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ラフ シモンズの18年前のアーカイブピースが300万円!?──連載「古いけど新しい古着」Vol.1

人と違うものを着たいという観点でも、サステイナビリティ&サーキュラーエコノミーという観点でも、あるいは資産という観点でも、古着がこれまでにないほど注目されている。そんななか、ジャンルレスで古着の新しい価値を探求する新連載「古いけど新しい古着」をスタートする。第1回目のテーマはデザイナーズ古着の雄「ラフ シモンズ」。
ラフ シモンズの18年前のアーカイブピースが300万円──連載「古いけど新しい古着」Vol.1
Courtesy of ARCHIVE STORE

古着は資産?

ラフ シモンズの古着がすごいことになっている。人気のあるアイテムは数百万円もの価格が当たり前のようにつく。下の写真の2003AW CLOSER期のピーター・サヴィルのイラストが描かれたモッズコートは、ラフのコレクターが血眼になって探しているもので、コットンのかなり着込んだものでも3桁を割ることはない。2003年にネイビーのモッズコートを代官山のセレクトショップ「リフト」で10万円台で買った「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス」の志鎌英明デザイナーは、2017年に中国のバイヤーから200万円で譲ってくれと嘆願されたという。このシーズンのラフを熱烈に愛する志鎌はその魅惑的な誘いには乗らず、今もこのコートを着続けている。もはや古着じゃなくて資産とも言えるが、この現象はいつから始まったのだろうか?

青山のデザイナーズ系ヴィンテージショップ「ライラ」は、ラフやメゾン マルジェラ(※2015年まではメゾン マルタン マルジェラ)などのデザイナーズ古着に価値を見出した世界的な先駆者だ。まだ誰も目をつけていなかった1990年代から2000年代のデザイナーズ古着をいち早く収集し、付加価値を付けて販売してきた。「セカンドストリート」や「ラグタグ」といったリユース業態も、2000年代から国内外のデザイナーズブランドの年代を明確にした上で販売してきた。もちろん海外でも同じような動きはあったはずだが、デニムのヴィンテージと同じように最初にこのジャンルの価値および知識体系を作ったのは日本だったのだ。

アメリカのある青年

でも今の爆上げ相場を作ったのは、日本人ではなく1990年生まれのアメリカのある青年だった。その名をデビッド・カサヴァントという。イギリスのセントラル・セント・マーチンズを卒業した彼は、スタイリストとして活動する一方で、14歳の頃から集めてきたラフ シモンズとヘルムート ラングの数千着にも及ぶアーカイブを貸し出す会社、デビッド・カサヴァント・アーカイブを2014年に設立した。そして彼が集めた2人の巨星のアーカイブを、カニエ・ウェストやトラヴィス・スコットが着用したことで、ラフのアーカイブは一躍注目を集めることになる。ヴァージル・アブローオフ-ホワイトを引っさげて本格的にデビューしたこの年、2010年代のストリートとモードの最重要ワードである“ラグジュアリー・ストリート”の幕は開けた。ラフの2000年代のアーカイブは、この潮流の“ネタ元”および“通好みの変化球”として珍重されるようになったのだ。

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今のデザイナーズ・アーカイブの“相場”を作ったデビッド・カサヴァント。

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カサバントから借りた2003AW CLOSER期のスウェットパーカを着たトラヴィス・スコット。

爾来、1990年代から2000年代のデザイナーズ古着の相場は著しく高騰した。カニエが着た2001AW「Riot Riot Riot」の迷彩のMA-1は瞬く間に100万円オーバーとなり、トラヴィス・スコットが着たものも同様に跳ね上がった。結果として、1990年代から2000年代のデザイナーズ古着御三家(ラフ シモンズ、メゾン マルジェラ、ヘルムート ラング)の古着は当時の定価をはるかに超える価値を持つようになり、これらの古着を扱う古着屋が世界中に乱立した。ラフの貴重なピースを多く揃える渋谷の「アーカイブストア」の店長、鈴木達之さんは「今ではラフ シモンズのアーカイブの相場は世界規模で安定している」と説明する。もはや投資のひとつのジャンルになったと言って差し支えないのかもしれない。以下に、アーカイブストアが所蔵、もしくは販売している貴重なアーカイブを紹介しよう。

2003AW CLOSER期 スウェットパーカ

イギリスのテクノロックバンド「ニューオーダー」の1983年のアルバム『権力の美学』のピーター・サヴィルが手掛けたグラフィックを貼り付けたスウェットパーカ。トラヴィス・スコットがライブで着用したことから、スウェットとしては驚異的な100万円を超える相場となっている。この価格でも欲しがる人が絶えない名作なのだ。¥1,300,000(税込み)

2003AW CLOSER期 モッズコート

同じくピーター・サヴィルのグラフィックを、モッズコートに落とし込んだCLOSER期の不朽の名作。コットンのタイプはベージュ、カーキ、ブラック、ネイビーの4色展開で、4種類の異なるグラフィックがある。この超希少なブラウンレザーは、もはや値段を付けられないレベル(限りなく4桁に近い)なのだとか。(非売品)

