べています。
 確かに米アルファベット及び米グーグルのサンダー・ピチャイCEO(最高経営責任者)はインド出身ですし、米ハーバード経営大学院のニティン・ノーリア学長も南アジア系のインド出身です。なぜインド人ばかりが出世して、日本人や中国人はだめなんでしょうか。

なぜインド人ばかりが出世するのか

ルー:東アジア系は儒教文化の影響が色濃く、東アジア系は謙虚にふるまうことや調和、安定を好み、自分の意見を言うことを好みません。一方、何百年の長い歴史の中で、インドやパキスタンといった南アジア系は、そもそも自己主張が強く、さらに議論を好む文化なのだと思います。

 ですから米国の文化の中でも自然にふるまえ、違和感がない。東アジア系が同じようにやってもなかなか上手にできないと思いますし、そもそも心理的・文化的に難しい部分はあると思います。

 米国の大企業においてはアジア系、とりわけ日本や中国、韓国出身などの東アジア系はマイノリティーの立場なので、米国基準の自己主張に慣れるのは難しい。短期的な対処法としては、自分の意見を主張する、あるいはディベートクラブで議論する、あるいは即興芸などの活動に慣れていくことで自らが変わっていくしかないと思いますが、それだけでは解決しないでしょうね。

一般的な中国出身の方は、日本人に比べて主張がはっきりしている印象があるのですが。

ルー:確かに私たちの研究でも、中国人と韓国人は、日本人より多少は、自分の意見を主張する傾向があります。ですから、米国企業においては東アジア系で一番割を食いそうなのは、恐らくは日本人の方たちと思われます。

日本人自身も、英語力やコミュニケーション文化の違いで損をしている、と思う人は多いかもしれません。ルーさんみたいに5カ国語ができるとどこでもコミュニケーションができて効率がいいですね。

米国で生まれ育ち英語ができる日本人でも不利

ルー:ところが、です。重要なのは、英語で育ったか、米国育ちか、あるいは米国生まれなのかということが問題なのではないことが分かったのです。

たとえ米国で生まれ育っても、東アジア系は不利ということですか。

ルー:そうです。統計的にコントロールしたうえでもやはり格差があるのです。重要なポイントは、米国人、米国生まれの日本人や韓国人、インド人の間でも、リーダーシップスタイルに違いがあるということです。つまり英語が流ちょうだとしても文化的なものがつきまとう。そこは、英語力だけの問題ではないのです。

 例えば米国で生まれ育った日本人でも、ご両親や家族は東アジア系の方であったりして、その文化で日常生活を送ることで様々な影響を受けているためだと思います。

<span class="fontBold">ジャクソン・ルー(Jackson Lu)</span><br> 米マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院助教授<br> 米ウィリアムズ大学で日本語、数学、心理学を専攻し首席で卒業。2010年、早稲田大学国際教養学部に半年留学し、米コロンビア大学経営大学院で経営学における組織行動論の博士号(Ph.D.)を取得、2018年から現職。文化とグローバリゼーションが専門。2019年、米Poets and Quants誌に40歳以下のベストビジネススクール教授の1人に選ばれた。
ジャクソン・ルー(Jackson Lu)
米マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院助教授
米ウィリアムズ大学で日本語、数学、心理学を専攻し首席で卒業。2010年、早稲田大学国際教養学部に半年留学し、米コロンビア大学経営大学院で経営学における組織行動論の博士号(Ph.D.)を取得、2018年から現職。文化とグローバリゼーションが専門。2019年、米Poets and Quants誌に40歳以下のベストビジネススクール教授の1人に選ばれた。

それでも在米の東アジア系が、短期的に身につけた自己主張力をさらに磨いていけば、リーダーとして太刀打ちできるようになるのでしょうか。

ルー:そこは根本的な問題で、本当に難しいと思います。東アジア系の人々にもっと自己主張しましょうと言っても難しいし、研究によるとむしろそれが逆効果になる可能性もあるのです。

逆効果!

ルー:例えば大企業でガラスの天井、女性がリーダーになりにくい問題がありますね。過去の研究では、もっと自分のことを主張するようにしてみたところで、男性からは「この人は女性なのに自己主張が激しい、空気が読めない」とネガティブに見られる場合があるため、逆にリーダーになりにくいという結果も出ている。同じように、東アジア系が米国企業でもっと自己主張をするようになったとしても、昇進には逆効果になる可能性がある。

東アジア系はこういう人たち、というステレオタイプもありそうです。論文には「文化的な相性の問題」とも書かれていました。すると、結局東アジア系は、米国ではリーダーとして活躍できないということですか?

