いつでもイライラしている怒りっぽい上司や友人を見て、「あんなふうにはなりたくない」と反面教師にすることはあると思います。しかし、自分でも怒りに任せた振る舞いをしてしまうことがある—それが、人間という生き物です。

怒りと上手につきあうための心理トレーニングである「アンガーマネジメント」の指導を専門のひとつとする戸田久実さんは、とくにビジネスパーソンにとっては、怒りと上手につきあうスキルが重要だと語ります。そして、その第一歩は「怒りとはなにか」を知ることにあるそうです。

■怒りを感じることは、人間にとってごく自然なこと

メディア等を通じて「アンガーマネジメント」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。アンガーマネジメントとは、「怒りと上手につきあうための心理トレーニング」です。

アンガーマネジメントの指導を専門のひとつとしており、企業や官公庁などにおいて研修講師をしているという立場上、「怒らない人間になりたいのですが、どうすればいいですか?」という質問をよく受けます。

ただ、残念ながら怒りをなくすことはできません。感情を表す「喜怒哀楽」という言葉に含まれていることからもわかるように、怒りはもともと人間が持っている自然な感情だからです。怒りを感じることはまったく悪いことではなく、ごく自然なことだと理解しましょう。

でも、うれしい、楽しい、悲しいといった他の感情とちがう点があることには注意が必要です。怒りは他の感情に比べてエネルギーが強いため、「振りまわされやすい」という性質を持っています。

だからこそ、怒りとはどんな感情なのかをきちんと理解し、上手につきあっていく必要があるのです。

■怒りは、自分の身体や心を守るための「防衛感情」

そもそも、怒りの感情はどうして生まれるのでしょう? それにはふたつの要因があります。ひとつは、怒りが自分の身体や心を守る「防衛感情」と呼ばれる役割を持っていることです。自分の身体と心の安心安全がおびやかされそうになったとき、わたしたちは怒りをもって対応するという本能を備えています。

他人に襲われそうになることは実際にはそれほどないかもしれない。でも、駅の階段を下りているときに後ろから人にぶつかられて転びそうになったといった経験は多くの人にあるはずです。

そんなとき、「危ないじゃないか!」と自然と怒りを感じますよね。それは、自分の身体を守ろうとする防衛感情として怒りが働いた瞬間です。

また、身体とは別に、自分が大事にしている人やモノ、または自尊心が傷つけられそうになったときも怒りは防衛感情として働きます。自分が愛する人に危険が及んだり、自分が大切にしている価値観や考え方を非難されたりした際にも怒りを感じるでしょう。

怒りが生じるもうひとつの要因は、自分が持っている「べき」にあります。「べき」とは、「こういうときはこうするべき」「こうあるべき」といった、自分の理想や願望、譲れない価値観などを象徴する言葉です。

「納期は必ず守るべき」といった仕事上のものから、「脱いだ靴はきちんとそろえるべき」など日常の些細なことに関するものまで、人は必ずそれぞれの「べき」を持っています。

いわば、「べき」は「信条」なのです。信条とは「正しいと信じて実践していること」ですから、これはとても強いこだわりです。そのため、「べき」に反することが起きると、わたしたちは自然と怒りを感じます。

■怒りが持つ「好ましくない性質」とは?

怒りの感情は自然な感情であり、なくすことはできないものです。しかしながら、「振りまわされやすい」とお伝えしたように、怒りはわたしたちにとって好ましくない性質も持っているため、怒りの感情に身を任せることは危険です。たとえば、怒りが持つ好ましくない性質には次のようなものがあります。

【怒りが持つ好ましくない性質】

1.周囲に伝染しやすい
2.パワーバランスの強いところから弱いところへ連鎖する
3.対象が身近であるほど強くなる
4.向かう矛先を固定できない

「情動伝染」という言葉がありますが、怒りに限らずうれしいとか楽しい、悲しいといったあらゆる感情は周囲に伝染する性質を持っています。ところが怒りの場合は、自動的に伝染するといわれており、他の感情より「周囲に伝染しやすい」のです。

近くにイライラしている人がいたら、理由もわからずイライラしてしまうということはよくありますよね。それは、怒りが自動的に伝染しているからです。ですから、組織のなかにつねにイライラしているような人がいると、他のメンバーもイライラしはじめてしまいます。

怒りの性質にはビジネスパーソンなど組織に属する人間にとって注意しなければならないものが他にもたくさんあります。たとえば、こんなものです。

・上司から部下、さらにその後輩へと、怒りは「パワーバランスの強いところから弱いところへ連鎖する」

・社外の取引先の人間などに対しては強い怒りを感じないのに、チームのメンバーなど「対象が身近であるほど怒りは強くなる」

・プライベートが原因で生じた怒りをメンバーにぶつける、いわゆる八つあたりなど、怒りが「向かう矛先を固定できない」

もちろん、そんな怒りに振りまわされる人たちばかりのチームであれば、仕事で大きな成果を挙げることは難しいでしょう。そう考えれば、怒りと上手につきあうスキルがビジネスパーソンにとって必要なのは当然のことだと思います。

■怒りの正体を知り、怒りの「好ましい性質」を生かす

「怒りと上手につきあう」ポイントは、怒りの持つ「好ましくない性質」を抑えながら「好ましい性質」を生かすことです。先に挙げたのは、怒りの好ましくない性質ですが、もちろん怒りには好ましい性質もあります。

【怒りが持つ好ましい性質】

1.本気度や真剣さが相手に伝わる
2.行動を起こすモチベーションになる

これらの性質については、まさしくビジネスパーソンにとって重要だといえるでしょう。怒りに任せて暴言をはいたり八つあたりをしたりしてしまえば、相手や周囲に「あの人はなんて怒り方をするんだろう…」とただ不信感を抱かせるだけ。

それこそ、仕事を円滑に進めるうえで重要な人間関係をこじらせるなど、仕事上の不利益も出てきます。

でも、たとえば部下があり得ないようなミスをしたというときも、ただ怒鳴り散らすのではなく、上司が部下に対して「君の将来のためにも、こういうミスは絶対にしてはいけないぞ」というふうに、諭すように怒りを伝えたとしたらどうでしょう? きっと、上司の本気度や真剣さが相手に伝わるはずです。

また、「行動を起こすモチベーションになる」のも怒りが持つ大きなメリットです。誰かにばかにされたようなとき、「復讐してやる!」といった気持ちを持ったり暴力を振るったりする方向に向かってしまってはこの性質をうまく生かせません。

そうではなく、「悔しい、絶対に見返すために頑張るぞ!」というふうに、怒りをバネにして努力する方向に向かうことができれば、その後の行動のモチベーションになってくれます。

怒りの持つ好ましくない性質を抑えながら、好ましい性質を生かすためには、なにより冷静になり、客観的に自分の怒りの感情を見つめることが大切です。ただ、この記事を読んでくれたみなさんは、すでにその第一歩を踏み出しています。

なぜなら、怒りはつかみどころがないから振りまわされるのであって、怒りとはどういうものかを知ることで自分の怒りを見つめることができるようになり、扱いやすくなるからです。ぜひ、怒りがもつメリットを上手に生かせるようになってください。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人