1997AW SCHOOL PUNK期 半袖スウェットシャツ

熱心なファンが多い初期(1997AW)のSCHOOL PUNK期の切りっ放しの半袖スウェットシャツ。キッズのようなタイトなサイズ感が特徴で、初期の少年っぽい雰囲気が濃厚に漂う。¥48,000(税込み)

2003AW CLOSER期 フードシャツ

フードシャツは当時のストリートの象徴的なアイテム。CLOSER期としてはリーズナブルだし、今ではほとんど見かけないデザインなので新鮮に映る。¥77,000(税込み)

2001SS テロ期 ノースリーブTシャツ

こちらも熱心なファンが多いテロ期のノースリーブTシャツ。ドイツ語の「KOLLAPS」は、日本語で「崩壊や急落」を意味する。アメリカ同時多発テロの前にパリで発表されたコレクションだが、まるでそれを予言しているかのようだった。¥66,000(税込み)

元モード少年たちよ、ワードローブの奥を掘ってみなされ!

いかがでしたでしょうか? これが今のラフのアーカイブの世界相場なのです。個人的には上ふたつのような圧倒的な価値がついたコレクターズアイテムは、お財布に余裕のある人たちが買うもので、無理にローンを組んで買うようなものではないと思っている。でも普通のお財布でも買えないわけじゃなくて、ラフの1990年代から2000年代でも象徴的なショーピース以外は数万円程度で買えるものもあるし、2010年代ならお得感のあるものはたくさんある。ラフが5シーズン(プレとリゾートを含むと7シーズン)にわたってデザインした「CALVIN KLEIN 205W39NYC」も、今ならかなり割安な価格で買えるから狙い目だと言える。

個人的には2014-15AWのスターリング・ルビーとのコラボレーション物(パリのショーを生で見て感銘を受けた)は欲しいものがたくさんあるのだが、ヤフオク!ではショーの3ルック目で使われたロングスウェットが6万円ほどで出品されていたりする。このあたりは間違いなく今が底値と言えるだろう。服好きとしては相場の上昇を考えて服を買うのは邪道な気もするが、思いっきり着て楽しんで相場が上昇したら売るようなスタンスが今の時代に合った新しい服の楽しみ方なのかもしれない。「着られる現代アート作品」と考えれば腑に落ちる気もする。

ラフ シモンズ 2014-15AWコレクション

いずれにせよ、ラフのシーズンを象徴するアイテム、音楽や現代美術家とのコラボレーションアイテムは、遠くない未来に美術館に飾られることになるだろう。ラフ自身はこうした状況に辟易しているようで、今春夏で25年間のコレクションの中から100点を正当な価格で復刻したばかりだ。でも視点を変えれば、この清らかな行為は逆説的にオリジナルの価値を高めるだけのようにも思える。

今回の記事を読んでハッとした元モード少年は、家のワードローブの奥をほじくり返してみてほしい。まだギリギリ若者が物質的な豊かさを享受できた1990年代から2000年代の日本は、言うまでもなくアントワープ系デザイナーズブランドの最大の市場だった。何が言いたいのかというと、貴重なラフのアーカイブの多くは、じつは日本の個人宅のワードローブで惰眠を貪っているはずなのだ。

リーバイスの19世紀末〜20世紀初頭のデニムに取り憑かれたマニアは、閉鎖された炭鉱に潜り込んで探すことも厭わないという。崩落の危険性が高いから、文字どおり命懸けだ。でももし、同じくらい価値のあるものが炭鉱ではなく家のタンスの奥で眠っているとしたら……それはアントワープのモードを下支えしてきた当時のモード少年への鶴の恩返し、じゃなくてラフの恩返しなのかしれない。

デザイナーズ・アーカイブのユートピア

今回貴重なピースをお借りした先は、東京・渋谷の神南の「Archive Store」(アーカイブストア)。国内外のデザイナーズブランドのアーカイブを集積したショップとして2018年にオープンしていらい、世界中のマニアからアツい注目を集めている。「商品は非売品も多くあるが、美術館に訪れるような感覚で気軽に見に来てほしい」と店長の鈴木さん。

Courtesy of ARCHIVE STORE

アーカイブストア(Archive Store)
住所:東京都渋谷区神南1-12-16 和光ビル B1F
TEL:03-5428-3787
時間:12:00~20:00
定休日:不定休
ホームページ:archivestore.jp
Instagram:archivestore_official

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【連載「古いけど新しい古着」について】
古着といえば長らくデニムを中心としたアメリカのヴィンテージが主流だった。今では日本とアメリカのみならず世界中にコレクターの輪が広がり、リーバイスの貴重なスーパー・ヴィンテージは3ケタで取引されることも珍しくなくなった。それはそれで素晴らしい文化だけれど、古着の魅力はそれだけじゃないはずだ。90〜2000sの欧米のデザイナーズ、イギリスやイタリアの80〜90sのレギュラー古着、80sの日本のDCブランド、ヨーロッパのミリタリーなど、今では様々なジャンルの“発掘と調査”が世界規模で始まっていて、古着の楽しみ方の裾野が飛躍的に広がっているのだ。この連載では、あらゆるジャンルの古着に精通したファッションジャーナリストの増田海治郎が、今おもしろいと思う古着とそれにまつわる文化をジャンルレスで紹介していく。

文&写真・増田海治郎