ルー:いや、そうでもないと思います。今後は米国のリーダーや政党の党首も、もっと多様性を高めていく努力をするのではないですか。自分の組織のためにも、魅力を内外にアピールするうえでも、東アジア系の人や南アジア系の人がそれぞれにリーダーシップのスタイルがあることが重要だと思うのです。それを互いに理解できるようになったら、希望があると思います。

それは、東アジア出身の人間が米国で米国人のスタイルを身につけ、完全にアングロサクソン系の米国人のような人材になって昇進しても、「名誉米国人」のような感じで東アジア系にとっては全然プラスにならないということですね。自分の文化を大事にしなければ、状況は変わらない。

ルー:そうですね。1つ可能と思われる解決方法としては、米国の組織が、東アジア系にとって天井の存在が大きな障壁になっていることを理解し、東アジアの人がリーダーになれるように育てることです。そうすれば、リーダーのポジションを東アジア出身の人材に任せることができ、ロールモデルができる。その人の背中を見て、「自分でもできるかもしれない、やりがいもありそうだから、もっと主張してみようかな」という、後に続く同胞の自発的な変化につながるかもしれない。

とはいえ、先ほどおっしゃったように、大きな組織の中で、リーダーになるべく日本人が自己主張を強めても、「何だ東アジア系のくせに生意気だ」ということになる可能性はありますし、「ガラスの天井」を破るより難しいかもしれません。

巨大な組織が抱える世界共通の問題

ルー:要するに、男性がつくってきた企業における女性でも、米国企業における東アジア系でもそうですが、巨大な組織の中でマイノリティがリーダーになっていくのは、やはり難しいのだと思います。

グローバルな世界で、起業家精神の素晴らしさや強みは比較的認識が共有されていて、スタートアップや先端技術系の企業は常に話題をさらい、そこでは人種的なデメリットはあまりないようにも見えます。
 一方で、歴史を積み上げてきた大組織で人種・性別にかかわらず能力のある人をきちんと扱うことの難しさは、世界共通ということなのですね。つまり異文化理解が重要なわけですよね。米国のビジネススクールでもその辺のトレーニングを強化していると聞いたことがあります。

ルー:はい。しかし私たちの研究のいくつかはビジネススクールが対象だったのですが、やはり東アジアの人と南アジアの人、欧米(白人)系の人との間にギャップがありました。

「東アジア系のキャリアも大切だ」のようなムーブメントは起きませんか。

ルー:何十年か前、女性のガラスの天井は極めて大きな問題でした。でも、年月がたつうちに、少しは良くなったでしょう。もちろん男女の格差はまだあるのですが、傾向を見ていると、女性の地位が向上し、女性のリーダーシップはかなり進化していると思います。

 ですから同様に、米国において東アジア系の置かれた状況を、とりわけ私たちの研究を通じてもっと知ってもらうことで、良くなってほしいと思っているのです。

「変革を起こすなら、母国で起こして貢献したい」

中国は人口が多いので、その分、突出した人の数も多くなり、将来的にはポジションを取っていくのではないかと思います。日本の場合、人口も減り、優秀な人たちは日本から流出していってそのまま帰ってこない、あるいは知見を持ち帰ってきてくれないということにならないか心配です。

ルー:日本人をはじめ東アジア系が米国で活躍するには、やはり米国の文化を身につけなければいけませんね。そして自分の文化に納得することが重要だと思います。そして、この文化の中ではこういう規範だから、ここでは自分もこう接するのだといった、柔軟性のある対応をする必要があります。かなり難しいですけれど、チャレンジした後に母国に戻って活躍するのも素晴らしいことですよね。

帰国しても、世界のフィールドを意識して戦うことはできますから、異なる国の認識や文化を理解する努力が必要ですね。ルー先生は大学から米国で教育を受けてこられましたが、このまま米国で活躍されるのですか。

ルー:現在のところは、米国で研究をして、MBA(経営学修士)の学生に教えるのを楽しんでいるのですが、やはり東アジアに戻りたいです。家族もいるし、また自分が努力して社会を変えようと思ったら、アジアにいるほうが活躍できるのではないかと思うのです。アジアのビジネススクールは、欧米のビジネススクールに比べるとまだ教育の質にばらつきがあると思います。

 将来的な話ですが、自分がここで学んだことを、もっと東アジアの教育に生かせたらいいと考えています。日本にも2010年に半年ぐらい早稲田大学の留学生として住んだのですが、いつか戻りたいですね。

恐らく専門職の1人、あるいは研究者の1人としてなら米国に骨を埋めるのもそれほど無理ではないのでしょうが、リーダーとして活躍したいのならやはり母国でのほうが貢献できるということですね。チェンジ・エージェントのような活躍をしたいのなら、母国のほうがずっといいと。

ルー:その通りです。

コロナ禍もあり、世界は分断の傾向を強めています。東アジア系の人間がグローバルな競争環境を経験することの意味は、異国でトップクラスに上り詰めることではなくて、ますます、母国をもっと強くするためのこととなってくるかもしれないです。

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